第2話 温もりと戸惑い

 目線が合うよう高さにしゃがんでいるその男の人の目は熱はなく落ち着いていて、ただこちらを見ている。


「あ…」


 大丈夫です。その言葉が出てこなかった。


 口を開いても出るのは涙だけ。

 誰か知らない、だけど声をかけてくれた。それだけで涙の理由は見つけてもらえたことの安心とへ人の手を煩わせた惨めさに少しづつ変わっていく。


「困ったな……。」


 その声にどんどん申し訳なさが込み上げてきて、余計涙が出てくる。


「ごめ、ごめんなさっ、ひっ、うぅ」


 謝ろうにもしゃくり上げるのが止まらなくて上手く言葉にならない。


 どうしよう、どうしよう。

 何とかしようとするほどパニックになって状態が悪化していく。


 せっかく声をかけてくれたのに、何も言えない自分が殺したいほど嫌になる。


 泣きすぎて段々と嗚咽が混じって鼻が詰まって息がしにくくなっていく。


 ざぱ、と目の前で動いた音がした。

 ああ、行ってしまう。いやだ、1人になりたくない。


 パッと顔を上げた時だった。


 私は温かい体に包まれた。

 細身だが自分より大きな身体は完全に私を包み込む。


「大丈夫、大丈夫…。」


 耳元の小さく心地よい低さの声と優しく背中を撫でる体温が酷く温かくて、私はついに声を上げて泣いてしまった。


 ──


「落ち着いた?」

「はい…ごめんなさい…。」

「いいよ。俺が勝手にやったことだし。」


 何とかすすり泣きくらいにまで落ち着いた私は罪悪感に苛まれながら、ようやく冷静さを取り戻していた。


 先程まで私を抱きしめていた、金髪の男の人はよく見るとアイドルのような綺麗な顔立ちをしていた。

 そして私を抱きしめていたせいか服がびしょびしょになっていた。


「あのっタオル…」


 私はかけられたタオルを慌てて差し出した。


「いらないの?風邪ひくよ?」

「わ、私は大丈夫です、それよりかお兄さんが私のせいでびしょびしょに…。」


 自分のした事の迷惑さを実感して、落ち着いた涙がまた滲み出そうになる。


「本当に、ごめんなさい。」

「大丈夫だって、俺家近いし。」

「でもっ…。」

「それより、君自身のことだよ。」


 お兄さんはなだめるような目で私を見つめた。


「その状態で帰れる?」

「あ…。」


 確かに、こんな濡れた状態で電車に乗るのは気が引けた。でも、それよりも考えたくない現実が心にのしかかる。


「帰る場所…ない、です。」


 そうだった。私は追い出されたんだった。

 大好きだったお母さんに、邪魔だから泥棒扱いされて。


「そっか。」


 水面を大きく揺らしながらお兄さんは立ち上がる。


「ん、立てる?」

「あ、はい、ありがとうございます…。」


 差し出された手をとり立ち上がりながら、お兄さんの顔を見てもその感情はあまりよく分からない。


 帰る場所がないことに何も言わないのは厄介事に巻き込まれたくないからだろうか。

 そりゃそうだ。私でもこんな状況に出くわしたくは無い。


「あの、タオルありがとうございました。もう、大丈夫、なんで。」


 これ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。自分でなんとかしなくては。


 だけど声が震える。


 しばらく間が空いてお兄さんがタオルを受け取らないまま歩き出す。


「それ、家まで持ってて。」

「え?」


 ぶっきらぼうに言われた言葉が理解できない。


「帰る場所ないならウチおいでよ。」


 こちらを振り返ったお兄さんの目は本気だった。

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風と帆。 @Sora_mari

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