第19話

 翌朝から私は再び『お城担当』もとい『お二人のお話相手』として、ディートリッヒ様と共にお城へと向かうこととなった。


 静寂に包まれる馬車の中でディートリッヒ様はずうっと私を見つめている。もちろん位置的な問題はあると思う。さすがに隣に座るのは恐れ多いので、正面に座らせてもらっている。


 だがガン見は辞めていただきたい。

 もちろん城に出入りするにあたってそれ相応の服を身につけているつもりだ。白と黒のドレスで、城のメイドとデザインは被らないながらも誰かに仕える身であるということが一目でわかるシンプルなデザインだ。


 もしやアッシュ家のメイドならもっといい生地の服を着ろと思われているのだろうか。


 お給料もそこそこのお値段もらっているし。

 もしかして昨日のお休みって給料でいい服でも買ってこいっていう意味だったとか?

 そんなことにも気づかずに、お茶してフィナンシェ食べて、ジェラートでシメる何ともグルメな休日を過ごしてしまった。ヒシヒシと突き刺さる視線にいたたまれなさを感じてしまう。


 お屋敷に戻った後でもお店って開いているかしら?

 既製品でもそこそこの品はあるだろうし、ひとまずそれを何着か見繕って。これからもお呼ばれすることもあるだろうし、時間がある時にでもちゃんとしたのを作ってもらおう。


 城のメイドは制服を着ていれば良かったけれど、家付きのメイドはどこにいてもそのお家のイメージを背負っているのだ。自覚が足りなかったわ。自分の考えの甘さに思わず頭が痛くなってくる。


 メイドとしての技術を上げる前に、メイドについてもう少し見つめ直すべきだろう。


 見つめすぎて不敬だと思われないよう、少しディートリッヒ様の視線から目を逸らした私は、未来の自分に様々なミッションを託す。


 私はやれば出来る子。やれば出来る子。

 そう自分に言い聞かせていると、ディートリッヒ様は馬車に乗り込んで以来、閉じたままだった口をゆっくりと開いた。


「アイヴィー」

 低く短いその声はお叱りのものだろうか。

 目の前の主と目線を合わせ、これから投げつけられるだろう言葉を想像する。そして思わず身を堅くする。

 けれど続きの言葉を探すように視線を彷徨わせたディートリッヒ様からのお言葉は、決して私が想像していたような物ではなかった。


「マリー様から何を吹き込まれたかは知らないが、本気にしないでくれ」


 なんだ、そんなことか。

 思わず拍子抜けしながらも「はい」と承諾の言葉を返す。


 もしかしてずっと無言だったのは、私がディートリッヒ様に惚れられていると勘違いして、そういう目を向けられていたらどうしようかと悩んでいたのだろうか。

 もしも私がハイエナ令嬢達くらいポジティブな思考を持ち合わせていたら「もしかして私達って両思い!?」とはしゃぐところだろう。


 けれどそんな過ぎたことを掘り返してもロクなことにならないのだ。

 折角何もなかったことにして、私自身を評価してメイドとして働かせてもらっているのに。そんなもったいなくて、人の期待を裏切るような行為はしない。安心して欲しいという意味を込めて、そのまままっすぐと視線を固定する。するとディートリッヒ様は無表情のまま、何度か瞬きを繰り返すと視線を逸らした。


 安心、してもらえたのだろうか。

 少なくともハイエナ属に属していないことだけでもご理解いただけると嬉しい限りである。


 こうして再び馬車内は静寂に包まれる。

 けれど心配事を一つ解消してくれたらしいディートリッヒ様が私を見つめることはなくなった。代わりに窓の外を眺めて何か考え事にふけり始めたが、それは一介のメイドが口出しするようなことでもないだろう。




 城に着いた私達は王子達の元へと向かう。

 今日も今日とて暇を持て余していた二人はたいそう私を歓迎してくれた。


 そして私を部屋まで連れてきてくれたディートリッヒ様に「ディートリッヒ、いってらっしゃい」と高速で手を振る。二人揃って何か示し合わせたのだろうその姿に、ディートリッヒ様は端正な顔をゆがめる。


 ディートリッヒ様がシンドラー王子相手に眉を寄せているところって初めて見たかも。

 少し眉を下げた困り顔ですら貴重なのに、こんなに全面に感情を出すなんて今日は天候が荒れるのだろうか。


 こんなによく晴れているのに急に雨でも振られたら、洗濯担当のメイドはさぞかし大変な思いをすることになるだろう。かつての同僚の顔を思い出しながら、心の中でドンマイと祈りを捧げる。


