誰よりも 2024/02/16

 俺はこの学校で、誰よりも背が高い。

 まだ小学生高学年だけど、大人の先生たちも高い。

 多分制服を着ていなければ、知らない人からは大人と間違う

 ちなみに制服は合うサイズは無いのでオーダーメイドである。


 さすがに伸びすぎだろうということで、低学年の時に親に医者の所へ連れていかれたことがある。

 その時の医者の顔を今でも覚えている。

 医者は苦虫を噛みつぶした顔で『手遅れです』と言った。

 『なぜもっと早く連れてこなかった』と言って親を説教していた。

 言い方こそ悪いが、医者の言い分ももっともだ。


 その時すでに親の身長の越すぐらい高かった。

 『判断が遅い』と叫びたかったくらいだ。

 親の言い分は『そのうち縮むと思って』である。

 そんな訳あるか。

 最終的にこれ以上身長が伸びない薬を処方された。

 すでに手遅れだが、これ以上悪くならないようにとのこと。

 だがその後も緩やかであるが伸び続け、今に至る。


 そんな経緯があってかなり身長が高いので、高いところの物を取ってくれと言われることは多い。

 なんで俺だけと思っていた時期もある。

 でも最近はそうでも無かったりする。


「ねえ、物を取ってくれない?」

 俺にそう言うのは、クラスでマスコット扱いされている美穂ちゃんだ。

 彼女は背が低くて、よく頼んでくる。

「どうぞ」

「ありがとう」

 俺は彼女が好きだ。

 彼女と話せるならば、背が高くてよかったと思えるようになった。

 そして彼女は俺の悩みを共有できる唯一の知り合いでもある。


 彼女はこの学校で誰よりも低い。

 もう小学生高学年だけど、新入生の一年生より低い。

 多分制服を着ていなければ、知らない人からは幼稚園児と間違う

 ちなみに制服は合うサイズは無いのでオーダーメイド――ではなく低学年用のものである。


 彼女もさすがに伸びなさすぎだろうということで、一年前に親に医者の所へ連れていかれたと言っていた。

 やはりと言うべきか、両親は医者から怒られたらしい。

 彼女も『判断が遅い』と愚痴っていた。

 彼女の両親曰く、『そのうち伸びると思った』そうだ。

 『そんな訳あるか』と彼女は叫んだそうで……

 とにかく彼女もまた身長を伸ばす薬をもらい、緩やかではあるが伸びてきているとのこと。

 いまでは小学二年生ぐらいか。

 そんな彼女は、いつか俺の身長を越してみせると言っている。

 きっと無理だと思うけど……


 まあ、そんな感じで、境遇は違えど似た者同士と言うことで、意気投合。

 よく一緒にいるのでクラスメイトから凸凹夫婦とからかわれている。

 俺は悪い気はしないが、美穂ちゃんはどう思っているのだろうか?


 だがそれをずっと聞けないまま、時は流れてもうすぐ卒業の季節がやってきた。

 俺たちは別の中学に行く。

 一生会えないというわけではないけれど、家が遠いので会うのは難しくなる。


 ある日、『寂しくなるね』と言い合いながらいつものように話をしていた。

 そして多分卒業するまでゆっくり話せる最後の機会。

 聞くなら今しかないだろう。

 だがどうしても勇気が出ずにためらっていると、彼女は急に神妙な顔をし始めた。


「私、夢があるの」

 いきなりそんなことを言い出した。

「夢?」

「うん、小学校を卒業する前に一番背の高い女になりたい」

「無理でしょ」

 思った事がそのまま口に出てしまう。


「うるさいわ」

 彼女に軽く叩かれる。

「だって身長伸びなかったじゃん」

「それは私も無理だと思っとるわ。

 私が言いたいのは、あんたが私を肩車すれば、学校で一番線が高くなるっていること」

「そういうことね」

「分かったならいいわ。じゃ、しゃがんで」

 了承してないんだけどな、と思いながらしゃがむ。

 まあこれも彼女の魅力の一つか。


「じゃあ、目をつぶって」

「なんで?」

「なんか恥ずかしいから。目をつぶれ」

 何が恥ずかしいのだろうか?

 よく分からないけど、目をつぶる。


「これでいい?」

「オッケー」

 そうして彼女が俺の正面に立つ気配がする。

 まさか前から乗る気か?

「なあ、肩車って後ろから――」

 乗るもんじゃないのか。

 そう言葉を続けようとして、言葉を遮られた。

 彼女が俺にキスをしてきたのだ。


 俺は気が動転して目を開けようとするが、彼女の小さな手で目線を隠される。

「恥ずかしいから見ちゃダメ」

「でも」

「見ちゃダメ」

 そして俺の目線を隠したまま、俺の背中に登るのが分かる。

 えっ、やるの?


「肩車するの?」

「恋人の頼みが聞けないと?」

 了承してないんだけどな、と思いながらも、別に異議は無いので黙っておく。


「じゃあ、立って」

「分かった」

 俺がゆっくり立つと、彼女は『ひょおおお』と小さな叫びを漏らす。


「ふうむ。これが学校一高い女の景色か」

「気に入った?」

「気に入った」

 それを最後にお互いの会話が途切れる。

 キスした後にその子を肩車した後、どんな会話をすればいいか分からない。

 混乱をしていると、またもや彼女が口を開いた。


「恋人は二人で支え合っていくものと聞くから、これからもよろしく」

「支えてるのは俺なんだけどな」

「うるさい」

 おでこを叩かれる。

「これからも私の言うことに逆らったら叩くから」

「支え合いは!?」

「口答えしない!

 私が肩車しろって言ったらすぐに駆けつけるのよ。

 いいわね」


 これして俺に彼女が出来た。

 誰よりも偉そうで、誰よりも背が低くくて、誰よりも可愛くて仕方のない彼女が出来たのだった。

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