第6話 始動

王宮の中、2人の魔導士が言葉を交わしていた。

「……状況は?」

「まずいです。奴ら、条約を完全に無視してやがる。」

「どうしたものか…」

「ケインズ様!アジ.ダハーカら竜族が国境に侵入したのを確認しました!」

「もう…?!早すぎる……今行こう!」

王宮魔導研究機関局長.ケインズは、王座へと足を運ぶ。

「ルイ王様、御伝達があります。」

「聞こう。」

「竜族の侵攻が…ついに我が国にまで!」

「……わかった。魔導士をここに集めよう。

聖女も、だ。」

ルイは、苦渋を呑むような表情で答えた。



「いやぁ〜ごめんねぇ。戦力が足りなかったねえ。」

ハンナの頬杖をつきながら謝罪に、周囲は呆れ返った。

エッジとハンクは、相変わらず外で言い争いをしている。

「あのなあ…人の命がかかってんのにそう気楽に…」

「ランドくんは真面目すぎ!大体ハンクくんもエッジくんも入って半年なんだしさあ…経験詰んどかないとダメよ。」

「え?」

ランドとハンナの会話を耳にし、マナは驚愕した。

ベテランの1人もあの場に連れて行っていなかったのか?

「あのなあ…アンタ適当すぎんだろ。散々戦場で支持されてきたアタシから言わせてもらうと…そいつはあんまりだぜ?」

エヴァはため息混じりに言う。

「へー…やっぱそーいうの分かるんだ。強いんだねー。」

ハンナの目つきが変わる。

「なるほどな。アンタ…そっち側か。」

「なーんかヤバい空気…離れよう。」

ランドはマナとアーサーを連れてその場を離れた。

「君さあ…どこの国にいたの?」

「スイス。…知らねーだろ?まあ自分で言うのもなんだが、戦場じゃそこそこな活躍だったんだぜ?」

お手製のタバコを咥えながらエヴァは言う。その目線は、窓の外へと向いていた。

「君の世界ってどんなだったの?」

「アメリカと中国って国があってな…そいつらの対立が激化して核戦争ってのが起きた。

ここじゃ暦は魔西暦って言うが、アタシらの世界じゃ西暦2045年?くらいだったかな。」

「なるほど…いい世界だね。」

ハンナはあっけらかんとした表情で答える。

「いい世界なもんか。最悪だぜ?能力を認められりゃ男だけの部隊に入れられる。

そんで互いに色々溜まるわけだ。

そうなりゃどんな女っ気のない奴でも美人に見える。

んでまあ…あれだ。そうする訳だ。

最初の数日はいいが、途中から作業と義務になる。」

ケラケラと笑いながら、エヴァはタバコの煙を吐き出した。

「あー…なるほど。まあウチでもあるよ、そういうの。」

「ぎゃははは!やっぱそうか!手軽にモテるためには軍人になれ!とも言うしな!

…まあ、かく言うアタシはそう言う感情を抱いたことなんか一回しかないがな。」

「ふーん…そうなんだ。色々あったんだね。」

同情とはまた違った目つきで、ハンナはエヴァを見る。

「あー…っつーかアレだ、気になってたんだが、なんでアタシは何不自由なく話せてんだ?言語が一致するわけでもねえのに。」

「ああ…それは魔力による補正だよ。人はみんな微量でも魔力を持ってるからね。魔力って言うのは思念の塊だから、普通に会話ができる。昔はバベルの塔って言う伝説で説明されてたらしいよ、これ。」

