エッチな報酬をちらつかせて僕が絶対に負ける勝負を仕掛けて来る同級生に勝ってみた

マノイ

本編

「み・の・る・くん。いつもの、しよ」


 高校の昼休み。

 ご飯を食べ終わって一息ついた時、彼女は僕の席にやってきた。


「ええ~もう嫌だよ。僕が負けてばかりじゃん」

「でも君が勝ったら、いつも通りに私のこと好きにして良いんだよ」


 彼女は前かがみになり、顔を僕の方にぐっと近づける。


 ふわりと漂う甘い香りは香水によるものか、それとも彼女自身から発するものか。

 シャツの胸元はわざとらしく開かれていて、ふくよかな膨らみが強調されて下着が少しだけ見えている。


 煽情的な格好で僕を挑発しているようだけれども、そうはいかない。

 これまで何回もそれで騙されて、酷い目に遭っているんだ。


「ぜ、絶対にもうやらないから!」


 彼女はこうして僕に勝負を挑み、僕を負かせて欲しい物を買わせようとする。

 僕のお小遣いは常に無いようなものだった。

 小さい頃からコツコツと貯めていた貯金もかなり減って来た。


 彼女の誘惑はとても魅力的だけれど、無理なものは無理なんだ。


「本当にそれでい・い・の?」


 彼女は立ち上がり、ほんのりと照れた表情になる。

 そしてなんと、ただでさえ短いスカートを少しだけ両手で持ちあげたのだ。


「ここも好きにして良いんだよ」


 男というものはどうしてこうも大馬鹿なんだろう。


 今日もまた、僕は彼女の誘惑に屈してしまった。




 彼女との勝負は簡単なものだ。


 まず僕は二枚のトランプのカードを持つ。


 一枚はトランプのジョーカーで、もう一枚はジョーカー以外の何か。


 ババ抜きの要領で、彼女がジョーカーをひけば僕の勝ち、ジョーカーを引けなければ彼女の勝ち。


「う~ん、どっちにしようかなぁ」


 彼女は僕が手に持っている二枚のカードのどちらを引くか、悩んでいる。


「こっちかなぁ、それともこっちかな」


 僕の表情を見て当てようとしているのだろうけれども、常に歯を食いしばって絶対に表情に出ないようにする。


「う~ん、決めた。こっち」


 彼女は一枚のカードをつまんだ。

 それはジョーカーだった。

 このままひけば僕は勝ち、彼女を好きに出来る。


「やっぱりこっち」


 だけれども彼女は直前で翻し、もう一方のカードを引いたのだった。


 今日もまた僕の負けだった。


――――――――


 さて、ここまでの話で一体どのような想像がなされるだろうか。


 例えばこんなことを感じた人も居るのではないだろうか。


 彼女は実は僕の事を好きで揶揄っているのではないか、と。


 よくある話なのでそう考えるのは分からなくはないけれど、それは全く無い。


 何故なら僕は彼女が友達とこう話をしているのを聞いてしまったからだ。


『ねぇ明日香あすか、今月も小峠ことうげくんに貢いで貰うの?』

『当然。例の新作コスメ試してみたいんだよね』

『いいなぁ。私も真似してみようかな』

『みかちーには色気が足りないから無理』

『なにおぅ』

『そいえばさ、他の男子は狙わないの?』

『あんまりやりすぎると反感買って危ないかなって。それに万が一だけどあたしがミスって負けるかもしれないっしょ。小峠ならそれでも大したこと出来ないだろうし』

『アハハ、分かるー。人畜無害そうだもんね』

『胸触るどころか、手に触ることすら無理っぽいからね』

『でしょー。良いカモなんだ』

『酷い女だ。小峠くんが可哀想』

『心にも無い事を言っちゃって。それに小峠は私と遊べるだけで満足でしょ』

『だから罪悪感も無い、と』

『むしろ自分から貢いで欲しいくらいよ』

『キャハハ!明日香ったら鬼畜~』


 この会話を聞いた僕はもちろんこう思ったよ。


 うん、知ってた。


 何の脈絡もなく、僕なんかに彼女が懸想するわけが無いんだ。

 明らかに僕を下に見ているのも、金づるとしか思っていないのも気付いていた。


 そしてもう一つ気付いていることがある。


 彼女はイカサマをしていて、あの勝負は僕が絶対に勝てないようになっているのだと。


 それなら何故、僕は必ず負けると知っていて彼女の勝負を受け続けているのか。


 その理由は簡単なことだ。


