あなたに届けたい 2024/01/30

「用事って何?」

 声がした方を見ると、クラスメイトの円香が立っている。

 今日は彼女に伝えたいことがあって呼んだのだ。


 彼女は同じバスケットボール部の仲間でもある。

 同じクラス、同じバスケットボール部と言うことで、週末に一緒に遊びに行ったり自主練の時もよく一緒に練習した。


 ずっと彼女のことを友人だと思っていたが、いつしかそれは恋愛感情になった。

 その気持ちは自分のなかでどんどん大きくなり

 

 正直言って、円香が俺のことをどう思っているのかは分からない。

 だけど今の彼女の顔はうっすら高揚しており、なぜ呼ばれたのか感づいているのだろう。

 そして返事がOKでなければ、こんなところに来ない。

 だから変に誤魔化さず、単刀直入に言う。


「シュートが決まったら、俺と付き合ってほしい」

「分かった」

 勝った。

 俺は勝利を確信する。


 あとはこのシュートを決めるだけ。

 この日のために、毎日練習した3Pシュート。

 試合中ならともかく、落ち着いて撃たせてくれるなら絶対に外すことは無い。


 バスケットボールを持って3Pラインに移動し、俺は精神を集中させる。

 彼女の見守る中、俺はいつもようにボールを放る。

 届けこの想い!


 そしてボールは放物線を描きながら、ゴールのバスケットに吸い込まれるように入る――

 ことは無くリングに当たり、ボールは明後日のほうに跳ねていった

 まさか外すなんて……

 完全に計算外である。


 さぞ彼女はがっかりしただろう。

 そう思って彼女の方を見ると、彼女はしゃがんで靴ひもを結んでいた。

 しばらく見ていると、彼女は俺が見ていたことに気づく。


「あ、ごめんね。靴紐ほどけているのが気になっちゃって。

 悪いんだけど、もう一度シュート打ってくれないかな?

 今度は見逃さないから」


 なるほど、どうやら彼女は俺がシュートを外した場面を目撃していないらしい。

 助かった。

 こういうこともあるんだね!


 ……いや、そんなことある?

 ぶっちゃげ、ありえないでしょ。

 とはいえ、追及したところで俺に得は一切無いのでもう一度シュートを打つことにする。


 俺はボールを拾って、もう一度3Pラインに立つ。

 よし、次は外さな――あっ外れたわ。

 汗で滑って、リングにまで届くことなく、ボールは落ちていく。


 そんな、また失敗するなんて……

 さすがに彼女も俺に失望しただろう。

 だが彼女は、今あくびをしたのか、口を手で隠していた。

「ゴメン、見てなかった。ちょっと寝不足なの」


 そんなことある?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 大事なのは、彼女がもう一度チャンスをくれたということ。


 両思いなのは確実なのに、俺がシュートを外したせいで付き合うことが出来ない。

 まったく自分の不甲斐なさに、怒りを覚える。

 だが反省会は後回しだ。


 シュートを決める。

 話はそれからだ。

「ちゃんと見てろよ。次も決めるからな」

 そう宣言し再びシュートを放つ。


――――――――――――――――――


「ゴメン、ひゃっくりが出ちゃって」

「えっと、よそ見しちゃった」

「ラインでメッセージが――」

「UFOが――」

「ツチノコが――」

「ああああああ。あ、ゴメン、突然叫びたくなって」


 全く入らない。

 打てば打つほど、ゴールから遠ざかっていく。

 練習の時はあんなに入るのに、どうして……


 これは神様が付き合うなって言っているのかもしれない。

 彼女もそろそろネタ切れだ。

 次で入らなければ、諦めよう。

 いや、だめだ。そんな弱気では!


「ハアハア、また決めるからな。ちゃんと見ろよ」

 円香は小さく頷く。


 彼女が今、何を思っているのか?

 今の俺には想像ができない。

 だけど、俺は引き下がれない。


 もう一度、彼女の顔を見て気合を入れる。

 ここで確実に決める!

 そう決意し、再びシュートを打つ。


 よし!

 放った瞬間、いい感触を得る。

 これは入るか?

 だがボールは惜しくもリングに当たり、真上に跳ね上がる。

 駄目だった。

 膝の力が抜けそのまま崩れ落ちそうになる。


 まだだ。

 諦めるのは早い。

 俺はそのままゴール下まで全力で走り、落ちてくるボールをキャッチする。


 もう、やけくそだ。

 俺は飛び上がって、ボールを直接バスケットに叩きこむ。

 その反動でゴールポストは激しく揺れるのが分かる。

 まさにスラムダンク強く叩き込むだった。


 もう何が何だか分からないが、とりあえずシュートは入った。

 あとはこれを円香がヨシとするかどうかだ。

 俺が地面に降りて息を整えていると、円香が近づいてくる。


「君の気持ち、しっかり届いたよ。

 でもそんなに情熱的だとは知らなかったな。

 フフ、じゃあ私の番ね」

 そして唇に柔らかい感触がした。

 

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