景和宮の容果

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第1話

「お腹すいたなあ」


天井にはってある蜘蛛の巣を見ながら容果はため息をついた。

国中の女達にとって憧れの世界である後宮。しかしながら、容果ようかのいる所は華やかで美しい後宮とは思えないほど廃れ、汚れている。


「何であんな大事な場面で転んでしまったんだ、私の馬鹿馬鹿馬鹿」


先日、皇帝の妃を決め秀女選抜があり、意気込んで来たのは良いものの、普段履き慣れていない花盆靴を履いて来たせいかうまく歩けず、皇帝の前で転んでしまったのだ。


普通ならそこで花ももらえず退場させられていただろうが、家への配慮もあったのだろう。お情けで後宮には入れることになった。


もしあの時追い出されていたら、家の恥として嫁にも行けず、一生軟禁されて人前にでれなかっただろう。

まあ、後宮もある意味一生軟禁されているようなものだが。


親としては、私が後宮には入れただけでも万々歳だろう。私という厄介者を追い出せたのだから。

私としても後宮に入りたいと考えていたため、私の後宮入りは両方にとって好都合なことであった。


本来なら、後宮には入れたことを素直に喜ぶべきだろう。皇帝の前で粗相を犯してしまったのに、無事に入ることの出来た我が身の幸運さ、そして皇帝の器の大きさに感謝すべきだろう。


だけどね、


「冷宮も同然の宮に住む事になるなんて聞いてないよぉーーー」


普通、皇帝の妃嬪には住まいとして後宮の一部分が与えられる。

下位の妃嬪には宮の一部が与えられるだけだが、妃の位になると宮全体を管理する権限がもらえる。私には遠すぎる話だが。


私に与えられたのは景和宮けいわきゅう。ここに住んでいる妃嬪は私一人。


うっそうと生い茂っている草木はここが手入れされていないことをよく表している。

建物は廃れ、皇帝の住まいである龍承宮りゅうしょうきゅうから遠く離れていて、誰が見ても冷宮にしか見えないが、正確には冷宮ではない。


冷宮ではないのだが、冷遇されている妃がここに送られてくることで有名で、冷宮というのも間違いでは無い。

現に、私の前に景和宮に住んでいた妃は、追放されたらしいし。


「せっかく入れたのに、こんなの。たまったもんじゃなおよぉーーー」


そう叫ばずにはいられなかった。

こんなところで一生を過ごすなんて耐えられない。ということで昨日、景和宮の者達で大掃除をした。一日だけでは中々綺麗にはならないが、それでの宮の名に恥じない姿にはなったと思う。


「失礼します」


そう言って扉を開けて入ってきたのは、実家から連れてきた侍女の珍真ちんしん

後宮に入れば、下位の妃嬪でも二人の侍女と幾ばくかの宦官が与えられる。それ以外にも、実家から一人馴染み深い侍女を後宮へ連れてくることが出来る。


私の場合は仲の良い侍女がいなかったので、かつて姉の侍女で後宮で働いていた経験を持つ珍真を指名した。

分からないことばかりの後宮。そこでいろいろ教えてくれる人物がいたらすごくありがたいし、助かる。

珍真は最初こそ断っていたのだが、私がわがまま言ってついてきてもらったのだ。


親も、私の最初で最後のわがままだったので、珍真を連れていくことを許してくれた。


珍真が良かったのだ。


「食事をお持ちしました」

「ありがとう......なんか質素すぎない?実家でさえもっと豪華だったよ。仮にも皇帝の妃にこんな食事を出すなんて。ちょっと文句言ってくる」

「恥知らずな......おやめ下さいお嬢様。言うだけ無駄です。陛下の前で転ぶという大罪を犯してしまったのですから、冷遇されて当然です。」

「そ、そうだよね。やってしまったなあ......」




絶対に珍真じゃなきゃいけないんだ。












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