 例えどれだけ不利であっても、彼女に勝ち、彼女を好きにするため。


 別に僕が彼女にどう思われていたって構わない。


 僕はすでに彼女の容姿に魅了されているのだ。


 そしてそのご馳走が貰えるとなれば、手を出さない男などいないのだから。




 準備は整った。




「み・の・る・くん。いつもの、しよ」


 次の月。

 彼女はまた僕に勝負を仕掛けて来た。


「もう嫌だ!」


 今度こそは絶対に断って見せると、僕は全力で彼女の誘いを断った。


 これはとても重要な儀式だ。


 もしここで素直に勝負を受け取ってしまったら、何かを企んでいることがバレてしまうかもしれない。


「そんなこと言わないで、ね。ヤ・ろ・う・よ」


 今まで以上に粘って、そして結局色仕掛けに屈する。


 ここまでは問題無い。


 そして最初の難関。


 ここは運に左右されるところで、僕はどうしようもない。


 もしもここがダメだったら、僕の作戦は次回以降に持ち越しになる。


 確率は四分の一。


「はい、それじゃあ。コレ」


 僕は彼女から二枚のカードを貰った。


 一枚はジョーカー、そしてもう一枚はスペードの七。


「(やった!)」


 僕は内心で歓喜した。

 表に出さないように我慢するのが大変だった


 これで勝利の条件を満たした。


「う~どうしよう~」


 どうやってカードを手に持つかを悩むふりをする。

 そして悩んだ末に、カードを持った両手を背中に回して、後ろでシャッフルをし始めた。


 運に任せるという意思である。


 この方法も過去に何回かやっているので、疑われることは無い。


 ただ、自分から見えないところにカードがあるのは流石に不安らしく、別の女子が僕の後ろに来て監視をする。


 ここからが腕の見せ所だ。


 数万回以上も練習したんだ。

 親の知り合いのマジシャンにも見て貰って、完璧だとのお墨付きを頂いたんだ。


 イカサマにはイカサマで対抗する。


 それが僕の考えた作戦だった。


「あっ!」


 後ろでカードをシャッフルしているとき、手が滑ってカードを床に落としてしまう。


 もちろんわざとだ。


 彼女やこの勝負を見守っている全ての人が、僕の声に反応して落ちたカードに視線をやる。

 その瞬間、僕はポケットに入れてあったスペードの七を取り出して、右手の袖に潜ませる。


 僕のポケットにはスペードの一からキングまでが入っていて、ちょっとした仕掛けで即座に好きな数字を手に取れるようになっていた。

 全てのマークで同じことを狙うのは流石に枚数が多くて無理だったのでスペードに絞った。


 彼女が最初に僕に渡すカードは完全にランダムで、トランプの中央付近から一枚抜き出す。

 それがスペードであることに賭けた。

 だから確率は四分の一だったのだ。


 さて、そんなことは素知らぬ顔で、僕はカードを拾って再度後ろ手でシャッフルを再開する。

 なお、右手の袖には先ほど忍ばせたスペードの七が、左手の裾には事前に忍ばせたジョーカーが隠されている。


 もちろん裏面は彼女のトランプのカードと同じ柄である。


 彼女は手品用のカードを使っていて、裏面でもジョーカーを判別出来るようになっていた。

 それが彼女の必勝の理由だ。


 彼女は僕がそのことに気付いていないと思っているようだけれども、そんなことはとっくに気付いていた。

 というか、気付かない方がおかしい。

 これも僕が素直で人畜無害な人を演じ続けた効果かも知れない。


 僕は全く同じ柄で裏面からではスペードがジョーカーだと見えてしまうカードを特注した。


 後はこれをすり替えるだけ。


 僕の動作はジッと見られている。


 でもすり替えるチャンスが実は一度だけあるんだ。


 それは僕が背中からカードを前に持って来る時。


 その大きな動きの最中に、気付かれないようにサッとカードを入れ替える。


 言うだけならば簡単だけれど、これが実に難しかった。

 ある程度のスピードで腕を前にやらないと、細工しているのが簡単にバレてしまうからだ。

 かといってスピードが速すぎると入れ替える時間が少ない。


 僕の血のにじむような訓練は、ほぼ全てがこの動作を自然にこなすためのものだった。


