小さな命 2024/02/24

 僕はクレイ、錬金術師見習いである。

 いつか王宮付きの錬金術師を夢見て頑張っているが、道は遠く険しい。

 憧れの錬金術士を目指して、毎日部屋で勉強している。


 今日も日が暮れ夜が更けても勉強していたが、ある場所で躓く。

 どれだけ考えても分からないので、一旦区切りつけつけることにした。

 背伸びをしていると、後ろから声をかけられた。

「クレイ、勉強終わったか?」

「まだだよ。ちょっと休憩さ」

 僕は振り返らずに答える。


「そんなに根を詰めても効率悪いだろ。少し話そうぜ」

「時間は少しも無駄にできない」

「でも行き詰ってるだろ。気分転換も大切さ」

 お見通しか。

 そう思いながら、椅子を反対に向けて声の主に正対する。


「お、その気になったか」

 そう言って声の主は嬉しそうに、『フラスコ』の中で笑う。

 彼はホムンクルス、錬金術で作られた小人である。

 そしてフラスコから出たら死んでしまう、儚い存在。


 ホムンクルスは文献でしか確認されていない伝説の存在。

 だれもが試すが成功したことがないので、不可能だと思われていた。

 だがある日、錬金術の練習をしていたところ、たまたま出来てしまった。

 フラスコの中に生まれた小さな命、それがコイツ。

 しかし、このホムンクルスはなぜかお喋りであり、こうして勉強の邪魔をされることもしばしばである。


「フラスコからは出られないからな。暇で暇でしょうがない」

「やっぱり君の暇つぶしか」

「そう言うなって。暇すぎて国を滅ぼそうかと思っていたくらいだ」

 相変わらずホムンクルスは適当なことを言う。

 まあいつもの事なので、スルーすることにした。


「で、何話すの?」

「コイバナしようぜ。お前、花屋のアリスの事好きだろ」

「ぶはっ」

 ホムンクルスの言葉に思わず咳き込む。

「何で知ってる!?」

「暇なときに調べた」

「嘘つけ。フラスコから出られないくせに」

「俺、やろうと思えば幽体離脱できるんだよね」

「出来るわけないだろ」

 するとホムンクルスは、急に吹けもしない口笛を吹き始めた。

 明らかに自分で遊んでいるのが分かって腹が立つ。


「で、いつ告白するの?」

「しない」

「宮廷錬金術師になってからってか? でも、ツバ付けとかないと他のやつにとられるぜ」

「しない」

「じゃあ、こうしよう。俺がお前とアリス以外の人間全部殺して二人きりにしてやるから、そこで告白しろ。な?」

「しない!ていうか、そんな状況になったら告白どころじゃないから!」

「これも駄目か。じゃあ――」

「話を続けるな!逆にお前の好きな奴は誰だよ」

「えー、言わなきゃダメ?」

「うるせえ。俺ばっか言われるのは不公平だ」

 俺が言い返すと、ホムンクルスは少し考えて俺の顔をまじまじみた。


「俺が好きなのは、クレイ、お前だ」

「は?」

 何言ってんのコイツ。

「もちろん、恋愛感情じゃねえぞ。友人として、だ」

「……勘違いするわけないだろ」

 ちょっと勘違いしたのは内緒。

「俺は子孫を残すっていう欲求が無いからな。恋愛感情自体がない」

 なるほど、言われてみればそうだった。

 こいつは普通の生き物とは違う方法で生まれた。

 だからなのかも知れない。


「お前なら、宮廷錬金術師になれるさ」

 ぼんやり考えていると、ホムンクルスが急に話を変えてきた。

「急になんだよ。また嘘か?」

「本当さ」

 ホムンクルスの真面目な声のトーンに驚く

「なんせ、俺を作ったくらいだ。お前は天才だよ」

「偶然だよ」

「偶然でも他のやつには出来ないことが出来たんだ。お前には才能がある」

 ホムンクルスの言葉がどこか真に迫っていて、返答に詰まる。


「そして俺に丈夫な体を作ってくれ」

「丈夫な体?」

「言っただろ、暇なんだよ。自由に外を歩ける体が欲しい。そのためなら豚だっておだてて見せるさ」

「おい最後」

 するとホムンクルスは、また急に吹けもしない口笛を吹き始めた。

 こいつ都合が悪くなるとすぐ誤魔化す。


「まあいい。喋って気が晴れただろ。話を切り上げるぞ」

「おう、こっちもお前を揶揄からかえて満足した」

 聞捨てならないことが聞こえたが、突っ込むと話が長くなりそうなので、聞かなかったことにした。


 まあ馬鹿な話をして、いくらか気分は楽になった。

 そういう意味ではこいつに感謝である。

 勉強を再開しよう。

 そしてコイツの言う通り、丈夫な体を作ってやるのも面白い。

 いつも揶揄われているが、たまには驚かせてみるのも悪くない。

 そう思うと、自分でも驚くほどやる気が出てきた。

 勉強が捗りそうだ。


「最後に一つ、いいか?」

「何?」

「俺、兄弟も欲しいんだよね。だからアリスと夫婦になって――」

「下ネタ禁止!」

 こうして俺たちの何でもない一日は過ぎていくのだった。

 ちゃんちゃん。

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