伝説のモンスターテイマー、羊三頭を連れて今日も行く

あきさけ

1. テイマー『アイオライト』と新人冒険者の出会い

 森の中で気持ちよく昼寝をしていたところ、なにか湿った物でボクの頬をなでられた。

 仕方なく目を開けると、辺りはもう暗くなり始めている。

 少し寝過ぎたかな。


「……おはよう、ランプ、ロイン、オファール」


「メェー」


「メェー」


「メェー」


 この3頭はボクが飼っているテイムモンスターだ。

 3頭とも羊型のモンスターであり、その大きさも普通の羊と大差ない。

 モンスターだとわかる特徴は、眉間から生えた鋭い角くらいだろう。

 その3頭がボクを起こしたということは、そろそろ出発時間だろうか。

 でももう1頭のテイムモンスターの姿が見えない。

 どこに行っているのか。

 普段はボクが寝ているときにそばを離れるなんてしないのに。


 不思議に思っていると、木の向こうから足音が聞こえてきた。

 どうやら帰ってきたみたいだね。


『起きたか、アイオライト』


「おはよう、アレク」


 アイオライトはボクの名前。

 猫獣人族のテイマーである。


 アレクは馬型モンスターの一種、スレイプニルだ。

 人語を話すことができるので意思疎通も簡単。

 ランプたちは念話を使わないといけないから、普段は話しかけてこない。


 ところで、なぜボクの元を離れていたんだろう?


『近くにゴブリンの気配がある。数匹ではあるが警戒するに越したことはない』


「ゴブリンが群れで? それだけ?」


『いや。ヒト族の気配もあった。おそらく、冒険者というやつがゴブリンに挑んでいるのだろう』


「ふーん。勝てそうなの?」


『そうだな。気配を探った限りではあまり分がよくはなさそうだった。助けに行くか?』


「……そうだね。次の街に行くついでに冒険者を助けてから行こうか」


『珍しいな。お前が他人のために動くとは』


「道案内はいた方がいいだろう?」


『なるほど』


 ボクは納得したアレクの背にまたがり、ランプたちを連れて森の奥へと進んでいく。

 さて、冒険者たちはゴブリンに勝てているかな?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はっ、はっ、はっ、はっ」


 息が苦しい。

 足もだんだん重くなってきた。

 でも、足を止めたらあいつらに殺される!


