第26話 嘘2――嘘つきは泥棒の始まりとは限らないよね(当たり前)

「レイ君だって私に言いたいこと、あるんじゃないかい?」


 この機会にお互いのわだかまりを解消しよう。というリンネの提案に、


「はい!!」


と嬉しそうに返事をするレイ。


「早速ですがリンネ。まず、貴女がいつもするあの作り笑い、正直気持ち悪いです。やめて下さい」

「うっ!!」


レイの言葉のボディブローがリンネに突き刺さる。


「あと、たまに僕を見る目が犯罪者じみてて恐いです。それもやめて下さい」

「ううっ!!」


 更にボディブローで下がった頭にアッパーカット。リンネの意識は飛びそうだ。


「あとあと、リンネはいい大人なのですから、子供みたいに暴れたり、地団駄を踏んだりして、僕に変な要求をしないで下さい。大人気ないです。」


 止めの一発は顔面へのストレートパンチ、リンネは息をしていない(最初からしてない)


「それに」

「レイ君、ちょっと待って」


 リンネがすがるようにレイに言う。しかし、レイは容赦などしない。


マナ生命体のことをあれとかこれとか言ったのは何故ですか」


 リンネは一瞬驚きの表情を見せる。が、直ぐに元の表情に戻し、


「ああ、今、気付いたよ。すまないレイ君、無意識とはいえ、君に不快な思いをさせたみたいだね」


誤魔化すようにそう言った。しかし、レイは納得しない。


「嘘です」


 レイはリンネの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「嘘じゃない」


 リンネが伏し目がちに首を横に振って否定する。


「嘘です」

「なぜそう言いきれる」

「ケイオスが今も生きているからです」


 また一瞬リンネの表情が崩れ、元に戻る。そこでレイは確信した。


「リンネ、貴女自分でおっしゃってましたよね。本当は自分だけでも処分することが出来たって」

「こうも言ったはずだよ。私が処分してはレイ君のためにならないと」

「そこです。貴女はいつもマナ生命体の生死に関することは僕に決めさせている」

「それは、心苦しいけど君の管理者としての成長のためさ」

「ええ、実際それも理由の一つであるのでしょう。しかし、こうもとることができます。貴女はマナ生命体を、せっかく誕生した尊い命を、己の手で終わらせたくなかったと」


 レイはリンネのことを真っ直ぐ見つめたままそう言った。しかし、リンネはレイの顔を見ることなく、わざとらしいため息をついた。


「レイ君、その言い分にはだいぶ無理があると思うよ」

「ええ、僕もそう思います。でも、本当のこと、なんですよね」

「何を証拠に」

「証拠はありません。だけどこれだけは言えます。リンネ、貴女は嘘をつくのが苦手な人です」

「それこそ嘘だろう」


 リンネは自嘲して言う。


「確かに貴女はどうでもよい嘘はよくつきますが、どうでもよくない嘘については、わかりやすいほど態度に出ています」


 リンネはドキリと存在しない心臓を跳ねさせる。そんなことは自身のことであったとしても把握などしていなかったらだ。


「へ、へぇ、それは一体どんな態度なんだい?」


 強がるように言うリンネだが、動揺が隠しきれていない。


「今も出てますよ」


 レイが微笑みながら指摘する。しかし、リンネは動揺のせいかそれに気付くことができない。


「リンネ、僕の目を見て言ってみて下さい。私はマナ生命体のことが嫌いだと」


 言われた通り、リンネはレイの目を真っ直ぐと見つめ返す。


「私はマナ生命体のことが……だ」


 最後のあたりが尻すぼみで聞こえない。


「聞こえませんでした。もう一度お願いします」


 リンネの目を真っ直ぐ見つめたままレイは言う。


「私は!!マナ生命体のことが嫌いだ!!」


 今度は勢いまかせで言ったせいかリンネの目は閉じられていた。


「もう一度、ちゃんと僕の目を見てゆっくりと言ってください。マナ生命体のことが嫌いだと」


 レイは真っ直ぐとリンネの目を見る。子供を叱る母親のように。


「…………ごめんなさい」


 リンネは呟くようにそう言った。しかし、レイはまだリンネを許していない。


「マナ生命体たちのことをまるで物のように言ったのは僕のことを怒らせるため――僕に貴女に対する不信感を抱かせるため、いや、僕が貴女を嫌うようにするため、ですね」


「……はい」


 リンネはレイの目を見つめている。しかし、その目には力がない。まるで叱られている子供のように。


「なぜ……そんなことをしたのですか?」


 レイは優しく問いかける。


「それは……言えない」

 

 リンネはレイの目を真っ直ぐと見つめている。それはつまり、


というわけですね」


 リンネはコクリと首肯で返す。するとレイはリンネに「わかりました」と小声で言い、改めてリンネの目を見た


「リンネ、貴女が僕に嫌われようとするのは、何か深い理由があるのでしょう。だけど、それは自らを陥れてまでする必要のあることなのですか?貴女は、先程言ってくれましたよね。自分を道具みたいに使うなって。自分のことをもっと大切にしろって。僕は嬉しかったです。記憶のない僕にもそんなことを言ってくれる人がいてくれるのだと。でも、これじゃあ貴女も僕と一緒じゃありませんか!!」


 レイは気が付けば涙を流していた。そして、リンネも。


「ごめ、ごめん……ごめんなさい~」


 リンネが子供のように泣きじゃくる。レイはそんなリンネを自然と強く抱きしめていた。


「ほら、また悪い癖、もういい大人なのですから、子供みたいに泣くのは止めましょう」


 言ってもリンネは泣き止まない。

 それだけ嬉しかったのだろう。レイが自身のことを想って、理解していてくれたことが。


―――しばらくの後、リンネは落ち着きを取り戻した。


「リンネ、一つ言い忘れてました。僕はこの先何があろうと貴女のことを許します」

「レイ君!それは!」

「いいんです。もう決めたことです」

「きっと後悔するよ」

「しません」

「私たぶん謝らないよ」

「要りません」

「なら、私から言えることは何もないよ」

「それは良かった」


 これにてレイとリンネの初喧嘩、喧嘩両成敗にて了とする。



 だが、レイは忘れていた。


「ところでレイ君」

「何ですかリンネ」

「この戦いの後始末、当然考えているんだよね!!」


 リンネはいつもの怪しい笑顔、いや違う嫌味ったらしい微笑みを浮かべた。


「あ!!」


 レイは何も考えていなかったと今更ながらに気付き、


「どうしましょうリンネ」


とリンネに助けを求めるが、リンネはレイの肩にポンと手を置いて、


「これも管理者の仕事だよ」


と突き離し、


「私今から管理者部屋に戻るけど、私がいなくなったら皆動けるようになるからね」


と最悪の置き土産を置いて帰った。

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