その瞬間、スローモーション

紗久間 馨

出会いは突然に

 髪が風に揺れ、その姿に目を奪われる。運命の出会いの瞬間、スローモーションになる。

 そんな映画やアニメのワンシーンのように、時間の流れが遅くなったような経験はないだろうか。


 2023年のある夏の日、私はそれに遭遇した。


 暑い日が続くなか、私は仕事のために北海道の山中で車を走らせていた。音楽を流しながら、一人で。

 対向車とすれ違うことができない幅の、舗装された道路である。他の車が走っているのはほとんど見ない。

 そして、一部区間で携帯電話の電波が圏外となっている。

 万が一にも事故を起こせば助けを呼ぶことができないうえに、長時間発見されない可能性が高い。周囲をしっかりと確認しながらゆっくりと進んでいった。


 進行方向、左手に山。右手に谷。道路のふちには背の高い草が生い茂る。

 前日にシカと遭遇したので、野生動物にも気をつけていた。キツネなども見かけることがある。


 突然、山側の草の中から黒くて大きなものが飛び出し、道路を塞ぐようにピタリと止まった。私もブレーキを踏んで停止した。

 前方3メートルほどの所にいたのはヒグマである。その大きさからオスだったのではないかと思う。


 太陽に照らされた黒い体毛は光沢があるように見え、ふわりと揺れた。オノマトペを使うとすれば「ファサー」というのが適している。

 この瞬間がスローモーションに見えた気がした。


 クマは私の方をジッと見た後、谷側へと消えていった。

 現れてから去るまで、たぶん数秒のことだったと思う。だが、もっと長い時間のように感じた。


 再びアクセルを踏み、ゆっくりと走り出す。驚きはしたものの、意外と冷静さを保っていたと思う。

 これが運命の出会いのシーン的なやつか。アニメだったら恋が始まっちゃうな。などと呑気に考えながら目的地に向かった。


 秋になり、人がクマに襲われたというニュースが多く流れた。ここで初めて恐怖が湧いた。

 大事に至らずに帰ることができてよかったと安堵した。

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その瞬間、スローモーション 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

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