絶対幸せになる魔法
草野蓮
私の味方は…
私、木下あんずのしあわせのピークはきっと幼稚園の頃だったのだろう。
幼稚園時代はママの作ってくれた小さなクマの人形のレミちゃんと、魔法使いの子と一緒に楽しい幼稚園時代を送った。
魔法使いの子というのは私が幼稚園の砂場でその子に声をかけたのが始まりだった。
その子の目は片方が赤く、片方は黒という珍しい目をしていた。
「どうしてそんな目してるの?」
と言うと、その子はニヤリとして、私に
「そのクマかして。」
と言った。私は素直にレミちゃんを貸した。そして、魔法使いの子はレミちゃんを私の方に向けると
『わたし、あなたに絶対にしあわせになる魔法をかけるの。』
と魔法使いの子は口を開いてないのに、まるでレミちゃんが言っているようにレミちゃんを動かして話しかけた。私は幼い心ながら
「わぁ!レミちゃんが喋ってる!」
と驚いてしまった。その子はびっくりした表情をした後、くつくつと笑った。
「ありがとう。これね、ふくわじゅつって言うんだよ。人形が喋ってるようにできるの。」
「へぇ!その魔法すごい!私もやりたい!」
そうやってレミちゃんを使ってふくわじゅつの練習を魔法使いの子と一緒にしていたのがいい幼稚園の思い出だった。
しかし、そんな幸せは小学校の頃に突然終わりを迎えた。魔法使いの子はどうやら小学校に上がるタイミングでどこかに引っ越してしまった。
さらに追い打ちをかけるように小学校5年の頃、パパが浮気をして、そのままパパが浮気相手の方に行ってしまった。出る間際に私のことを
「あいつの子どもよりあの子の子どもの方が出来がいいに違いない。どこか行け、出来損ない。」
と言われた。私はショックで3日くらい寝込んでしまった。確かに頭は普通くらいだし、運動能力もいいとは言えない。だけど、出来損ないはひどくはないだろうか。
しかし、私の不幸はこれでは終わらなかった。少しずつ精神的にも余裕が出てきて、学校にも行けるような状態になったところ、あの女が現れた。
「あっらぁ〜。あんずさんじゃなぁい!地味すぎて見えなかったわぁ〜。
だけどぉ、母親しかいないとなると、地味なのも仕方ないってゆ〜か。
ねぇ、みんなもそう思うわよね!」
こいつは宝山麗子。この辺りでは有名な宝山グループの1人娘。地元での影響力が強く、先生もクラスメイトも見て見ぬふりをしていた。おそらく私の苗字が山口あんずから木下あんずになっていることを目ざとく見つけ、どこからか離婚の噂を聞きつけて見下しているのだろう。
クラスはみんな宝山の言葉に頷いていた。まるで彼女のやることなすこと全てが正しいと肯定するかのように。
「みんなもそう言ってるのよ!目障りなのよ!私の視界に入らないでくださいまし。」
なんと無茶苦茶な理論だろうか。同じクラスメイトなのだから、いやでも見てしまうだろう。
しかし宝山は調子に乗り、私を視界に入れるたびに休憩時間だろうが放課後だろうが授業中だろうが罵詈雑言を浴びせてきた。
時に宝山の周りで機嫌を取る手下たちに命じて上靴を隠したり、ノートを破いてきたり。その度に、宝山は鼻で笑うのだ。
しかし、所詮小学5年生のやるお嬢様のイタズラ。正直、父に浴びせられた罵詈雑言の方がはるかに辛かったのでスルーしていたのだが、
ある日、ついに私の堪忍袋の緒が切れた。
放課後、帰宅中に視界に入ってしまったのかいつものように罵詈雑言を浴びせる宝山。私はいつものことだとぐっと堪える。しかし、
「あんずさんのご両親って〜お父様の不倫で離婚したのよねぇ。ヤダヤダ。不倫を働くお父様なんて、でもぉ、見極められなかったお母様にも原因があると思うわ〜。私みたいに〜お母様に魅力と教養ってもんがなかっ」
最後まで言わせなかった。母のことを悪く言うことはどうしても許せなかった。私の右ストレートは宝山の左頬を貫き、宝山は吹っ飛んだ。取り巻きたちが騒いでるが何ら関係はない。そして宝山が半身を起こし、泣き喚く。
「あんずさんがぁ〜。ただ仲良くなろうと話しかけていた私のことをぶちましたわぁ〜」
私はしばらく唖然とした。仲良くなろうと?どこが?
しかし、取り巻きたちがキッと私を睨み、逃げていった。
その時はなんとも思わなかったが、恐怖は夜に訪れた。いつものようにママとご飯を食べていると、突然、家の電話が鳴った。私が電話をとると、
「お宅の!あんずさんが!うちの!うちの麗ちゃんをぶちましたわ!」
それは宝山の母からだった。滅茶苦茶に取り乱した大人の姿。
その剣幕に押され、恐怖で声も出ない。そんな私を見かねて電話を奪い取る。
「はい...はい...。あんず。あっちに行ってなさい。」
私は怖くて自分の部屋に飛び込む。布団をかぶってぶるぶる震えていた。
やがて、電話が終わったのかママが私の部屋に入ってきた。
今まで叱った所をあまり見たことがなかったママだったが今、確かにママは怒っている。
私を座布団に座らせ両手を掴んで対面にしゃがむ。
「…あんず。」
怒られるのでは?と直感的に感じた私はギュッと目を瞑る。しかし、おでこにコツンと何かが当たった感触があっただけだった。
恐る恐る目を開けるとママの顔が目の前にあった。おそらく当たったのはママのおでこだろう。
「あんず。なんで、なんで言ってくれなかったの?あの子にいじめられたんでしょう?」
「…!」
どうして、わかったの。驚きすぎて言葉も出なかった。
「あんず。私はあなたの味方よ。例え、あなたが悪くても。その時はたくさん怒ってあなたが正しい道に進めるようにする。もし、悪くなかったら、それこそ言って欲しい。私は味方だから。」
「……。」
「味方だから。」繰り返されたその言葉に涙が止まらなかった。味方なんていないと思っていた。その直後にこんな言葉。味方はいた。確かに一番近くにいた。
「ママ、私ずっと辛かった。…ノート破られたり…上履き隠されたり…。」
「うんうん。」
そのまま、私の言うことをゆっくり聞いてくれたママ。
たっぷり泣いた。たっぷり喋った。たっぷり愚痴を吐いた。気持ちよかった。ある程度話した後に
「…じゃ、次はママの秘密だね。」
と突然ママが言った。
「実は私…」
そこで間を置き、
「電話の時すごく怖かった。知り合いから相手に主導権を与えない話し合いの進め方を教わってなかったら危なかったわ。」
と言った。思わず私は呆けてしまい、その後吹き出してしまった。
「いや、その知り合いスゴすぎるでしょ。」
「そうよ、弁護士なの。メアリーさんって言うんだけど」
「え?外人!?」
思わずツッコんでしまい、その後ママとともに笑いあった。少し前、あの宝山親子と言い合っていたとは思えないくらい和やかな雰囲気だった。いっぱい笑って笑って、笑い疲れた後、ママが優しく微笑んで
「困ったら私に言うのよ。」
と言ってご飯を作りに行った。
私は心の中で頷いた。
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