ルール 2024/04/24

「助かったわ。省吾君。小学生なのに偉いわ」

「いえ、当然の事です」

 公園のお掃除を手伝って、大人の人たちからお礼を言われる。

 僕はいい子と言われて嬉しくなって、にんまりと笑ってしまう。


 僕はいい子だ。

 人助けをするし、ルールもどんな時だって守る。


 廊下は走らないし、授業中お喋りしない。

 挨拶は欠かさないし、誰かが困ってたら手伝う。

 交差点では、車が通ってなくても青信号になってから渡る。

 ご飯の前にお菓子は食べない、などなど。

 だから僕はいつも『いい子』って、周りの大人たちから褒められる。


 でも僕がルールを守るいい子でいるのは理由がある。

 それはサンタさんからプレゼントをもらうため。

 『いい子じゃないとサンタクロースからプレゼントをもらえない』

 子供たちならみんな知ってる。

 だからいい子でいるんだ。

 

 でも正直なところ、少しだけ『本当に?』とも思っている。

 だって、友達やクラスメイトは、普段はルールをあまり守らない『悪い子』なのに、クリスマスが近づいてから『いい子』になる。

 それでも、サンタさんからプレゼントをもらえるんだから、不思議だ。


 でも、と省吾は思う。


 でも、僕は友達の翔君みたいサッカーがうまくない。

 でも、隣の席の香織ちゃんみたいにテストで100点をとったことがない。

 でも、隣のクラスの健吾君みたいにみんなを笑わせることが出来ない。


 だからみんなは、ちょっとくらい悪い子でもいいのかもしれない。

 でも自分は違う。


 だって他の子みたいに何か出来るわけじゃない。

 運動も勉強も、何も出来ない。

 だから、僕が唯一出来る事、『ルールを守る』ことで、いい子アピールするしかない。


 みんないろんなことが出来るから、少しの間『いい子』でいればいい。

 だけど、僕は才能がない。

 だから僕はルールを守らないといけないんだ


 ◆


 ある日の夕方。

 学校が終わって、いつもの帰り道。

 車の通らない交差点に着いたとき、事件が起こった。


 道路の向こうで、お爺さんが苦しそうにうずくまっていたのだ。

 助けを呼ぼうとしたけど周りには誰もいない。

 お爺さんを助ける事ができるのは自分だけ。

 急いで道路を渡ろうとした瞬間、信号が赤になってしまった

 赤はわたってはいけない。

 それがルール。


 信号が変わるまで待とう。

 そう思ったけど、お爺さんはとても苦しそうに呻いている。

 早く助けに行かないと、死んじゃうかもしれない。

 でも、信号は変わらず赤のまま。

 どうしよう。


 僕は迷った。

 赤信号を渡るのは、悪い事。

 でも、道の向こうで苦しんでいる人がいる。

 僕は少し迷って、赤信号を渡ることにした。

 怒られるのは嫌だけど、でもお爺さんが死んじゃうのはもっと嫌だ。


 僕は左右を見て車が来てないことを確認してから、横断歩道を走って渡り、お爺さんの元に走り寄る。

「お爺さん、大丈夫ですか?」

「ああ、そこのカバンを取ってくれ。薬が入っているんじゃ」

 周りを見ると、少し離れたところにカバンがあった。

 すぐさま、カバンを拾ってお爺さんに渡す。


「これですか?」

「ありがとう」

 お爺さんはそう言うと、カバンの中から水筒を取り出して、薬を飲んだ。

 何回か深呼吸した後、お爺さんは僕を見る。


「ありがとう。助かった」

「どういたしまして。 困ってる人が助けないといけませんから」

「ほほ、さすがだね。とてもいい子だ」

 いい子、と言われたのに僕の心は嬉しくならなかった。

 こんなことは初めてだった。


「どうしたのじゃ? そんな悲しそうな顔をして」

「お爺さんを助けるために、赤信号を渡ってしまったんです。

 赤信号を渡るのは悪い子……

 このままじゃ、サンタさんにプレゼントをもらえない」

 お爺さんは、泣きそうになる僕の頭を優しく撫でてくれた。


「大丈夫、省吾君はとてもいい子じゃ」

「えつ、なんで僕の名前を?」

 急に名前を呼ばれてビックリする。

「ほほほ、儂はサンタじゃ。子供のことは何でも知っておる」

「サンタさん!?」

「ほほほ、内緒じゃぞ。クリスマスじゃないのにサンタがいるとみんな驚いてしまうからな」

「分かりました」

 確かにみんなを驚かすのはいい子のすることじゃない。


「実はな、儂は省吾君は励ましに来たんじゃ」

「えっ」

「省吾くんが最近悩んでいる事は知っておるじゃろう。

 確かにルールを守ることはいい事じゃ。

 じゃがそこまで必死にならなくてもよい」

「でも……」

「君は人助けができる。それは誰にもできる事じゃない」

 省吾君はいい子じゃよ。

 そう言ってサンタさんは微笑む。


 たしかにサンタさんの言う通り、必死になりすぎたのかもしれない。

 不安だったのだ。

 けれど、もう大丈夫。

 だってサンタさんにいい子だって言ってもらえたから。


「もう大丈夫じゃな」

「はい!」

 僕は、大声で返事をする。

 やっぱりサンタさんはすごい。

 僕の悩みは、サンタさんの言葉で無くなってしまったのだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る