3 取り立て
吉村家の電話が鳴った。忠夫も圭人もいない、万里江ひとりの空間で、その音はまるで警報のように恐ろしく響く。万里江は耳をふさいでやりすごす。やがてそれをとどめるように留守電のアナウンスが流れる。
「はい吉村です。ただいま留守にしております。発信音の後、お名前とご要件をお話しください」
ピーという発信音に続いてメッセージ。
「こちらは株式会社アブコファイナンスです。大変お手数ですが、至急当社までご連絡ください。電話番号は……」
アブコファイナンスは金融機関から依頼されて取り立てを代行する債権回収会社である。夫からはこういう電話には出るなといわれているが、ネット上の情報では借金の催促を無視するのはよくないと出ており、万里江はそのジレンマに悩む。すでに留守電メッセージは未再生のまま40件を超えている。今は法律のおかげで業者が直接取り立てに来ることはないが、一日に何度も電話がかかってくるので、万里江は気が狂いそうになる。しかも夫が〝仕入れ〟や〝出荷〟で外出している時にかかってくる。
とりあえず電話が鳴り止むと、今度はインターホンが鳴った。
「はい、どちらさまですか」
「市橋と申します。先日の件でお伺いしたいことがありまして……」
市橋? そんな知り合いはいない。無視したいが、断る理由が見当たらない。仕方なくドアを開けると、三十路ほどの女性がそこにいた。その胸の名札には「川渡市役所納税課 市橋美奈子」と書かれている。ようするに徴税吏員である。
「突然お邪魔してすみません。……出来れば中でお話ししたいのですが」
丁重でありながら有無をいわせない圧力をかけてくる。万里江はやむなく市橋を中に入れ、ドアを閉めた。
居間に通され、勧められた茶に手を前に市橋が口を開いた。
「吉村さん、住民税を滞納しておられますね。これまで再三通達してまいりましたが、一切返答がありません。こうした状況が続きますと、催告書通達の上、差し押さえという事態にもなりかねません」
「……すみません。私たちも生活が苦しくて」
「失礼ですが、納付の目処は立っておられますか?」
「それは……主人と話さないと、なんともいえません」
「ではご主人とお話しなさった上であらためてご連絡ください。分割納付や、場合によって減免という可能性もあります。色々相談しながら今後について考えていければと思いますので」
「わかりました……」
万里江が無言になると、市橋は「今日はこれで失礼します」と立ち上がった。その時万里江は、子供部屋に貼られたサンタへの手紙を見てハッとなった。これを見られたら、高価なプレゼントを買えるくらい経済的余裕があると誤解されるのでは……。
そんな万里江の心配など意に介さぬように、市橋は一目散に帰っていった。少しホッとしたものの、市橋が使っていた柑橘系香水の匂いがいつまでも残っていて、まるで彼女がまだそこにいるかのようで、万里江は心が落ち着かなかった
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