06 罠

僕の名前はフィグルソス・ユーラシス・ネグーシス。

このネグーシスと呼ばれる海域より生まれた星霊である。


星霊とは星の命を守護するために星が産み出した防衛機構だ。

星の命……生き物達が星命力マナと呼ぶ力は強大なエネルギーだ。何せこの星の命そのものなのだから。

星の命は星の中を水脈のように循環し張り巡らされている。そうすることで大地を、海を、大気を、そこに住まう者達に恵みを授けている。


……なのだが。生き物達は己の利益のためだけに星の命を燃料として使うことがしばしばある。

その量がわずかであるのならまだいい。生き物は時に、星の命を考えずに容赦なく星の命を吸い上げていく。星の命が過剰に吸い上げられれば、この星そのものが衰退し滅びてしまうというのにだ。

だからこそ、星は自らの滅びを回避するために、星の命を守るために自らの端末を生み出した。

それが星霊。星の分身にして星の無意識が形と意思を持った存在だ。

星霊は特に星命の泉と呼ばれる、星命の河の流れの中で星の命が溜まり場となった場所に発生し、その土地を自身の領域として守護する。僕もその星霊の一体というわけだ。


僕は基本的に獣の真似をして休眠状態になっているが、星の命を過剰に吸い上げ利用するものが現れた時だけ目を覚まして対象を排除する。

今回僕が目を覚ましたのもそういう事情だ。

星の命を大量に消費するものを断罪するべく、フィラーロとフィーネと一緒に、僕は件の場所へと向かうべく海底を進んでいた。



 * * * *



現在、僕らは三人とも隠密行動をしている。

大気中の星命力マナを操作し、自然と合一化することで「そこにいるのが当たり前」「そこにあるのに認識できない」状態にしているのだ。もっとも、これは精霊達などの一部の種族には意味がないのだが。

現に、僕の存在に気づいた精霊達が先ほどからかわるがわる挨拶をしては去っていく。中には見覚えのある精霊もちらほらいた。彼らも僕の気質はわかっているのだろう。特に邪魔をすることはない。

今回隠密行動をするのは、僕達の向かう通り道に件の海底都市があるかららしい。都市の住人の多くは獣や亜人のため、3000周以上眠っていた僕の存在を知らないものも多い。そこに僕が現れれば、間違いなく騒ぎになって余計な手間が増えてしまう。というのがフィーネの提案だった。

僕もそれに異議を唱えない。

僕は僕の領域を守るだけだ。それ以外の些事に構っている暇はない。


……それにしても、知覚情報として理解していたが、海底を進むとやはり僕の目覚める前とだいぶ様相が変わっている。

僕の権能であれば僕の領域内ならどこへでも転移できるのだけれど、あえて海の中を進んでいるのは起きたついでに領域内の様子を視覚情報として確認しておきたかったのだ。

それに、道中フィーネから面白い話も聞けた。

なんでも、これから僕たちが向かう場所はここ数百年ほど行方不明者が多発するようになっているらしい。そのため、この海で生活するものはもちろん、この海の沿岸にある陸の生き物どもの国家でも近づかないように戒厳令が出されているのだとか。

その期間の長さはおいといても、今回の件と完全に無関係ではないかもしれない。そのことを念頭に入れながら、目的地に到着した。


「神殿から移動して10分。何者かの仕業なら、まだ遠くまで移動していないはずですが……」

「そのような気配もなければ、この場も特に何も見当たらないな。フィグー様、本当にこの場所なのですか」


周囲を見渡しても特に異常が見当たらないのか、二人はどこか困惑した様子だった。

僕も同じようなものだ。僕の知覚でも、やはりこの場には何も異常を感じることはできない。

だが、異常を感じることができなくても、異常はあるのだ。


「ああ、間違いない。ちょうど僕の真下がさっき言った空白地帯だ」


二人の視点が真下の海底へと向けられる。

この辺りの海底は一面の長い水草に覆われている。いつもなら星命力マナを吸われている場合、生き物達が建造した星命力マナを汲み上げるための施設や術式があったりするものだが、それらしきものはまるでない。

生き物の気配がなければ術式の気配もない。見るものが見ても、ここはただの海の水底だ。

だが、この海そのものである僕には分かる。

何もないからこそ、何もない空白が生まれているのだ。


「……あの花、怪しいな」


その空白の点と重なるように、一輪の白い花が咲いている。

他の長草に埋もれるようにして一見すると見えづらいが、空白地点にピンポイントで生えている花などあやしい以外何もない。なにせ、僕の知覚ではあそこに花など生えていないのだから。

この辺りの海域では見ない花だというのも、僕の推測を裏付けている。


「……確かに、他と違う花が生えておりますね。兄上様、少々あの花を調べるためにお時間を頂いても?」

「いや、いいよ。直接抜いてしまえばいい」


投影写板プレートを展開して調べものをしようとするフィーネを制止し、僕は草むらの中に降り立った。

僕の身体には生き物たちのような手足はないが、流体で構成された身体はある程度自由に形を変えることができる。

胴の辺りから適当に触手を一本形成し、花の根元を掴む。そのまま力任せに引き抜こうとして、


「ん?」


引き抜こうとした触手が、逆にその花に吸い込まれていった。


「兄上様!!」

「フィグー様!?」


二体の悲鳴のような叫び。

触手に引きずられるように僕の身体はその花に吸い込まれていく。まるで底の割れた水瓶から水が抜けていくかのようだ。ほかの動作をする間もなく、僕の身体は一瞬で花に吸い込まれてしまった。



