君と出逢って 2024/05/05

 GW終盤の五月五日。

 成績の悪い自分だけに課せられた学校の課題を済ませ、その憂さ晴らしに親友の沙都子を誘って遊びに繰り出した。

 沙都子はお金持ちだが、庶民の遊びに興味津々なので、二つ返事でやってきた。

 二人(+沙都子の護衛)で、たくさんの店を冷やかしながら練り歩き、小休止でコンビニに入る。

 そこは偶然にも、私が沙都子と初めて会ったコンビニだった。


「沙都子、覚えてる? 私たちはここで出会ったんだよね」

「えっ…… ええ、そうだったわね、百合子」

「……あれ、覚えてない感じ?」

「う、正直あまり覚えていないわ」

 クールな沙都子が、珍しく慌てている。

 慌てている理由は、私にとって好ましい理由じゃなかったけど。

 というか普通にショック。


 私が地味にダメージを受けている間も、沙都子は思い出そうと、うーんと首をひねって悩んでいた。

「なんとなく、百合子が泣いていたことは覚えているんだけど……」

「泣いてないし」

 全く失礼な。

 いい歳した私が泣くわけないでしょ。


「私はよく覚えているよ。初めて会ったとき、沙都子の目がめっちゃ冷たくて、泣きそうになったの」

「やっぱり泣いているじゃない」

「泣く寸前までいったけど、泣いてないから!」

「ほとんど泣いてるじゃないの。 実質泣いているのと同じよ」

「だから泣いてないってば!」


「あの時一緒に、アイスクリームは友情の証って言ったじゃん」

「思い出したわ。 確か百合子がその時、一人で叫んでアイスクリーム落として泣いたのよね?」

「な、泣いてないわい」

 沙都子の言葉に、封じられた記憶がよみがえろうとする。

 なんだか本当に泣いた気がするが、きっと記憶違いである、うん。


「本当に覚えてないの?

 あの時、沙都子が財布落としたこと」

「そうだったわ。 私が財布の入ったカバンを落として、それを百合子が拾ったのよね」

「そうそう」

「それで一割寄越せって、言い出したのよね?」

「……そんなこと、言ったっけなあ……」

「あなたの記憶もだいぶ怪しいわね」

 いや、さすがに初対面の人間にそんなこと言わない、はず。


「百合子は覚えてないの?

 私からせしめたお金でアイスクリーム買ったでしょ?」

「あっ」

 思い出した。


 あの時、財布を握り締めてコンビニに行ったら、お金が入ってなくて、どうしようと思ったときに、沙都子の財布を拾ったんだ。

 それで一割寄越せって言ったら、沙都子が冷たい目をして、それで私が泣いて――いや泣きそうになったんだっけ。

 ……何やってんだ、昔の私。


「まあ、あの時の事は感謝しているわ。カバンには連絡用のスマホも入っていたから」

「それは何より……」

「それで、学校で再開して付き纏うようになって、今に至る。

 で、合ってるわよね?」

「付き纏うって、人聞きの悪い……」

「その時はそう思ったもの。 実際お金目当てで近づく人間は多いから」

「ふーん、沙都子も苦労してるんだなあ」

 お金持ちにはお金持ちで悩みがあるんだろう。


「でも、こうして遊びに付き合ってくれてるってことは、私は『お金目当ての人間』じゃないって思ってるくれてるんだよね」

「そうね。 『お金目当ての人間』では無かったわね」

「なんか毒があるんだけど」

「あら、あなたが今までに壊した、私の家の私物の被害総額…… 知りたい?」

「ノーコメント」

 それ以上いったら泣きます。

 話を誤魔化そう。


「でもさ、私と出逢ってよかったでしょ」

「あなたと出逢わなかったら、もう少し平和な日常が送れたと思ってるわ」

「ふむ、刺激的な毎日を送れているってことかな」

「あなたのプラス思考は尊敬に値するわね」

 沙都子は呆れたようにため息を吐く、と思ったら急に私の目を見る。


「ところで、あなたはどうなの?」

「何が?」

「百合子は私と出逢って良かった?って聞いてるの」

「えっ」

 まさか聞かれると思わなかったので、返答に窮する。


「私は言ったわよ。次は百合子の番――」

「あっ、あんまり長居するとお店の人に迷惑だから、早く買い物を済ませよう」

「あっ、待ちなさい」

 沙都子の追及を逃れるため、適当なお菓子を持ってレジに向かう。


 『沙都子と出逢ってどうか?』だって。

 そんなの決まってる。


「あら、お金が足りないみたいね。

 しょうがないから私が出してあげる」

 ほくそ笑む沙都子が、私の目の前に高額紙幣を出す。

 確かに助かったけれど、私は絶対に言わない。


 私は沙都子と出逢って、本当に毎日が楽しいと思ってる。

 でもさ。

 そんなの恥ずかしい事、言えるわけないじゃんか。

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