2. 新人冒険者『ラズ』

「あ、私は……『ラズ』と言います。冒険者です」


 ボクの様子を伺っていた人間族の少女はわずかに怯えを含んだ様子で名前を告げてきた。

 焦げ茶色の髪に青みがかった瞳、日焼けした肌、これといった特徴のない少女だ。

 装備もところどころが破れて血がにじんだ服と、左腕にくくりつけられた木でできた小型の円盾のみという、至って簡素な、はっきりと言ってしまえば駆け出し冒険者としか言いようのない装備をしている。

 ボクが旅に出ることになったときだって革製の防具は身に着けていたし、この娘は相当お金を持っていないんだろう。

 そもそも、荷物袋もないんだけど。


「そう。では、ラズ、ゴブリンは君を襲おうとしていた連中で全部?」


「ゴブリン……そうだ、みんなを助けないと!」


「みんな?」


 話を聞くと、ラズには同じように新人冒険者同士で組んだ仲間があと3人いるらしい。

 残りは全員男らしいけど、そこはどうでもいいか。

 問題は彼らが生き残っているかどうかだから。


「ラズ、そいつらって君より強い?」


「え? 私よりは強いと思います。装備もしっかりしていたし」


「そういえば、君は武器を持っていないな。どうした?」


「ええと、逃げる途中でゴブリンに投げつけてしまいました。当たったかどうか確認していないので意味があったかはわかりませんが……」


 なるほど、それで盾以外装備を持っていないわけだ。

 さすがに武器がないのは冒険者以前に自衛手段を持たないということなのでいろいろと問題がある。

 それを投げつけてきたというのも問題だけど。


「君の状況は理解した。それで、どうしたい?」


「どうって……」


「君の仲間を探したいなら手伝ってあげよう。ゴブリンに追われてはぐれたなら絶望的だとは思うが、探せば間に合うかもしれない」


「それなら、ぜひお願いします、アイオライトさん!」


「わかった。それじゃあ、ボクは周囲の情報を集めておく。この先に川があるから、ラズは濡れた股間と服を洗ってくるんだ」


「え?」


「女の尿の匂いはゴブリンを呼び寄せる。あいつらは夜目も鼻も利く」


「わ、わかりました」


 川のある方に向かっていくラズから視線を切り、ボクは森の中へと意識を広げていく。

 精神集中を続けているとボクは森の一部と化し、同時に森の中で起きている出来事も理解できるようになった。

 ……ああ、やっぱりか。


「戻りました。……アイオライトさん?」


「ああ、お帰り。それじゃあ、君の仲間たちを拾いに行こうか」


「場所がわかるんですか!?」


「大体ね。じゃあ行こう。アレク」


『わかった』


 ボクはアレクの背にまたがり日が落ちていく森の中を歩み始める。

 ラズの歩く速度にあわせているから移動速度は非常にゆっくりとしたペースだ。

 でも、別に結果が変わるわけじゃないし、急いで走って余計な戦闘を起こす必要もない。

 のんびりとは言わないが、無理のない速さで移動しよう。


「あ! 私の剣!」


「あれが? ただの木剣に見えるけど」


「刃の部分によく切れる岩を挟み込んであって切れ味がいいんですよ。故郷の村を離れるときに買ってから出てきましたが、いまの私が持てる精一杯の武器です」


「あれが、ねぇ」


 ラズは小走りに岩が挟んであるという木剣へと駆け寄り、持ち上げて状態を確認し始めた。

 ややあって、満足げにうなずくと腰のベルトに固定する。

 とりあえず最低限の武器としては使えるらしい。

 戦力としてはまったく期待できそうにないが。


「お待たせしました」


「別にいい。それよりも奥に進む。日が沈む前に森を抜けたい」


「は、はい!」


 ボクたちはまた歩き出し、やがて激しい戦闘があったであろう場所までたどり着いた。

 そこにはゴブリンの死体が数匹分転がっていて死体にも損傷がある。

 ラズに話を聞くと、これはラズが逃げることになる前に倒したゴブリンたちらしい。

 このゴブリンたちから戦利品を剥ぎ取っている最中にラズを襲っていたゴブリンの集団に襲われて散り散りに逃げ出したようだ。


 この場にはラズの仲間の遺体も新しいゴブリンの死体も残されていなかったので、ランプに頼みゴブリンの死体を灰にしてから先へと進む。

 ボクたちは乱暴に草木を分け進んだ痕跡を追いながら森の奥へと歩んでいく。

 少しすると「グギャグギャ」というゴブリンの笑い声が聞こえ始め、ボクたちは更に警戒の度合いを強める。

 声のする方角へ向かっていくと、ゴブリンの群れが男たちの遺体を集めて小躍りをしていた。

 どうやらゴブリンどもの想像以上に手に入った装備品の質がよかったようだ。

 この場にいるゴブリンの数は20匹以上。

 さて、どうしたものか。


「ああ、みんな……」


「どうやら遅かったみたい。それで、どうする?」


「あの、どうするって?」


「ゴブリンの群れを倒すかどうか。先に君たちが倒していたゴブリンと、君を襲っていたゴブリンを含めると30匹以上群れになる。そう考えるとあいつらは森の中で暮らしている小集団ではなく、それなりの規模を持った群れの一員のはず。こういうとき、冒険者ギルドでは報告の義務があると聞いているけど、どうする?」


 ボクが問いかけるとラズは黙り込んで目を閉じ俯いてしまった。

 きっとこの場であの群れを倒すメリットと倒さずに帰って情報を伝えることのメリットを秤にかけているのだろう。

 ボクとしてはどちらでも構わないし、あの程度の群れを倒すなんてかすり傷ひとつ負わないはず。

 ただ、群れの一部を倒して群れがどう動くかまではボクの仕事の範囲外だから、ボクが積極的に答えを出す問題でもない。

 当事者であるラズに決定権を預けよう。


「……情報を持ち帰ります。この場で群れを半端に倒し、刺激することの方が問題だと思うから」


 しばらくしてラズはそう結論づけた。

 ボクはそれに賛成も反対もせず、ただ決定に従う。

 ボクたちは戦利品を集めて喜ぶゴブリンたちを背に森の外へと向かった。

 この情報を受け、冒険者ギルドはどう動くのだろうか。

 ボクは冒険者じゃないからあまり関わるつもりはないけど、放置することはやめてもらいたいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る