魔王の娘 3

「違う……私の家族は院長だけだもん……」

「……っ」


 私の言葉に、フローレアさんは息を呑む。

 彼女の傷ついたような表情を見ていたたまれなくなった私は、開いている扉から外に出て――彼女たちから逃げた。


     *** 

 

 魔王城の廊下は想像以上に薄暗くて不気味で、そこらじゅうに魔物が潜んでいるような気がしてならない。


(魔物だけじゃなくて、亡霊も出てきそう……)

 

 相手が魔物なら光属性の魔法で対抗できるから勝算があるけれど、亡霊にもその魔法が効くのかはわからない。


 どこに何が隠れているのかわからなくて不安だから、魔法で光を灯して照らすことにした。

 

 ぱっと明るくなると、辺りの空気がざわりと揺れる。


「おい、城の中に嫌な魔力を感じるぞ」

「本当だ。何かが紛れ込んできたんじゃないか?」

「様子を見に行こう」


 近くにいる魔族が私の魔力を察知したらしく、足音が近づいてくる。


 どこかに隠れようとしたけれど、薄暗い場所には何かが潜んでいそうで、中に入りたいとは思えなかった。


(しかたがない……迎え撃つか)


 身構えていると、スライムと牛の頭の獣人ミノタウロスがやってきた。


 どちらも人間界だとただの鳴き声しか発さなかったのに、ここでは人語を話せるようだ。


 二匹は私を見るとぴゃっと飛び上がった。


「むむっ、人間だ! 人間がいるぞ!」

「でもなんか変だぞ。魔王様と同じ力も感じる」

「捕まえて魔王様のもとに連れて行こう」


 そう言い、じりじりと近寄ってくる。

 

「ここで捕まるわけにはいかないわ。覚悟っ!」


 呪文を詠唱して浄化魔法をかけると、魔物たちは悲鳴を上げながら逃げて行った。


「ふぅ……騒がないでよね。魔王たちが声を聞きつけてここに来るかもしれないじゃない」


 取り残された私は、魔王城の出口を探すことにした。

 城内にいるといつか魔王に見つかってしまうから、外に出て身をかくしてから魔法でハロルド様に居場所を伝えよう。


 そう思って出口を探すものの、魔王城は広いしどこもかしこも同じ見た目の場所ばかりだから迷ってしまう。


 おまけにあちこちで人語を話す魔物たちがいるから、遭遇する度に戦っていて疲れた。

 

「どうしよう……出口が全く分からないわ」


 試しに入ってみた部屋の中にも全く収穫はなく、落胆して扉を閉めると、扉の上から紫色の毛玉が落ちてきた。

 毛玉はゆっくりと宙を舞い、ボフッと音を立てて地面に着地する。

 

「これって、まさか……」


 指で毛玉を摘まみ上げると、つぶらな赤い瞳と目が合う。

 もしかしてと思ったら、やっぱりルシファーだった。


「ピャッ」

「私を連れ戻しに来たの?」

「ピャーッ」

「……う~ん、何を言っているのかわからないや」


 するとルシファーはつぶらな目をキリリとさせる。


「キイィィィィ」

「ついて来いってこと?」

「ピギッ!」


 不思議とルシファーが前に立って歩き始めると、途端に魔物たちの姿を見なくなった。


(偶然……よね?)

 

 少し引っかかることはあるものの大人しくルシファーの後をついて行くと、大きな絵の前に辿り着く。


「私にこの肖像画を……見せたかったのね?」

「キイッ」


 肖像画には魔王とフローレアさんと――たぶん赤子の頃の私が描かれている。


 陰鬱な城内には似つかわしくない、明るくて柔らかな雰囲気の絵だ。


「これを見せて私がここに残るよう説得する魂胆のようだけど……無理だよ。だって私は二人と過ごした記憶が全くないから――家族だとは思えないもん」

「ピャァァァ」


 ルシファーは忙しなくピョコピョコと跳ねて何かを訴えかけているけど、無視してこの場から去ることにした。

 

 踵を返すと、少し離れたところにハロルド様がいた。


 ハロルド様は私のもとに駆け寄ってくる。

 

「――探したよ、ヘザー様。こんなところにいたんだね」

「ハロルド様! ……その、魔王たちはどうなったの?」

「手分けしてヘザー様を探しているところだよ」

「二人の戦いは?」

「休戦中だね。次は一撃で倒してやるって宣言されたよ」

 

 と、なぜか嬉しそうな顔で答えてくれる。

 魔王からの死の予告を言われたのにどうして笑顔でいられるのだろうか。


「それにしても、よくここまで来れたね。魔物がたくさん出て大変だったでしょう?」

「ん? みんな親切だから道案内してくれたよ。――ね?」


 ハロルド様はそう言い、後ろを振り返る。

 そこには真っ黒なスライムがいて、もじもじと照れくさそうに揺れているではないか。


 スライムに頬があるのかわからないけれど、頬っぽいところがポッと赤くなっている。

 どうやらハロルド様に惚れているらしい。

 

「こ、この天然魔物タラシ!」


 ハロルド様に魅了されるのは人間も魔物も同じらしい。

 

 聖騎士なのに仇敵の魔物を惚れさせるなんて恐ろしい人だ。


「そういえば先ほどお義父さんから聞いたんだけど、人間界に繋がる扉が閉じてしまったそうだよ。戻るには次の満月まで待たないといけないんだって」

「ええっ?! それまでここで過ごさないといけないの?!」

「うん、あいにくそうする他ないようだね。……せっかくだから、お義父さんたちと交流しない?」

「嫌だ」

「あはは、即答だね」

「ハロルド様こそ、聖騎士なのにどうして魔王と交流しようとするの?」

「あの人がヘザー様の父君だしヘザー様を大切に思っているから、同じくヘザー様を大切に思っている者同士仲良くしたいんだ」

「――っ」

 

 はっきりと「大切に思っている」と言われると、そわそわして落ち着かない。


 悪口や嫌味には耐性があるけど、こういった類の言葉には全くないのだ。


「とにかく、私は魔王を父親と認めない! 倒して首を持って帰って、ハロルド様の功績を立てて伯爵にしてもらうんだから!」

「ふふ、私の手柄にしてくれるなんて、やっぱりヘザー様は優しいね」

「かっ、勘違いしないでよ! その方が手っ取り早く私の生活が豊かになるからに決まっているじゃない!」


 神殿に追放された私が手柄を立てるより、ハロルド様が伯爵位になって領地を賜って得たお金を私の給料に上乗せしてくれた方が断然稼げるはずだ。


 そう説明したのに、ハロルド様は幸せそうに笑うものだから調子が狂う。


 とにもかくにも、魔王城での滞在延長が決まった私は魔王討伐に専念することにした。

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