第七十一話 高級宿の前で倒れていた人

 今日は、いよいよアマード子爵領の領都に到着します。

 しかも、朝早く馬車便が出発しないのも良い事です。

 お陰で、久々にゆっくり寝ることができました。

 毎日の訓練も終えたし、着替えもしたし、準備万端です。

 

「あれ? 何かあったのかな?」


 馬車乗り場に行こうと街を歩いていたら、高級な宿の入り口に人だかりができているよ。

 何だろうなと思いながら、僕はその人だかりの方に歩いていきます。

 丁度、馬車乗り場への方角と一緒だしね。


「うう……」

「あなた、大丈夫ですか?」

「先代様、しっかりして下さい」


 あ、豪華な服を着ている白髪のお爺さんがお腹を押さえて苦しそうにしているよ。

 側にいるドレスを着ている白髪のお婆さんと兵っぽい人も、心配そうにお爺さんを見ています。

 直ぐに治療しないと!

 僕は、急いでお爺さんの所に走っていきました。


「お爺さん、大丈夫ですか? 直ぐに治療しますね」

「あ、ああ……」


 お爺さんに軽く魔力を流したら、お腹だけでなく胸にももやもやがあったよ。

 頑張って治療しないと。


 ぴかー。


「まあ、坊やは魔法が使えるのね」

「しかも、凄い魔力の光です」


 僕が治療をしていると、僕の後ろにいたお婆さんと兵がとってもびっくりした声を上げていました。

 その間に、僕の治療も無事に終わりました。

 もやもやは全部治ったけど大丈夫かな?


「お爺さん、痛いのは大丈夫ですか?」

「これは驚いた。腹だけでなく、胸のつっかえも全部無くなったぞ」


 お爺さんはびっくりした表情をしながら、自分の体をペタペタと触っていました。

 そして、僕の手を握ってきました。


「坊や、本当にありがとう。坊やのお陰ですっかり元気になったよ」

「本当に凄いわ。主人を治してくれてありがとうね」


 お婆さんも、僕の事を嬉しそうな顔で撫でてくれました。

 と、ここで高級な宿から慌てて出てきた人が。


「先代様、ポーションをお持ち、おや、お元気になられておりますな」

「ああ、この坊やが儂に回復魔法をかけてくれたお陰だ」

「それはようございました」


 ピシッとした服を着て、髪もびしっと決めている人が、ホッと一息って感じでお爺さんに話をしていたよ。

 この人が、お爺さんの為の治療薬を探していたんだね。

 と、ここでお爺さんが僕に顔を向けてきたよ。


「坊や、この後時間があるかい? 是非お礼をしたいのだが、ご家族の方も一緒にどうだろうか」

「ありがとうございます。あの、僕は冒険者をしていまして。その、家族はおりません」

「なんと、その幼さで一人で冒険者をしているか」


 僕がお爺さんに僕の事を話すと、お爺さんはとってもびっくりした顔になっちゃった。

 お爺さんもびしっとした人も兵も、びっくりしすぎて固まっちゃったよ。

 あわわ、何か別の話題にしないと。


「あの、僕はこの後馬車便でアマード子爵領の領都に行く予定なんです」

「ほう、領都へか。丁度良い、儂らも領都に帰る所だ。馬車便ではなく、儂の馬車で坊やを領都へ送ってあげよう」


 あ、何だか僕がお爺さん達と一緒に領都に行く事が決定したみたい。

 この雰囲気だと、僕に拒否権はなさそうです。

 そして、ここではなんだという事で、僕も含めて皆で高そうな宿に入って行きました。

 僕は、ニコニコ顔のお婆さんに手を繋がれていました。


「さて、紅茶とケーキだ。好きに食べて良いぞ」

「ありがとうございます……」


 そして、ホテルのロビーにあるテーブルに着いて、僕とお爺さんとお婆さんが椅子に座りました。

 びしっと決めた人と兵は、お爺さんとお婆さんの後ろに立って控えています。

 僕は目の前のケーキではなく、ロビーの雰囲気に圧倒されています。

 とても細かい柄の絨毯が敷いてあって、調度品も豪華な物です。

 うん、たぶんとっても美味しいケーキなのだろうけど、緊張して味が全然分からないよ。

 それでも何とか全部食べ終えた所で、お爺さんが話し始めました。


「儂はサイオン、そして横にいるのが妻のメアリーだ。後ろにいるのが儂の執事と護衛だ。改めて、儂の危ない所を助けてくれてありがとう」

「僕はレオです。サイオンさんを助けられて良かったです」

「間の悪い事に、苦しさで持っていたポーションを落としてしまったのだよ。歳は取りたくないな、ははは」


 サイオンさんが少し苦笑いながら話をしてくれたけど、僕の治療した感じだとポーションは気休めだったかもしれないね。

 以前から苦しくなる度に、ポーションを飲んでいたかもしれないな。

 と、ここでメアリーさんが僕の顔をまじまじと眺めてきました。


「レオ君、外れていたらごめんなさいね。もしかして、あなたは巷で噂の小さな魔法使いじゃないかしら?」

「あ、はい。何故か周りの人にそう言われています」

「やっぱりね。珍しい黒い髪と魔法使いの子どもって聞いていたから、もしかしてって思ったのよ」


 うう、ここでも僕の二つ名の事を聞かれちゃったよ。

 もう僕の二つ名って、かなり広まっちゃったんだね。


「おお、儂もその噂は聞いた事があるぞ。セルカーク直轄領で起きていた代官と司祭の事件を解決に導いて、教会が機能しないために発生した多くの怪我人や病人を治療したと聞いておるぞ」

「えーっと、事件を解決に導いてはいないですが、指名依頼でセルカークの街の人の治療を行いました」

「ははは、謙遜するでない。こう見えても、儂はそれなりの情報を持っている。そうか、だからセルカーク直轄領からアマード子爵領に向かっておるのだな」


 あ、サイオンさんが僕の事を見ながらうんうんと頷いていたよ。

 もしかしたら、サイオンさんは僕と両親の事まで知っているのかも。

 サイオンさんは口には出さないけど、何となくそう思ったよ。

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