「グギャギャギャギャ!」


「ゲヒャヒャヒャヒャ!」


 私の後ろにぴったりと付いて走ってくるのはゴブリンの群れだ。

 群れといってもさほど多いわけじゃない。

 私と今日始めて組んだ仲間たちでゴブリンを3匹倒すことができた。

 だけど、倒したゴブリンから戦利品と討伐証明である耳を剥ぎ取っていたところで、ゴブリンの増援がやってくる。

 相手の数は多く不意を突かれたこともあり私たちはうまく立ち回ることができなかった。

 その結果、仲間のひとりがゴブリンに殺され、その後は全員がバラバラに逃げ出すこととなってしまう。

 私のあとをつけてきているゴブリンのほかにもゴブリンはいたはず。

 そう考えるとほかの仲間たちの元にもゴブリンは追いかけていったのだろうが、いまはそれどころではない。

 私もいまは自分が助かることだけで必死なのだ。


「ギャギャ!」


「うひゃあ!?」


 走って逃げていると突然目の前からゴブリンが2匹飛び出してきた。

 どうやら私は回り込まれていたらしい。

 別の方向へ逃げようとしたが、そちらの方にも既にゴブリンが待ち構えている。

 結果としてできることは後ずさることだけで、それも背中に木がぶつかったことで止まってしまった。


 私は力なくへたり込み、緊張の糸が切れてしまったのか股間が湿るのを感じる。

 その臭いを嗅ぎつけてゴブリンたちは更に興奮したように笑い声をあげた。


 ゴブリンに捕まった女の末路なんて決まっている。

 女の尊厳を踏みにじられ続け、意識を失うまでおもちゃにされるのだ。

 それだけならまだしも、意識を失おうとゴブリンの性欲は止まらず体を揺すられる感覚で意識を取り戻すという。

 そしてゴブリンの性欲を満たし終わったら、今度は食欲を満たすために殺されるのだ。

 いっそ殺してからおもちゃにされた方がまだましだろう。

 でも、ゴブリンはおもちゃにされる女の悲鳴や表情を楽しみながら自分の欲求を満たすらしい。

 本当に最悪だ。


 英雄と呼ばれるような冒険者になることを目指し、村を飛び出してきてまだ一カ月も経っていない。

 それなのに私はゴブリンのおもちゃにされて死ぬ。

 こんな結末、誰が予想しただろうか。

 これなら、村で誰かの嫁として慎ましく暮らした方がマシだったかもしれない。

 でも、後悔はできてももう遅い。

 私の結末はもう決まっているのだから。


「グヒャヒャヒャヒャ!」


「グギャギャギャ!」


「ギャハハハハ!」


 ゴブリンたちは笑い声を上げながら、一歩、また一歩と私に近づいてくる。

 私が怖がっていることさえゴブリンたちには楽しい時間なのだろう。

 せめて、早く死ねますように……。


「グギャ!?」


 祈るように目を閉じていた私は、1匹のゴブリンがあげた悲鳴に驚き目を開ける。

 すると、ゴブリンの胸から1本の鋭い角が生えていた。

 一体なにが起こっているの?


「メェー」


 ゴブリンの後ろから羊の鳴き声が聞こえると、角が燃えるように赤くなりゴブリンの体を炎で焼き尽くした。

 灰になって散ったゴブリンの後ろにいたのは、頭に鋭い角を生やした3頭の羊だった。


「メェー」


「メェー」


 羊たちはバラバラに、しかし素早く残りのゴブリンたちへと襲いかかる。

 ゴブリンたちも応戦しようとするが羊の方が圧倒的に速い。

 角で貫かれ、体当たりで弾き飛ばされ、蹄で踏み潰される。

 そのいずれもが必殺の威力を持ちゴブリンを蹴散らしていった。


 ものの数分で私を取り囲んでいたゴブリンはすべて倒され、残りはこの羊たちだけとなる。

 角に鋭い一角が生えている時点で普通の羊ではなく、なんらかのモンスターであることは間違いがない。

 だけど、私はゴブリンから逃げる最中に武器を落としてきてしまったし、そもそもゴブリンをあんな簡単に蹴散らした相手を倒せる自信なんてない。

 結局、殺される相手が変わるだけで結果は変わらないのだ。

 本当に短い人生だったな。


「ランプ、ロイン、オファール。ゴブリンの掃除は終わった?」


 森の中から少女特有の可愛らしい鈴のような声が聞こえてきた。

 ランプ、ロイン、オファールというのはこの羊たちの名前だろうか?

 ということは、この羊たちはテイムモンスター?

 私、助かったの?


「メェー」


「メェ、メェー」


「……冒険者は生きているの。とりあえず間に合ったんだね」


「メェー」


 森の奥から出てきたのは馬だ。

 それも普通の馬ではなく、非常にたくましい体と多数の足を持っている。

 この馬もテイムモンスターなの!?


『ふむ。この冒険者、我々の登場にひどく驚いているようだな』


「ランプたちの言葉はボクにしか通じないし仕方がない。とりあえず、ボクが話すことにする」


『見たところ素手のようだ。だが、油断はするなよ』


「わかってる。心配性だな、アレクは」


 木陰から姿を現した馬に乗っていたのは、やはり背の低い少女だった。

 頭の上に付いている猫耳が特徴的なので猫獣人族だろう。

 彼女の目は右目がピンク、左目が金色に輝いている。

 透き通るような白い肌はまったく日焼けをしていない。

 わずかに青みがかった黒髪を編み込んだ少女は私に自己紹介をしてきた。


「ボクは『アイオライト』。モンスターテイマーのアイオライト。あなたは?」

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