 そしてその訓練は、実を結んだのだ。


「お、お願いします!」


 僕はすり替えたカードを彼女の前に差し出した。


 誰も僕の行動に不信感を抱いていない。


 勝ち確だ。


 だけれども、ここで油断したら表情に何かが出てしまうかもしれない。


 勝ったと思ったときが一番危険なのだ。


 だから僕は、強く目を瞑って、見ないフリをすることで誤魔化した。


「え~と~どっちにしようかな~」


 彼女は念入りにジョーカーのマークを確認しているのだろう。


 ここで失敗したら何をされるか分かったものでは無いから慎重になるのも当然だ。


 そして、何度も確認して絶対に大丈夫だと確信し、彼女は一枚のカードを選んだ。


「こっちだ!やった、また勝っ……あれ?」


 彼女がカードを取った瞬間。

 僕は目を開けて彼女の顔を見た。


 僕を下に見て余裕たっぷりだった彼女の表情が崩れるのを見たかったからだ。


「うそ……なんで!?」


 ああ、いい。

 最高だ。

 その驚愕と絶望に染まる顔が見たかった。


 めちゃくちゃそそるよ。


 おっと、ここで喜ばないと不自然だよね。


「やったああああああああ!」


 僕は立ち上がって大きなガッツポーズをした。


 そして期待に満ちた目で彼女を見つめる。


「こんなの……嘘……そんな……」


 僕は彼女とのこれからを想像し、興奮する。

 これも実はわざとだ。

 そうすることで顔を紅潮させ、照れる様子を演出した。


「僕、勝ったよ」

「あ、その、ええと」


 彼女は焦って考えている。

 きっとどう誤魔化すか考えているのだろう。


『冗談だって、本気にした?』

『馬鹿みたい、あんな約束なんて守るわけないでしょ』


 だが残念ながらそれは通らない。

 彼女はやりすぎたんだ。


「負けちゃったんだからしょーがないよねー」

「明日香頑張ってー」

「小峠くん、優しくするんだよ」


 クラスメイト達は、イカサマによって僕がこれまで強制的に彼女に貢がされていたことを知っている。


 ズルをして僕を陥れた彼女と、騙された気弱げな僕。


 クラスメイト達がどちらの肩を持つかは明らかだ。


 更には、僕が初心うぶであり彼女に大したことは出来ないと思っているのも重要だ。

 せいぜいが、ほんの少し胸を触られる程度だろう、と。


 お前は今までか弱い男子を騙して良い思いをしてきたのだから、そのくらいやってやれ。


 そういう空気が彼女を逃げられなくしていた。


 僕がずっと大人しい男子であり続けたのは、この空気を作るためでもあった。


 彼女は僕の罠に絡めとられたんだ。


「い、行きましょう」

「え?え?」


 僕は顔を真っ赤にして、彼女の腕を取り、教室の外まで連れて行く。


「え~ここでやろうよ~」

「そう言うなって、小峠くんも恥ずかしいでしょ」


 クラスメイト達は変わらず囃し立ててくれる。

 それがまるで僕に対する声援のように思え、とても心地良い。


 そのお礼に、みんなに教えてあげよう。


 僕は草食系ではなくて、超肉食系だということを。


「僕と明日香・・・、早退するから先生にそう言っておいてね」

「「「「「「「「え!?」」」」」」」」


 クラスメイト達は、きっと僕が学校内で人の居ないところに彼女を連れて行って、ちょっとだけエッチなことをしてくるだけだと思っていたのだろう。


 それなのに、突然彼女を呼び捨てにして早退まですると宣言した。


 豹変っぷりに驚いている様子が面白い。


 おっと、今はそれどころじゃないや。


 ようやく手に入れた報酬なんだ。

 一秒でも早く、一秒でも長く堪能しないとね。


「行くぞ、明日香」


 僕は彼女と共に学校を後にした。




「あ、あの、みのるくん、勝負……しよ?」


 あの日以来、明日香は僕に頻繁に勝負を仕掛けてくるようになった。

 ルールは全く同じで、イカサマカードも使っている。


 でも不思議なんだよね。

 彼女はいつも、紅潮しながらジョーカーをひいて、嬉しそうに残念がる。


 さて、今日はどこで報酬を堪能しようかな。

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