第20話

 こっちのデザインを、いやこれも取り入れるべきだ。


 進めるごとにドレス会議はヒートアップしていく。

 なにせウェディングドレスは全ての女性のあこがれなのだ。

 中途半端にはしたくないと、ついつい熱が入ってしまうのも仕方がないこと。

 それもお世話になった二人の結婚式の衣装ならなおのことだ。

 どんなドレスでも完璧に誉めるシンドラー王子だけではなく、全国民の記憶に残るような物に仕上げなくては!

 お姉様のドレスを探し、王都の店をさすらって歩いた経験がまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 だがその知識、フルスロットまで絞って絞って絞りきっても私が出来る最高の提案をさせていただく所存である。


 熱気のこもった部屋で、ふとこの空気に似つかわしくない冷たい視線が刺さる。

 いったい何が?

 視線を感じる方向へ首だけ捻ると、そこには先ほど部屋を後にしたばかりのディートリッヒ様の姿があった。近くの時計に目を向けてみれば、時計の針はとっくにお昼の時間帯を過ぎていた。

 その割には昼食の声がかからなかったようにも思うが、そこは空気を呼んだのだろう。

 ドアの空いた気配も音もしなかったが。

 それにしてもディートリッヒ様はいつからそこにいらっしゃったのだろうか?

 彼は何も言わず、ただただ腕を組んで私達に視線を降り注ぐ。

 気づかなかった私も悪いが、声をかけてくれれば良かったのに。いや、せめて音でもたててくれれば気づくことができただろう。

 黙ったままの主にぺこりと頭を下げる。すると彼はタイミングを見計らっていたのか、それを機にツカツカとわざとらしく音をたてながら歩みよってくる。


「……………………あなたがたはいったい何をなさっているのですか?」

「ディートリッヒ! なぜここに!?」


 声をかけられてやっとディートリッヒ様の存在に気づいたらしい、シンドラー王子とマリー様は驚いたように目を見開く。

 なぜかドレスのデザインを隠すように机の前にゆっくりと移動して、後ろ手でささっとそれらをまとめてしまう。


 まるで都合の悪いものを隠すかのように。


「休憩に入ったので様子を見に来てみれば、昼食は摂らずに何かに夢中になっているらしいとの報告を受けまして。アイヴィーがいるのにお茶すら用意しないなんておかしいと思って見てみれば……。なぜドレスのデザインなんてものを机の上に広げているんです?」


 その声に部屋の空気は一気に温度が下がる。


 そういえばお茶すらお出ししていなかったわ。


 一昨日、用意する者の手が足りていないのは聞かされていたのに、もう少し気を回すべきだったと反省してしまう。けれどそれを私が積極的に行うことが出来ないのもまた事実。あくまで私は訪問者である。アッシュ家のメイドだと二人に強く宣言したディートリッヒ様がそれを私に強要することはないだろう。


 だからお叱りのポイントはきっとそこではない。

 けれどウェディングドレスについて考える事自体は別に悪いことではないはずだ。

 確かに彼らの婚姻はもう少し先の話ではあるが、それだけ仲がよろしいということだ。


 ――ということは、おそらくディートリッヒ様が気にしているのは別のこと。

 おそらく『この時間』にウェディングドレスのデザインを吟味していたことに問題があるのだろう。


 二人には他になすべきことがあったのだろうか。


 なら私ってなぜ今日も呼ばれたのだろう?

 お話役、のはずよね?

 お二人にすべきことがあったのなら私って不要だったんじゃ……。


 頭の中でいくつものクエスチョンマークを浮かべながら、一歩前に踏み出したマリー様の背中を眺める。


「ディートリッヒ様。ただのドレスのデザインなどが一緒にされるなんて、心外ですわ!」

「心外、ですか?」

「ええ。これはただのドレスデザインじゃないわ! ウェディングドレスのデザインよ! 生涯たった一日しか着るチャンスしかないドレスを、その他多数と一緒にするなんて……紳士失格だわ!」

 熱くウェディングドレスを語るマリー様とうんうんと頷くシンドラー王子。

 けれど二人に注がれる視線は対象的に冷え切ったものだった。ディートリッヒ様は二人の隙間から見えるデザインに視線を注ぐ。


「失格でもかまわないので、さっさとそれらをしまってください」

「なんでよ!」

「何でもです。しまわないというなら私が没収し、適切な処理で焼却しておきますが」

「私達の楽しみを取るなんて! ディートリッヒ様の悪魔!」

「何とでも言ってください」


 なんだかんだで二人には甘いはずのディートリッヒ様が『没収』に『焼却』とまで言い出すなんて、よほどのことがあるに違いない。


 つまり一緒に白熱していた私の罪は大きい。想像もつかないお叱りの内容に思わずビクビクと震えてしまう。そんな私をディートリッヒ様は一瞥すると、眉を寄せた。だがそれも一瞬のこと。何枚ものデザインを胸元にかき集め、べえっと舌を出すマリー様に視線を移すと、額に手を当ててため息を吐く。


「昼食の準備はすでに手配してありますので」

 それだけ告げると、身体を反転させた彼は部屋を後にした。

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