 けれどその顔を向けられている張本人達は、ディートリッヒ様とは正反対の笑顔を浮かべている。

 しかも社交用の作ったものではなく、面白い本を見つけた時のような、わくわくと冒険心に溢れた子どもっぽい笑みである。いたずらっ子のようとも言う。


 私がいない間に散々からかわれたと見た。

 ということは私もからかわれるのか。多分というかほぼ確実にディートリッヒ様ネタで。なるほど。だからわざわざ言いにくい話でありながら、馬車で事前に釘を刺しておいたということか。これを機に勘違いなんて加速されたらたまったものではないだろう。

 シンドラー王子とマリー様が他人に言いふらすなんてことはないにしても、田舎の男爵令嬢が勘違いを暴走させたら最悪だ。

 今後のディートリッヒ様の交際や結婚にも支障をきたす可能性がある。ここはメイドとして、やんわりと関係を否定すべきだろう。


 ディートリッヒ様の名誉にかけて!

 任せてください、と視線で合図を送るとなぜかディートリッヒ様は一層眉間のしわを深く刻む。


 もしかして正常な意味で受信されなかったのだろうか。


「ディートリッヒ様、そろそろ……」

 部下に声をかけられ、退室することとなった主へ必要そうならば帰りの馬車での報告をさせていただこう。

 大丈夫です。惚れていませんから。

 そんな自意識過剰かつ何とも失礼な報告なんて出来ればしたくないものだが、それでディートリッヒ様の精神衛生が保たれるというのなら。必要とあらばご報告する所存である。



 ――だが実際は私が心配したようなことは起きなかった。

 その代わり、マリー様付きのリアゴールド家のメイド達によって持ち込まれたドレスのデザインを吟味することになったが。


「どう? このデザインはね、今流行のデザイナーに描かせたものでね」

「ウェディングドレスならシンプルな方がいいんじゃないか?」

「わかっていませんね、シンドラー王子。一生に一度だからこそ最高の物を用意したいんじゃありませんか!」

「ならなおさら流行に流されずに似合う物を選ぶべきだろう。なぁ、アイヴィー」

「はぁ……」


 からかわれなくて嬉しいが、まさかウェディングドレスのデザインの話し合いの渦中に突っ込まれるとは……。

 気合いの入ったマリー様が用意したデザインは全部で20枚にも渡る。

 国民への挨拶の最中にドレスを変えたり、貴族相手のお披露目会用は別に作ったりと、何着も披露するにしても限度というものがある。


 せめて5着が限界だろう。


「タキシードの方はどうなっているんです?」

「え、あ。そうね。新郎側の衣装も大事よね!」

「それなら確か先代の結婚式の記録が残っているはずだ」

「確か騎士団服に似たデザインでしたよね」

「ああ」


 タキシードが代々受け継がれるのは珍しくはない。

 けれどなぜ王子のタキシードが騎士団服に似ているのだろうか?


 現国王陛下の結婚式の光景を拝見した訳ではないが、普段の、祭りなどの正装は騎士団服には似ていなかったはずだ。結婚式の衣装だけそうなっているとしたら、この国の生誕に関わる何かが関連しているのだろう。

 残念ながら私はその手の教養には疎い。シンドラー王子やマリー様と一緒にいさせてもらう時間は長いが、所詮田舎の男爵令嬢。それも次女。教養レベルは高くないのだ。



 王子が使用人に頼んで取ってきてもらった写真は確かに騎士団服によく似ていた。というか騎士団服を少し豪華にしたような物だった。

 女性はウェディングドレスで、相手はタキシードという固定観念が根付いていたまま無責任にドレスデザインを選んでしまったら大変だった。

 これならふわっふわのドレスは除外した方がよさそうだ。

 ドレスの広がりを抑えたスレンダーなラインのもの、もしくは可愛い系でも花が開くように緩やかに広がっていくデザインが合うだろう。


 ――となるとシルエットはこの状態である程度絞ることにして、細かいデザインは要相談といったところだろう。シンドラー王子とマリー様の意見をくみ取りながら、数枚のデザインを集める。


「こちらのデザインなんていかがでしょう? シンプル過ぎるということでしたら、こちらのドレスのデザインを取り入れてもらうのも可愛らしく仕上がるかと」

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