05 目覚め

「退屈は神すら殺す毒である」


かつて、誰かがそんな言葉を残したそうだ。

それは正しい。ただ、あえて訂正するならば。

退屈が神を殺すのではない。神が退屈を覚えることが毒なのだ。

神とは本来世界を運営する機構であり、事象であり、システムでなければならない。神が意思を、感情を持ってしまったのなら、公平な運営は失われてしまうからだ。


だが、この世界においてはその過ちがまかり通っている。

世界を生み出したもの達はその傲慢により自身が生み出したものに叛逆され、星を営むもの達は感情を得たことでおもうがままに生命を操作し、ヒトから生み出されたもの達は時代を生きるものによりその意思を変質させられる。

あまつさえ、この世界は外なる神すら介入しているのだ。この世界の仕組みは、その始まりから狂ってしまっていた。


だから、僕がこう成って・・・しまったのも必然だ。


僕はただ生きるのに飽いていた。あまりにも退屈で、退屈なあまり、僕はその生涯のほとんどを眠りながら過ごしていた。

おかしな話だ。本来、眠るという機能を持たない存在である僕が、意識の覚醒レベルを最低値にまで減少させることで、疑似的に獣のように眠るようにしているのだから。

それもこれも、僕に感情なんてものが存在するのがいけない。

勿論、この世界には多くの命が生まれ、その生命によって生み出された娯楽に溢れている。わが妹のように、その娯楽で満足できたのなら良かったが、僕が一番求めた退屈しのぎ・・・・・は、僕の発生原因とは大きく乖離したものだった。

僕の嗜好は僕の発生理由と矛盾している。

きっと、僕は生まれながらに壊れていたのだろう。そうでなければ、この矛盾はあり得ない。


退屈だ。退屈だ。

あらゆる外的要因で滅ぶことのない僕でも、退屈で死にそうだ、なんて。

本当に、ふざけた話というものだ―――――。



 * * * *



――――その違和感は、突如としてやってきた。


僕の身体から何かが失われていく感覚。例えるならば、獣が吸血生物に血を吸われる行為だろうか。

消えているのでも、零れ落ちているのでもなく、何者かの意思によって吸われている。この感覚は間違いではないだろう。


僕はこの現象を覚醒に値する異常だと認識し、意識レベルを上昇させた。


「…………………」


覚醒する。覚醒する。

感覚がより鋭敏化し、領域内で全知全覚を誇る権能がその異常を認識する。

同時に、僕が眠る前と比べ、ずいぶん領域内が変わっていることを知覚した。

地形、生態、海流。多くのものが大なり小なり変わっているが、何よりも変わっているのは僕の領域に獣の街ができていることだ。


海の中には様々な生物、種族が存在し、独自のコミュニティや集落を形成している。だが、その街は明らかに海の中にあって異質な街だった。

海底に作られた街を囲むようにドーム状の魔法領域が作られている。そのドームによって、領域内に陸上の獣でも生存できるように陸上と同じ成分濃度の気体が貯められているのだろう。海の中にありながら、陸の獣が陸上と同じように生活している。

さらにその真上に位置する場所にも小規模ながら都市がある。いや、都市というよりは船というべきなのか。その構造物は錨でつなぎ留められているわけでもないのに、波に揺れることなく海面に浮いていた。

海底の都市と海上の都市。どちらも驚嘆すべき魔法技術だ。思わず僕はその進歩に感心した。

今回の異変はこの街が作られたことが影響しているのだろうか。そんな考えを巡らせていると、僕の眠っていた部屋の外から慌ただしい気配が近づいてくる。


……そういえば、外に意識を向けていたせいで気にしてなかったが、僕の眠っていた場所も随分様変わりしているな。


「おはよう、フィラーロ」


姿を見るまでもなく、誰が訪ねてきたのかはわかっている。ゆえに、即座に僕はここにやってきたものにあいさつをした。

現れたのは予想通り、僕の眷属の一人にして護衛役、フィラーロであった。

ただし、その姿は僕の記憶にあるものとはいささか違っている。なぜか、彼の姿は人間の姿を模したものになっていた。彼が姿を変化させているのを見るのはこれが初めてだったから、これには少し驚いた。

