33 変化の最中にて

「……だいたい読めましたかね。まだ書き終わってないという人は書きながらでいいので聞いてくださいね。今日はみなさん昼からの授業というか補習ということで、何人か眠たそうな顔されてますけども、今回は眠気覚ましも兼ねてグループワークをしたいと思います。何もそんな激しいディベートとかそういうんじゃなくて、グループのメンバーが書いた要約、それを回し読みしてもらって、自分が書けていたところ、あるいは書けていなかったところを見つけてほしいと思います。同じ文章をまとめたものでも、書き方は人によって全く違います。『うおっ、この人の要約、めちゃくちゃ解りやすいな』と思ったら、どんどん真似してみてください」


 各々が書いた要約は、どれも完璧なものではない。特に今回は難解な文章なので、もしかすると嫌々やったという人もいるかもしれない。というかいるだろう。活字の列を見ただけで逃げたくなるのは解らなくもない。興味のないテーマならなおのこと読む気が失せてしまう。しかし、こちらに主題を選ぶ権利はない。なるべくたくさんの文章に接して、引き出しを増やしていってもらいたいものだ。


(……そんなことよりも)


 予想通り、生徒たちは苦戦していた。要約をしようにもそもそも話の要点がつかめていなかったり、用語の意味をしっかり理解できていなかったりと、読解の基本的なところでつまずいている人が多い印象だった。まだ焦らなくてもいい。時間をかけて落ち着いて読めば、見えなかったことがすうっと浮かび上がってくる。あとはそれを徐々に速くしていけば、センター試験くらいなら余裕を持って解くことができるだろう。二次試験で国語がいるのはほとんど文系だが、理系でもこのような文章に触れておくことは大切だ。どちらにしろ、大学では膨大な量の学術論文を読むことになる。雰囲気だけでも慣れておけば、アドバンテージにはなりうる。


 十分な解説と小説を扱う時間を取りたかったので、個人の要約を発表してもらうことはできなかった。その代わりといっては何だが、私と赤本、それぞれの要約例を参考にしてもらい、ポイントをどれだけ押さえられていたか、自己分析してもらった。これはこの補講で特別に行っていることではなく、普段からやっていることだ。いつもの授業であっても、時間さえ許せば生徒同士の、また生徒と私での意見交換をしてみたいのだが、進度調節やコマ数の縛りなどがそれを邪魔する。……一度でいいから、自分の理想とする授業をやってみたい。外部の人から「やれていないのか!」とお叱りの声を受けそうだが、本当に自分がやってみたい授業というのはなかなかできないものなのだ。限られた時間の中でできることを模索して、教材と自分の頭を最大限に活用する。近年は「読むこと・書くこと」だけでなく「話すこと・聞くこと」の重要視といったいわゆる「アクティブ・ラーニング」を推し進める風潮がある。上は得意げに指導要綱を見せびらかすが、現場では戸惑いや疲弊の声が聞かれる。主体的な学びを大切にするのは良いが、その過渡期にあると、やはり私たちの負担は大きくなる。それだけでなく、何が正しくて何が間違っているのか、経験豊富な教員ですらも判らないということがある。とりあえず今は役所からの通達や新しい指導書なんかを見ながら、みんな試行錯誤して頑張っている。それがどれだけ子どもたちに伝わっているのかは、彼らが無意識的に教えてくれるまでは、誰も知らない。

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