36 酔った勢い
そこから私の理想の彼氏像は変化した。それまでは「優しい」とか「思いやりのある」といった具体的な性格だったのが、「そのままの自分を受け入れてくれる人」という、私を軸にしたビジョンになった。
テニス部同期の男子は七人ほどおり、うち付き合っていなかったのは拓也を含め三人だった。一人は高校からの彼女にフラれたばかりで傷心真っ最中、もう一人は恋人こそいなかったものの同じ部活の先輩に勝手に気に入られていた(だが当の本人は先輩と合わないと感じていたらしく迷惑そうにしていた)。
拓也はというと、その人物像からはあまり想像がつかないが、恋愛経験がほとんどなかった。姉がいるので女性への抵抗はないが、恋慕の情というのがどういうものであるのか一切わからない、というのが折からの言い分だった。故に異性からの好意には鈍感で、後から考えて「ああ、あの人は俺のことを好きだったのかもしれない」と気づくことがそれなりにあったそうで、その度に友達から散々ツッコまれていた。
三年生の三月、追いコンの二次会で、私と拓也は向かいの席になった。拓也の隣には四年生の先輩がいた。既にほどよく回っていた私たちだったが、先輩は拓也にさらに飲ませようとしていた。その先輩はたちの悪い酔い方をするので、飲み会のときにはいつも面倒くさがられていた。
「おおう、岸本、お前、誰に向かってそんなこと言ってるんじゃあ。彼女もおらんくせにぃ」
「やめてくださいって。彼女いるから偉いとかなんなんすか」
拓也はキャラと恋愛経験のギャップをしょっちゅういじられていた。
「俺、これ以上飲んだらがちやばいっす。醜態さらすことになるんで」
「おおん、俺はそれが見たいんじゃあ」
結局拓也は中ジョッキを何杯も飲まされ、ベロベロになった上に恋愛話をさせられた。拓也が普段通りの口上を述べると、先輩が私を見て、今井ちゃん(私の旧姓)はどうなの、そういう対象として見ることはできるの、と拓也に尋ねた。拓也は少し首をかしげた後、見れないこともないっすね、と返した。本当のことなのかノリで言ったのかそのときはわからなかったが、私には嘘であろうが事実であろうが拓也がそんなことを口走ったのが意外で、つい理由を訊きたくなった。だがそれは先輩も同じようだった。
「え、なんで。言ってたことと違うじゃん」
「その、なんというか、入部してから二人でいろいろ相談しながらやることが多かったんで」
確かに私たちはよく会っていた。一年生のときは同期での親睦会を頻繁に開いていたし、二年生では新歓の中心になって活動した。三年生では拓也は男子部部長と主将、私は女子部部長として部活を率いた。学連や体育会など、対外的な仕事もあまたあって、二人で話し合う機会はそれなりにあったわけだが、私は拓也のことを恋愛対象とは見なしていなかった。ただ仲の良い友達という感覚だった。
「なるほどねえ。もしかしたらお前、恋愛体質っていうよりか、友達が気づいたら好きな人になってましたっていうタイプかもよ。このノリで付き合っちゃえばいいじゃん。部長同士、お似合いじゃんか」
先輩にしてはずいぶんとまともなことを言った。しかしそのときは、少なくとも私にはそんな気はなかった。拓也もそんなふうで、帰るときに「本気にせんとって」と私にくぎを刺したくらいだった。そう、たかだか酔った勢いだと思っていた。
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