第10話 西都州 西永 ①

 西都州せいとしゅうは北都州の隣の州で、州都は西永せいえいといい宝林ほうりんという女性の州知事が治めていた。


 西永に到着した明蘭は道中に狩った獣の毛皮や黒銀草の粉を売り金銭に変えた。

 町を探索してみたが北寧に比べゴロツキ風の男も多く、少し治安が悪い印象を受けた。


 大通りからあまり離れず治安も良さそうな場所に、比較的安価な宿を見つけたので今日はそこに泊まることにした。部屋に荷物を置いた後、宿の受付の女性にどこか仕事を斡旋してくれる所はないか尋ねてみた。


 「それなら3筋向こうの赤茶色の壁の建物に職業斡旋所があるわよ。一日だけの日雇いの仕事とかも扱ってるわ。でも、あなたの年齢じゃ請け負える仕事は限られそうだけど・・・。」

 受付嬢は親切かつ正直に教えてくれた。

 「ありがとうございました。一応一回のぞいてみます。」

 ぺこりと頭を下げ、明蘭は職業斡旋所に向かった。



 斡旋所は大勢の人でごった返していた。壁に仕事内容が書かれた紙がたくさん貼ってある。

 今の明蘭は12,3歳の少年に見えるので、それくらいの子供にできる仕事を探したが、年齢制限が甘めの仕事は家の清掃や庭の草むしりなど簡単な軽作業のものが多く、単価も他のものより安めだった。


 仕方ない。家の清掃でもするか。


 ここで幾ばくかの路銀をためて次の町に移動するしかないため、明日にでもできそうな仕事の紙を取ろうとした時、横から18,9歳くらいの少年が声をかけてきた。

 「お前、仕事探してんのか?」

 中肉中背で標準的な恰好のごく普通の少年だった。短い黒髪に縁どられた顔はやんちゃそうだが、まずまず整っていた。


 「ええ。短期でのものを探しています。」

 明蘭が答えると、少年は二カッと笑いかけてきた。

 「お前くらいの年齢の男の子をご指名の仕事があるんだが、やってみないか?」

 「内容によりますが・・・。」

 「全然大したことないさ。体力もいらないし危険もない。年寄りの女性の話し相手をするだけだ。」

 「それくらいなら出来そうですが・・・、ちょっと考えさせてくださ・・・」

 明蘭の言葉をさえぎり少年は畳みかけた。

 「じゃあ決まりな!ここに名前書いて!」

 「えっ。」 

 少年の勢いにのまれて思わずサインしてしまったが、何となく不安がぬぐえない。


 本当に大丈夫かな?


 そのまま少年に促され職業斡旋所から移動し、しばらく行ったところで黒っぽい建物に入っていった。


 まさか刺客じゃないよね・・・?


 いつでも逃げられるよう心がまえをしながらついて行った。

 

 「俺は上の人にお前のことを報告しに行くから、その間に風呂に入ってこれに着替えといて。」

 着替えを渡され、風呂場に案内された。

 薄茶色の上質な生地で仕立てた上品なデザインの男児用の服だ。


 風呂?武器を持ってないか確認するとか?

 いや、そんな面倒なことをしなくても殺るつもりなら建物に入った時点でいくらでも機会はあったはず。

 

 頭の中で色々考えながらも、胸は平たいが裸を見られるのはまずいので、すばやく湯を浴び服を着替えた。


 「おー。さすがによく似あうな。斡旋所でもキレイなやつだなーって思ったけど。」

 明蘭が着替えてしばらくすると少年がもどってきた。


 「俺は桂申けいしん。この西永の生まれだ。この辺で見たことないけど、お前はよそから来たのか?」

 「わた・・・僕は明翔めいしょう。北寧から・・・。」

 「あー、北寧かあ。なんかやたら上品だから皇都とかからかと思ったけど、そっちか。北の方は色が白くて小綺麗なヤツが多いしなあ。」


 「おい、桂申。何をしている。早くしろ!」

 そんなことをしゃべっていたら、扉の外から野太い男の怒鳴り声が聞こえた。

 「あ、すみません。今、準備ができました。」

 桂申に促されて部屋の外に出た。

 「ほう、これは・・・。」

 外にいたガラの悪そうな男は着替えた明蘭を見て目をみはった。

 「奥様も喜ばれることだろう。」

 「?」


 その後再び建物の外に出て、外で待っていた目立たない外装の馬車に乗せられた。

 馬車はガラガラと西永の中心街を通り抜け小高い丘の方へ向かって行った。小窓から外を見ていた明蘭は不安になり桂申に尋ねた。

 「どこに向かっているのですか?」

 「ああ、西永の州知事・宝林さまの館だ。あの丘の上に見える大きな建物だ。」


 州知事・・・。まさか素性がばれている?

 でも、それならわざわざ言わないよね?

 高齢女性って宝林さまのことなの?


 いざとなったら馬だけ奪って逃げるか・・・。

 小窓から御者と馬の様子を確かめた。


 そうこうしているうちに馬車は丘の上の屋敷に到着した。北都州の知事の館に比べ、大きさは小ぶりだがゴテゴテした装飾が外壁に沢山ついており、色彩も派手で金にものを言わせたような趣味の悪い印象の建物だった。

 馬車は建物の裏口につけられ、そこで馬車から降り館の中へと入って行った。

 「桂申です。新しい侍従候補を連れてきました。」


 侍従候補?なんだ、それは?


 中から出てきた執事のような男が明蘭を見て満足げに頷いた。

 「これはこれは。今までで最高傑作かもしれませんね。奥様は大喜びになられるでしょう。桂申、よく見つけてきましたね。・・・お前、名前は?」

 「明翔です。」

 父の名を名乗る。


 「明翔。お前の仕事は奥様のお世話と話し相手です。従順にしていたらお前なら可愛がっていただけるでしょう。くれぐれも逆らったり、たてついたりしないように。奥様の機嫌を損ねたら命の保証はしかねますよ。」 

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