「なるほど…文字は読めねえのに言葉が通じるのはそう言うことか。」

「ただ言語の違いっていうのはあんまりありすぎると伝わり切らないから、世界共通語ができてるの。」

「なるほど…」

「あ、君の場合は転生器を介して魔力を翻訳してるから、普通に話す以上に翻訳の揺れが少ないよ。」

「ふーん…便利だな、これ。」

エヴァはまじまじと銃を眺める。

「おらぁぁぁぁ!」

「きしゃあああ!」

エッジとハンクが扉を突き破り、2人の間に飛び込んできた。

「俺の勝ちぃぃぃぃぃ!」

エッジは馬乗りのまま、天高らかにガッツ

ポーズを取る。

だが、勢い余って、テープで修繕された女神像は破壊されてしまった。

「おい!貴様!せっかく直したのにぃ…」

ハンクは地面に顔を擦り付けておーいおいと泣き始めた。

「はい終わり。今日の午後出発だから。」

「え?」

一同はハンナに視線を移す。

「召集だよ召集。王宮に集まれってこと!」

「「「「「「はああああ?!」」」」」」

ランド、マナが部屋から飛び出る。

「とにかく午後には出発ね!」

「なんでこの人は…もおやだ…」

ランドは手すりに捕まり、項垂れながら涙を流す。

「よしよし。」

「よ、よしよし……」

マナとアーサーは、彼の頭を優しく撫でた。



「聖女含むブラッドアクス一行が、只今到着いたしました。」

魔導士の1人が伝達する。

「ハンナちゃんったらやっぱ適当だねー…」

リンゴを齧りながら、少女のような見た目の女は言う。

「アップルシュガー…ここは神聖な場だ。食事は慎めと言っただろう。」

灰色の髪の男が女…アップルシュガーに言い放つ。

「えーいいじゃん?大体サドラスさんって真面目すぎるって言うかー…」

「貴様…魔法騎士を愚弄するか。」

「うん、してるよ?クソめんどくせえわ、お前ら。」

「……」

両者は武器を構える。

が、間に割って入った魔法により、その衝突は阻止された。

「待て。神聖な場なら剣を引くのは御法度だろう。」

「ケインズか…すまない、少々取り乱してしまった。」

サドラスは剣を納め、ケインズに謝罪した。

「私に対する謝罪はー?」

「貴様にはあるはずなかろう。」

「正論って嫌い。」

アップルシュガーの反論は、ケインズにあっさりと丸め込まれた。

周囲からため息が上がる。

何故この女はすぐに喧嘩を売るのだろうか。

「さて……来たか。」

「やーやー久しぶりーみんなー。」

「はあ…」

「全くお前は…」

「ハンナちゃーん!久しぶりー!」

「エマちゃん久しぶりー元気してた?」

「うんうん。」

ハンナに頭を撫でられ、アップルシュガーは上機嫌になる。

「ずいぶん暗え場所だなあ、ここ。」

ハンナの後に続くように、エヴァが部屋に入る。

「………」

彼女に懐疑の目が向けられる。

「では、お座りください。」

用意された椅子に2人は座る。

「それでは、各々お名前をお呼びいたしますので、お答えを。

魔導兵団『チェリーポップ』団長、エマ.アップルシュガー様。」

「はいはーい。」

元気よくアップルシュガーは答える。

「団長……?!こいつが?ちょっとこいつの実年齢幾つ?」

エヴァはハンナに耳打ちする。

そしてその回答を聞き、彼女の表情はこわばった。

「こえー…まじこえー…」

「続きまして、魔導兵団『ブラックホーン』団長、アリア.イースリード様。」

「はい。」

小柄な女は小さく手を挙げる。

「年齢どーなってんだこ…」

エヴァはハンナに強く口を押さえられる。

「アリアちゃんに身長の話はしないで…もうそろ30なんだ…」

「ギロリ。」

アリアは2人を睨みつける。

「うっ……!やべえやべえ…」

2人はそそくさと視線を逸らした。

「続きまして、魔導兵団『ティターニア』団長、オーベロン様。」

「はいはい。」

羽の生えた男が小さく手を挙げる。

「随分な2枚目だな。」

「え?タイプ?」

「いや…1番苦手だ。」

エヴァは真剣な表情で顔を顰める。

「続きまして、魔導兵団『ダインスレイヴ』団長、エデン.デッドグラフ様。」

「え?!あ、しまった…」

エデンという男は、眠りから覚めるや否や気まずそうに手を挙げる。

「続きまして、魔導騎士部隊総括、サドラス.ハービス様。」

「うむ。」

サドラスはそうとだけ答えると、椅子に座った。

「なんかずっと見てくんだけどあのおっさん…」

エヴァは彼との椅子の距離を、拳一個分追加で開けた。

「続きまして、魔導研究局局長および、王宮魔導機関機関長、ケインズ.アースガルド様。」

「はい。」

ケインズは軽く手を挙げた。

「ああ…あいつか…マナの元上司ってのは。」

エヴァは1人で納得した。

「続きまして、魔導兵団『ブラッドアクス』団長、ハンナ.バベッジ様。」

「はい。」

ハンナも続けて軽く返す。

「そして最後に、聖女、エヴァ.メーリアン様。」

「はいよ。」

エヴァは頬杖をつきながら答える。

「…以下、計8名が揃いました。」

「では、ルイ.ラグドレアム様。本件のご説明を。」

ルイは口を開き、語り始めた。

「ああ…既に知っている人もいると思うが…竜の一族が不可侵条約を破った。」

「?!」

周囲に動揺が走る。

条約の内容を知らぬエヴァでも、事態の深刻さはやんわりと感じ取ることができた。

「エヴァは知らないだろう。

遡ること150年前…竜と人は数十年にわたって争い続けていた。そんな中、ドラゴンクロウと呼ばれる傭兵達が竜族との交渉をし、不可侵の条約を結んだ。

竜族の国を作る代わりに、人に危害を加えない、と。」

「待て。じゃあドラゴンはなんなんだ?あとウチにはランドってのがいるが、あれは?」

「ドラゴンと竜人と竜族は全くの別物さ。

ドラゴンは理性のない魔法動物。

竜人はドラゴンと人のハーフ。

そして竜族はドラゴンが進化し、知性を持ったものだ。」

「へー…理性がねーとはいえ、ドラゴンも竜族の仲間だろう?アタシら人が動物と同程度に扱うことに対しては何も感じないのか?」

「ああ…彼らも動物として乗りこなしている。」

「ええ…まーじで?」

エヴァは咥えていた煙草を落とした。

「そしてそれが破られたと言うことは…民間人に危害が及んだと言うことだ。

いま竜族が大規模侵攻を始めている。

既に止めに入った魔導士数人が負傷している。幸いにも、民間人に犠牲者はないがな。」

『犠牲者なし…妙だな。』

その疑問を、エヴァは口に出さなかった。




「王よ…ここで休みましょう。」

「ああ…そうしよう。貴様の提案はいつも的確だな、テュポンよ。」

「ありがたきお言葉。」

テュポンと呼ばれる竜族は、アジ.ダハーカに膝をついた。

「なあ…ドラコよ。」

「どうしましたか、王よ。」

年老いた竜族が彼の隣に座る。

「人についてどう思う?」

「お言葉ですが…弱きもの…と私めは思っております。群れるのみで力を持たない。」

「そうか…よい。正直な貴様の意見が聞きたかった。」

「しかし王よ…何故あのような事を?先ほどの質問からしますと…。

やはり貴方は彼女が…」

「そうだな…確かに人は群れ、虚勢を張る下等生物かもしれん。だが…私はそれが美しいと思う。」

アジ.ダハーカは夜の月を眺め、そう言った。

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