38 普通の夫婦の形

 社会人になってからは長期休みのときぐらいしか会えなくなったが、私たちの想いは冷めることなく、逆に熱くなっていくばかりだった。お互いに見栄を張らず素でいられたのが大きかった。他の人にばれないようにするのが教員の鉄則だったので気配すら悟らせないようにするのは苦労したが、なんとか入籍まで守秘義務を守ることができた。同じ学校じゃなくて良かったね、と何度も言い合った。当然のようにけんかもしたし、怒りを通り越して呆れることも多々あったけれど、なんやかんやで結婚までたどり着けたのは拓也のおかげだ。大切に想ってくれる、その存在がいるだけで幸せな気持ちになる。新婚のお惚気はどこかへ行ってしまったが、これが普通の夫婦の形なのかと思っている毎日だ。




『夫にはない魅力を持つ男ほど、お近づきになりたいと思うものよ。男だってそうよ、嫁にはないものを持つ女に、金だって時間だって、何もかもあげたくなるものなのよ。』


 今読んでいる電子マンガはドロドロの男女愛憎劇なのだが、最後のページで何股もしているおばさまが新妻の主人公に向けてこんな言葉を放っている。私には関係ないけれど、昔想っていた人について、恋愛感情はないが気になるという心理は確かにある。拓也は松田先生のことを知らない。過去、私が先生にどんな気持ちを抱いていたかも知らない。この話をしたら、拓也はどんな顔をするだろう。怒るかな、それとも——。


「すまん。長くなった」


 拓也がトランクス一枚で出てきた。足元を見ると、案の定水が滴りすぎてびしゃびしゃになっていた。


「バスマットで足ちゃんと拭いてよ。子どもじゃないんだから」


「ああ、すまん。酔ってるから」


 ふん、何が「酔ってるから」なのよ、と思いながら、私は拓也がバスマットで床を拭くのをぼうっと眺めていた。


(……あ)


そういえば、今月も生理が来ていない。もう来てもいいはずなのに。二か月以上? 前ストレスでやられたときは三か月だったけど、休みになったら戻ったしな。またストレス? いや、もしかすると。


「ちょっと明日薬局行ってくる」


「え、いいけど、何か悪いところあんの」


「うーん、悪いとかではないんだけど、ね」


 次の日、妊娠検査薬を試した。陽性だった。慌てて駆け込んだ産婦人科の医者や看護師は、うやうやしく「おめでとうございます」と祝ってくれた。




「ただい……ま」


 私が体を火照らせながら帰ってきても、拓也は二日酔いでまだ寝ている。せっかくのオフの日なのに、半分以上横になって過ごすつもりだ。さて、どのように告げよう。新たな命はひとつではないということを。

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