佐藤さんと細山田くん

彩鳥るか

第1話

高校生の昼休みといえば、屋上やら中庭のベンチやらで友人と弁当を食べるものである。それは青春そのものであり、それがなくては青春は成り立たないのだ。近頃は屋上立ち入り禁止だとか中庭にベンチがないとか、そんな邪道をゆく学校も多いらしいが、幸い私の学校はそこをクリアしている。

よって高校生である私は、いついかなるときも外で昼食を食べる義務があるのだ。


そう、たとえ真冬の一月であっても...。


「...というわけで細山田くん。一緒に食べに行こう」


細山田くんは短髪塩顔高身長イケメンである。よく言えば優しい、悪く言えばヘタレなので同級生にはモテないが、「友人としては良い人」といわれるタイプのプチ優良物件である。そして私のノリについてこれる数少ない友人である!


「常々ちょっとどうかしてるとこあるなと思ってたけど、やっぱり佐藤さんで面白いよね。

嫌だよ寒いし」


優しいと評判の細山田くんの私への対応は、近頃雑になる一方で悲しい。


「そんなんだから一定の層にしか需要のないヘタレイケメンに成長しちゃうのよ。男は気合いだよ気合い!」


頑張って細山田くんの意外に筋肉質な腕を廊下の方へ引っ張る。

座ったまま無言で抵抗する細山田くん。


諦めて、懇願の姿勢に入る私。

「いやまじで頼みます。流石にぼっちは身も心も凍りついちゃうから!

ほらちゃんと窓の外見てみ?晴れてるよ?意外と行けるって。まじ余裕だって!」


「いや他の友達誘いなよ」


はん、そんなの私が思いつかないとでも思ったか!と顎でしゃくった先には私の友人、二名がひっついて震えてる。

教室の中だというのになぜそこまで凍えているのかというと、ひとえにそれは彼女たちがJKであり JKたるもの膝上3センチ以上が鉄則であるからだ。JKのもこもこマフラーとスカート丈の矛盾は、冬の風物詩である。


そんな彼女たちはこちらの視線に気づくとグッと親指を立てる。「私のことは置いて先に行け」の念を感じ取った私は、決意の表情を浮かべて細山田くんに向き直る。

彼女たちの思いを背負って、必ず、必ず悲願を達成させようではないか!


「...はあ。自販機でコーンスープ買ってね」

そう言いながら上着と弁当の包みを引っ提げる細山田くんは、常時より三割り増しでイケメンだ。

気が変わらないうちにと私もマフラーをぐるぐる巻いて細山田くんの手首をがっちり握って廊下を闊歩する。


「よっイケメン!太っ腹!」

「奢るの佐藤さんだけど」




そんなわけでつきました!校舎裏の隅っこ!

...いや最初は中庭で食べようと思ったんだよ?でも風がさ!冷たくてさ!うら若きJKが風邪を引くのは憚られるし、何より細山田くんの顔が恐ろしかったので、コーンスープで機嫌をとりつつ、折衷案としてここになった。優しいと噂のイケメンはいずこへ?

 

よっこいせと、ぬかるんだところを避けてコンクリの上に腰を下ろすと、ちょっと間を開けて細山田くんも座る。


ぱかっと母さん特製の弁当を開けると...ほほう唐揚げですか。最高です。いつもありがとうお母様。

おっとそちらのお弁当はと言うと――

「あれタコさんウィンナーだ。いいな」

「あげないけど」

「いいじゃん別に!さっきコーンスープ奢ったじゃん」

「それは正当な対価だから」


むふーっとほおをふくらましてみせても、気にせず細山田くんはウィンナーを口に放り込む。


「てかさあ」

細山田くんがちょっと真面目な顔をして言う。


「高校生らしくってそんな重要?」


「あったりまえじゃあないか!だってもうあと一年ちょっとしか残ってないよ?高校生!」


2年生になってから早半年。もう高校生活という夢の時間は半分しかないのである。ここで高校生らしいことしなくていつやると言うのか...!


「いやそりゃそうだけどさ」


わあ細山田くんが「こいつめんどくせえ」って顔してる。


「...いやだってさあ?せっかくただ生きているだけで使えるJKブランド、高校生ブランドというものがあるのに!使わない手はないでしょうよー」

唐揚げは最後に残す派なので、周りのブロッコリーの牙城を切り開いていく。うん。可もなく不可もない味、それがブロッコリー。


「そう!佐藤なんて没個性的な苗字を持つ私がそのアイデンティティを表現するためにはまず、JKという特殊性を強調しなければならないのです!」


「佐藤さんは十分個性的でしょ」


「知ってる。ありがとう」


ニマニマしながら一個目の唐揚げを頬張る。肉汁が口に広がるこの感じ!ああ幸せ。


「でもさーあ、個性的でパーフェクトビューティーな私に佐藤とかいう名前似合わないと思うんだよね」


「じゃあどんなのだったらお気に召すんですか?」


うーん、と考え込む。やっぱり私の素晴らしさを一語で表現するならば、名前が長くなるのは必然。であれば――

「アルティメットスーパーストロングパーフェクトビューティー佐藤ちゃん」


うんうん。今考えたにしては素晴らしい名前だ。強そうだし。推敲の予知はあるが、一言で私の芯の強さと美しさを表現している。


ははっとこらえるような笑いが隣から聞こえる。

「佐藤さんってやっぱバカだよなあ」


「バカとなんだ―」

と振り向くと、そこには何となく微笑ましいような、こっちがむず痒くなるような顔をした細山田くんがいた。

居心地が悪くなって、最後の唐揚げをパクッと食べる。


「はいはいどーせ私は馬鹿ですよーだ。まあでも馬鹿だからこんな冬に外でご飯食べても風邪ひかないけどねー」


もぐもぐと唐揚げを咀嚼する。

あら、やばい。ブロッコリーまだ残ってるのに唐揚げ食べちゃってた。まあでもおいしいからもうなんでもいいや。


「じゃあおバカさんな佐藤さん。

将来的に細山田さんになるつもりはある?」


うーんと将来的に細山田になる?いやあ細山田ってあんま見ない名前だからふさわしいといえばまあそうかも?うんまあそうかも。いい名前持ってんな細山田くん。


「彼氏作るのはJKぽいんじゃないの?」


彼氏?彼氏かれし、か、れ、し?うんと、えっと。

「どゆこと?」


「俺が佐藤さんのこと好きだから付き合って欲しいってこと」


ああなるほど。うんそっか。うんそっか。ええ?そっか。


「えええーーーーーーーーーー!」

私の叫び声は校舎裏から校内全体に響き渡り、冬なのに無駄に青くて澄んだ空に吸収された。







―――――

一方その頃教室では―

「いやあ、あれで付き合ってないの意味わかんないよなあ」

「ああいう時期がいちばん楽しいんだって。まあ佐藤のバカの方はまじで気づいてないっぽいけど」

「青春だなあ」

と凍えながら語り合うJKの姿があった。


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佐藤さんと細山田くん 彩鳥るか @hibiscus1128

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