kiss 2024/02/04

 私はクレア=モンブラン。

 モンブラン公爵家の長女であり、婚約者はこの国の第一王子アレックス様がいます。

 学園では常に首位をキープし、皆からの信頼も厚く充実した学園生活を送っておりました。

 成人した際には結婚し、二人で国を盛り立て、学園で得た知識を活かし王子を――いえ、王を支えるつもりでした。


 ですがあの日、全て失いました。

 アレックス様が、平民の小娘にうつつをぬかし、私との婚約を破棄したのです。

 それだけなら、私もそういうこともあると諦めることもできました。

 アレックス様の幸せのためだと、自分に言い聞かせ身を引くこともできました。


 ですがあの小娘はアレックス様にあることない事を吹き込んでいたのです。

 その結果、私はアレックス様からは婚約破棄され、お父様からも『役に立たない娘はいらん』と家から追放されました……

 学友たちも誰も庇ってくれることはなく、地位を失った私には興味がないようでした。

 

 私は復讐を決意しました。

 すべてを奪ったあの小娘に。

 そして私を裏切ったかつての学友たちに。

 そしてあの小娘の正体を暴き、アレックス様の目を覚ませるのです


 そのためにもまず日銭を稼ぎ、生活の基盤を確保しなければいけません。

 なので今、私は平民に混じり、額に汗して働いて給金をもらって生活をしております。

 辛い事が多く挫けそうになりますげ、全ては復讐のため、アレックス様のためです。

 泣き言を言っている場合ではありません。


 決意を新たにしていると、この現場の親方がやってまいりました。

 私の境遇に泣いて下さり、仕事の紹介までしてくれた大恩人です。

 この人がいなければ、私は復讐を諦めていたことでしょう。


「よお、姉ちゃん。調子はどうだ?」

「私を誰だと思ってますの?侯爵家令嬢クレア=モンブランですわ。

 絶好調に決まっています」

「相変わらずだねぇ。

 だけどそこら辺のやつらより働いてくれるから、助かっているよ。

 貴族やめてこっちに来ないか?

 絶対向いてるよ」

「ふふふ、お世辞でも嬉しいですわ」

「お世辞じゃないんだけどな。

 ああ、姉ちゃんにお客様だ。今、休憩所で――おい姉ちゃん」


 アレックス様、やはり迎えに来てくれたのですね。

 私の助けがなくとも目が覚められたようですね。

 このクレア、あなた様ことを信じておりましたわ。


 息を切らせながら走って休憩所に駆けつけ扉を開けます。

「アレックスさ――あれ、あなたは……」


 ですがアレックス様はいませんでした。

 そこには護衛を連れた第二王子のアルバート様が待っていたのです。

「ごきげんよう、アルバート様」

「僕の事覚えていてくれたんですね」

「当然ですわ」

 アレックス様の所へ行ったとき、何度も会ってますからね。

 子犬の様に私の後ろをついてきたのを覚えています。


「ところでアレックス様は……」

「はい、そのこととで参りました」

「!」


 やはり、アレックス様は私のことを――

「実は、大変言いにくいのですが……兄上は追放されました」

「……はい?」

 ついほう?


「クレア様が追放されたあと、兄上のスキャンダルが発覚しまして……」

「スキャンダル……」

「はい、兄上は貴族令嬢を20股していました」

「ほえ」

 んん、20って何?

 聞き間違えたかな?


「どうやらクレア様追放の件、あの平民の娘が浮気されていた令嬢を唆して行われていたようです。

 もっとも婚約者の座を争い内部分裂して、流血沙汰になりました。

 関係者に聞き取り調査をしたところ、クレア様の件の全容が発覚した、ということです。

 第一王子は国を混乱させたとして追放。

 令嬢たち及び平民の娘は、これからの沙汰しだいですが、重い刑罰が課せられます」

 アルバート様から告げられた真実に言葉を失ってしまいました。

 アレックス様はずっと私を裏切っていたのです。

 涙が頬を伝うのを感じます。


「ご心中お察しします。ですが、ご安心ください。

 これからは僕がクレア様をお守りいたします」

 そういうとアルバート様は膝をつき、私の手を取りました。

「もしよろしければ、僕と婚約していただけませんか?

 ずっとお慕いしていました」


 その瞬間、心臓は高鳴り、体が熱を帯びていきました。

 そう、私はこの瞬間にアルバート様に恋をしたのです。

 先ほどまで、元婚約者の裏切りに涙したにもかかわらずです。

 そして愛を告げられ、簡単に落ちてしまう。

 なんて軽薄な女なのでしょう。


「ダメですか?」

 アルバート様が子犬の様に目を潤ませながら、上目遣いで聞いてきます。

 それはずるい。

 断れないではありませんか。

「喜んでお受けいたします」

 それを聞いたアルバート様は満面の笑みを浮かべました。


「それでは早速城に戻――」

「聞いたな、みんな。今日は宴じゃああ」

 アルバート様が何かを言おうとしたまさにその時、外で聞いていた親方たちが部屋になだれ込んできます。

 突然の事態に、アルバート様は膝をついた体制で固まり、護衛たちはアタフタしています。

 無理もありません。

 私にとっては日常茶飯事ですが、彼らにとっては初めての経験でしょう。

「よかったな姉ちゃん」

「ありがとうございます」

 親方が肩を叩きながら祝福してくれます。

 すると親方がアルバート様の方に向き直りました。


「おい坊主、姉ちゃんを幸せにするんだぞ」

 アルバート様はあっけに取られていました。

 それ不敬罪ですよ、親方。

 あとで罪に問われないようフォローしておきましょう。


 アルバート様は気を取り直したのか、表情を引き締めました。

「はい、絶対に幸せにします」

 そう言ってアルバート様は私の手に口づけをしました。

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