 * * * *



パチパチと思考が明滅する。

どうやら何かしらの術式が発動したようだが、僕に特に影響は感じない。視覚情報はない。感覚としては、僕の身体はどこかに流されているようだった。


ふむ、と僕は思案する。

何らかの手段によって僕は違う場所に移動させられているようだが、転移魔法とは違うようだ。座標はあの花があった位置からずれてはいない。ということは、別位相の空間に取り込まれているということか。確か、人間達が使う魔法にそんなものがあった気がする。

その移動もどこか別の空間に直接繋がる扉を開いているのではなく、道のような場所を運ばれているようだ。そして、その道は僕にとってなじみが深い。星命の河を流用しているようだ。

ということは、あの花が咲いていた場所は星命の泉か。なるほど、だいぶ仕組みが理解できた。


星の命は星の内側を流れており、それを星命の河と僕たちは呼んでいる。星命の河の中で特に星の命が多く溜まっているたまり場を星命の泉と呼び、そこを起点に僕達星霊は発生したりするのだが、どうやらあの花は星命の泉を通じて星命の河に根を張り、花自体も星命の河の一部だと錯覚させることで星の命を吸い取っていたようだ。

僕たちが使っていた隠形と似たようなものだ。変に物を隠そうとするとそこだけ違和感が生じて逆に目立つことになる。だから、周囲に同化することでその違和感を消すという手法。

ゆえに、花から別位相に星命の河を模した道を作成し、今まで僕に悟られることなく星の命を吸っていた、ということだろうか。それが、なぜかつい先ほど、その量が急激に上昇した。だから僕も異常を感知することができたというわけだが。

この流れに沿って行けば星の命を集めている者のもとに辿りつけるだろうが、単純にそういうわけでもなさそうだ。

今しがた、道が二つに分岐していた。星の命は分かれた別の道へと流れ、僕は別の元へ送られている。

そう、星の命を吸い上げるための道なら、花に触れた僕が吸い込まれている現在の状況は説明できない。とはいえ、推測はできる。

あの花に不審感を抱いたり興味を持ったものが花を害そうとしたとき、その対象を捕獲する機能があるのだろう。星霊である僕まで捕まえようというのだから、あの花を作った存在はかなりの天才か、あるいはそういった能力を持った法則狂いロジックエラーか。

いずれにしろ、このまま道なりに進まされればどこかに捕らえられるのだろうか。それよりは、先ほどの道を戻ったほうがずっと早いな。


そんな思考を瞬きの間に終わらせる。

他の存在はともかく、星命力マナで構成された肉体を持つ星霊であり、肉体を流動させられる僕にはこの道を遡ることはたやすいことだ。

身体を反転させ、通されてきた道を戻っていく。二股に分かれた道で星の河の流れに乗った僕は、そこで先ほどまで僕が通った道を運ばれていく見慣れた姿に気が付いた。


「フィラーロ……。僕の後をついてきたのか」


フィラーロは僕と違いこの中を自由に移動できないのか、そのまま流されていっている。まあ、この道の持ち主を処分すればフィラーロも解放させるだろう。捕獲しているということはすぐに命を害されることはないだろうし、フィラーロは仮にも僕の眷属であり護衛だ。よほどの相手でなければ負けることはないし、死ぬこともないだろう。

流されていく彼を眺めつつ、僕は星の河を進んでいく。


そうして、終点が来た。

道の終わり、布一枚隔てた空間の向こう側に生命体の反応がある。それがこの騒動の元凶で間違いないだろう。

空間に穴をあけて別領域に顕現する。


「……貴様が、ここの主か。随分と手間をかけさせてくれたな」


流体にしていた肉体を再び再構成する。自由に変えられるとはいえ、やはりこの形が一番安定しているので都合が良いのだ。

そこは、透明な壁に仕切られた四角い空間だった。僕のカタチでいるには少々狭すぎるが、まあ問題はないだろう。

床に着地し、この場の主だろうものに視線を向ける。壁の外には海のような空間が広がり、壁の中には術式を吐き出す道具と人間のカタチをしたものが二匹いた。

黄金の毛を生やした自動人形は驚いたようにこちらを見上げている。もう片方、縹色の毛を持ち、背中から皮翼状の二本の精霊器官を生やした精霊の亜人は床にへたり込み、恐れをなしたかのように僕を見ていた。


「この海を守護するものとして、星の命を無為に消費するものを許してはおけない」


いつも思うが、なぜ僕を恐れるのに星の命を好き勝手に消費するのか。

星の命を脅かせば、僕ら星霊が現れるなどこの星に生きるものなら誰だって知っていることだろう。だというのに、生き物達……特に人間は星の命を食い荒らす。そうして、僕が現れると決まって泣き叫ぶのだ。許してください、命だけは助けてください。このようなことは二度としません。

それなら最初からしなければよいと思うのに、僕にはそれが理解できない。


「おまえ……。そうか、この地を統べる星霊種アストラルか!」


今更気が付いたのか。

しかし、亜人の娘がこれほど怯えているのに自動人形の方は怯える様子がまるでない。先ほど僕の出現に驚いていたことから感情表現ができないわけでも、感情がないわけでもないようだが。

まあ、そんなのは些末なことか。

速やかにこの二人を処分し、この空間も破壊し、フィラーロを回収してまた眠るとしよう。


そうして、僕は目の前の二人を殺すべく、必殺の吐息を吐き出した。

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