第3話クレーム対応
全国の数ある飲食店の中から、より良い店を五段階の星の数で紹介する雑誌『みちゅらん』。
その記者である私は、毎日色んな店で客として食事をするのが仕事だ。
今日はとある県の郊外にある、わりとリーズナブルで美味しい料理を出すと評判の店、
レストラン【クイ・ダ・オーレ】で少し遅い夕食を採っていたのだが……
「おいっ!なんだこりゃあ~!
オーナーはどこだ!オーナー呼んでこいっ!」
私の向かい側のテーブルに座っていた二人組の男性客の一人が、突然大声を上げて喚き始めた。
いったい何事があったのかと、周りの客が小声で囁く。
すぐさま、レストランのオーナーらしき人物が小走りでその二人組のところへとやって来た。
「どうかなさいましたか?お客様」
「どうかなさいましたかじゃねえ!
これを見ろ!髪の毛が俺のカレーの中に入ってやがったんだよっ!」
こういうのは、いけない。
食品の衛生上の問題は、料理の旨い不味い以前の基本的な要件である。
ただ、今回に限ってはこの店には同情すべきところがある。
何故なら、私は見ていたのだ。
今、大声で喚いているあの男が自分で髪の毛を抜いて、カレーの中に入れた瞬間を。
どうしてそんな事をするのか?
オールバックにサングラス、趣味の悪い金色のブレスレット……あの二人組の風体を見ればおよその想像はつく。
この二人組は、髪の毛混入をネタに店を強請ろうとしているのだ。
まあ、私が証言して店の味方になってやってもいいのだが、正直こんな時のこの店の対応がどんなものなのか興味があるので、敢えて証言はしない。
あの二人、恐いし……
私は、しばし店側の対応を興味を持って見物する事にした。
店のオーナーは、神妙な顔をして暫くカレーに入っていたという髪の毛を眺めていた。
「オラオラ~、このおとしまえどうつけてくれるんだよ~~っ!」
「……………」
通常であれば、お客様に謝罪し、迅速に新しい料理を用意する……
そんなところが妥当だが、この二人組がそんな事では納得する筈が無い。
あのオーナー、果してどんな対応をするのだろう……
「これ、ウチの店の者の髪の毛じゃありませんな」
「ぬわあにいぃぃぃぃ~~っ!」
あ~あ、やっちまったな。
バカなオーナーだ……あのヤクザ者の怒りを煽るような事を……
「てめえ!何すっとぼけてやがんだ!てめえの店のカレーに入ってたんだぞっ!」
「そうだ、そうだ!何か証拠でもあんのかゴラァ~~!」
二人組のもう片方まで加勢してきた。最悪の事態だな……
「証拠と言うと、DNA鑑定とか?」
「バカヤロウ!そんなの悠長に待ってられるかっ!ふざけてんじゃねえぞてめえ!」
「しかし、この髪の毛。長さは10センチ程で黒いですよね?
ウチのウエイトレスの髪はもっと長くて茶髪ですから」
そんな理由で否定したのか……
しかし、そんなのは『火に油を注ぐ』ようなものだ。その料理に携わっていたのは何もウエイトレスだけでは無いだろうに……
「じゃあ、コックだ!コックの髪の毛に違いねえっ!」
「ああ、なるほど!そういう可能性もありますな!
いやあ、気付きませんで」
「つべこべ言ってね~でコックをここに連れてこいっ!ぶん殴るぞこの野郎~っ!」
「かしこまりました。少々お待ち下さい!」
本当に間抜けなオーナーだ。
こんなに客を怒らせておいて、どう収拾をつけるつもりだ!
そして、待たせる事10分……
「おいっ!いつまで待たせるつもりだ!いい加減にしやがれ!」
本当に……コックを連れて来るのに何分かかっているんだ。
やがて、オーナーとともに一人の男がやって来た。
「大変お待たせしました。
この男が、コック長の吉田です」
「どうも……それで、カレーに何が入っていたと?」
「あ…………」
コック長の吉田は、スキンヘッドだった。
髪の毛の長さ云々以前に、このコック長には落ちるべき髪の毛が無い。
二人組のヤクザ者も、さすがにこれには驚いた。
「うっ……」
「どうです?疑いは晴れましたかな?」
コック長がスキンヘッドとは、運が良かった。これで二人組は引き下がるかも……
そう思った私だったが、ヤクザ者は執拗にもまだ食い下がって来たのだ。
「おい、この店のコックはお前だけじゃねぇ筈だ!他の奴らも連れてこいっ!」
「えっ、他のコックもですか?」
「そうだ!全員連れてこいっ!」
まさか、この二人組がここまで食い下がるとは……どうするオーナー、まさか全員スキンヘッドなんて事はあるまい。
オーナーは暫く考えていたが……
「分かりました。少々お待ち下さい!」
そう言って、厨房の方へと消えていった。
再び10分待たされる。
「おいっ!いったい何やってんだ!
早くしろバカヤロウ!」
ヤクザ者の言う通りだ。
さっきといい、厨房でいったい何やってんだ?
そして、オーナーは三人の男を連れて戻って来た。
「お待たせしました。この三人がコックの田中、前田、高橋です」
「あり得ねぇ……」
田中は金髪のモヒカン、前田は赤髪のモヒカン、高橋は紫髪のモヒカンだった。
「どうも、俺達プライベートでバンド組んでまして……」
私は、ある事に気が付いた。
これはもう、考えられる事はひとつしか無い。
このコック達は、あの待っていた
10分の間に厨房で髪の毛を剃り、そして染めていたのだ!
よく見れば、スキンヘッドのコック長の後頭部には、出来たばかりのカミソリ負けの跡がある。
そこまでやるか!オーナー!
「あの、これで疑いは晴れましたか?」
「もういい!俺達は帰る!」
二人組は、すっかり戦意を喪失していた。
「そうですか。またお越し下さいませ」
「二度と来るかっ!」
二人組のヤクザ者は、肩を落として帰ってしまった。
それと同時に周りの客からは、見事にヤクザ者達を追い払ったオーナーに、温かい労いの拍手が送られていた。
やり方はとんでもないが、恐喝をして金をむしり取ろうとするヤクザ者を撃退したこの店の対応に、私はなんだか清々しい気分になった。
出された料理もそんなに悪くない。
会社に出す報告書には、星五つ付けてやろうかしらん♪
そう思いながら、私は食後に頼んだコーヒーに口をつけようとした……
あ…………
このコーヒー、ハエが浮いてるし………
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