不条理 2024/03/18

 不条理。

 ドラゴンを見た者は、口をそろえてそう言う。

 俺も駆け出しの頃に初めてドラゴンを見た時、頭にその言葉が浮かんだ。


 山のような巨体から繰り出される爪、圧倒的な物量の尾、全てをかみ砕く鋭い牙、そして口から吐き出される灼熱のブレス。

 ちっぽけな人間たちは、それらがかすっただけでも致命傷になる。


 攻撃ばかりに目が行くことも多いドラゴンだが、防御に関しても隙が無い。

 固い鱗、巨大ゆえに膨大な体力、ときには魔法すら無効化する個体もいるとか……


 その影を見ただけで逃げても誰も責めることはできず、町や村の近くに出た場合、集落の放棄すら少なくない。

 軍隊を動員して、やっと撃退できるかどうか。

 もし失敗すれば国は焼き尽くされる。

 まさに生物の頂点に君臨している存在。


 だが命知らずの冒険者たちは、これらに無謀に向かっていく。

 確かに強敵ではあるが、殺せない相手ではないのだ。

 危険は伴うが見返りは多い。

 ドラゴンから取れる素材から作った武具や防具は、最高級品として扱われる。

 また一匹でもドラゴンを討伐したものは『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれる栄誉にあずかれる。

 金では買えない、誰もがうらやむ名誉である。

 そんな夢を抱き、今日も冒険者たちは死地に向かう。


 だが、そんな冒険者たちも逃げざるを得ない状況がある。

 それはドラゴンが二匹以上、同じ場所にいる場合だ。

 通常ドラゴンは群れないが、稀に群れを成すことがあるのだ。

 理由は分からない。

 間違いないのは、確実に勝てないと言う事。


 伝説の勇者すら、逃げる事しか出来なかったという逸話がある。

 ドラゴンの群れと言うのは、それほど脅威でありもはや災害でもある。


 そして俺の前には十匹以上のドラゴンがいた。

 ダンジョンを進んだその先、最深部にドラゴンの巣があったのだ。

 本来であれば、恥も外聞もなく逃げるのだろう。

 だが俺はその光景を眺めているだけだった。

 諦めたわけではない。

 必要ないのだ。


 というのも俺と相方の二人でこのダンジョンに潜ってきたのだが、その相方が戦っているのだ。

 ドラゴンの群れを。

 一人で。


 一匹ずつ、しかし確実に斃していく。

 俺もドラゴンを討伐したことのある一人だ。

 だからドラゴンの強さは良く知っている。

 それを相方は一人で相手にしている。

 もはや、乾いた笑いしか出てこない。


 見ればドラゴンの目には恐怖が浮かんでいる。

 生物界の頂点が、たった一人の人間に翻弄されているのだ。

 無理もない。

 俺も相方の強さが怖い。


 そしてその相方と言うのが、見た目はか弱い聖女だというから、話がおかしい

 聖女って強くないと務まらないのだろうか?

 俺も名のある冒険者との自負があるが、彼女と旅をしてからとういうもの、その自負が揺らいでいる。

 俺が弱いのか、彼女が強すぎるのか。

 それが問題だ。

 そんな何の役にも立たないことを考えている間に、一匹、また一匹とドラゴンを斃す。


 ふと、この感覚をどこかで感じたことがあるなと、自分の記憶を掘り返す。

 しばらく考えている間に、相方はドラゴン全てを斃してしまった。

 彼女がこちらに手を振るのが見えた。

 そこで、ああ、と思い出す。


 かつて初めてドラゴンを見た時、奴は俺を見ても何の警戒心も抱かなかった。

 敵と見做されてなかったのだ。

 吹けば飛ぶ埃のようなものだと……

 そして自分もドラゴンとの圧倒的な差を感じ、打ちのめされたあの感覚。


 そうだ、この感覚の名は――


 『不条理』。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る