驚いたのはフィラーロも同じだったようで、彼は覚醒している僕を視認すると声をあげた。


「まさかと思ってきてみれば……、フィグー様! お目覚めになられたのですか!」


彼はすぐさま僕の傍にまで近づいてくると、片膝をついて頭を下げた。フィラーロ曰く、これが彼なりの敬礼の姿勢らしい。そんな獣たちの真似をする必要などないと最初の百年ほどは言っていたが、今はもう彼の好きなようにさせている。


「おはようございます、フィグー様。フィグー様が眠りにつかれてから、およそ3400回ほど季節が巡っております」

「正確には、3452回の季節の巡りと27回の日の満ち欠けですね」


ゆらり、とフィラーロの後ろから現れたのはフィラーロと同じく僕の眷属であり、僕の補佐役にしてであるフィーネだ。

フィーネはもともと人間の姿を模すのを好んでいたので、彼女が人の姿で現れても特に驚きはない。実際、姿も最後に見た時とほとんど変化はなかった。


「おはようございます、兄上様。お目覚めになられたようでなによりです」

「フィーネもおはよう。今回はそのくらい寝てたのか……。なるほど、僕の領域の営みも変わっているというものだ」

「ええ。兄上様が眠りこけている間に陸では黒き龍が滅亡し、人間達が再び機械文明を発達させ、三度新たな『星の化身』たる雛が誕生されました。さすがに黒き龍の世界侵略の際には兄上様も目を覚まされると思いましたが、このような時にお目覚めになるとは私も予想だにしませんでした。いったい、兄上様はどのような理由でお目覚めになられたのです?」


フィーネの告げた内容に、僕は少なからず驚嘆した。あの黒き龍が滅亡しているとはさすがに驚いた。

彼らは僕の領域の近くを縄張りにしていたドラゴンであり、獣のドラゴンの中では最強と謳われるほどの上位種だと聞いている。僕の領域に侵略してくるものがいるので何度か駆除を行ったことがあるから、その生物としての強さは僕ですら知っている。彼らは確かに獣にしては高い強度を持っていた。

そんな彼らが滅亡しているとは、陸ではどうやら随分と大事が起きていたようだ。

だが、どれだけ月日が流れても、兄であり創造主であり主である僕に対するフィーネの態度は相変わらずのようだ。これだけは何万年たっても変わらない。


しかし、おかしいな。

フィーネの言葉を受け取ると、「異変異常が起きなければ目覚めない人が異変異常が起きていない時に目覚めるとはどういう心境の変化ですか?」と言っているように聞こえるが、フィーネは気づいていないのか?


「フィーネ。北西部に人間達が新たな建造物を築いているな」

「……兄上様。あれは陸の種族達が海の人間達と共同して建造した海洋都市のひとつです。あの都市ができたのは254年ほど前ですが、あの形式の海中都市は兄上様が前回目覚めた時にはすでに……」

「その都市のさらに北、ナニかあるぞ。このの中にありながら、僕の知覚を免れているナニカが急速に星の命をくみ上げ始めた」

「そんなバカな! この海は兄上様そのもの。兄上様が知覚できないことがあるはずなど……!」


僕の言葉に、反射的にフィーネが叫ぶ。

驚いているということは、フィーネは心当たりがないようだ。隣のフィローネの反応からして、彼も覚えが無いのだろう。


「ああ。僕の知覚でもその場所に何もないし、誰もいない。ただ草地が広がっているだけだ。だが、確実に僕の知覚できない空白が存在し、その場所から星の命を汲み上げているナニカがある」

「魔法などを使って、別の場所から星の命を奪っているのでは?」

「それなら魔法の気配を感じるだろう。それすらもない」

「……申し訳ございません。兄上様を見誤っておりました。貴方様は何か起きなければ決して目覚めない。その貴方が目覚めた以上、非常事態だとすぐに理解するべきでした」


フィローネのあげた可能性を否定すると、沈痛な面持ちになったフィーネが頭を下げる。

一体何に対する謝罪かは分からないが、僕の言いたいことは理解したのだろう。下げた頭をあげた時には、すでにその表情は事態の収束に向けたものへと変わっていた。


「たとえ僕に知覚できなくても、その場所で星の命を汲み上げているのは確かなんだ。ひとまず僕はそこへ向かう」

「もちろん私も帯同します、フィグー様!」

「私もです」


こうして、僕たち三人はその場所へと向かうことにした。

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