第11話

「ずっと… 

 僕は、休憩し続けているんですゅ」

「えっ?」


「ち、小さい頃から、

 壊滅的に運動神経がなくて…」

「あ、あぁ〜(わかりみが強い…)」


「が、学校の競争は、僕のせいで負けるので、

 仲間外れにされて……」

「イジメられた?」


コクン、と小さく頷いた。


「一度… 集団生活を、離れてしまうと、

 居場所がなくなって…

 もとに戻れないんですゅ…」


ん〜、わかる… 気がする。

だいたい留守の席がひとつはクラスにあったもの。


でも私が学校エンジョイ勢だったから、

千馬ちばくんに寄り添えない立場というか……


小さなベンチは腰掛けた千馬くんの体でほとんど占領されて、私は隣に座ることができない。


俯く彼の目線は影で暗い地面しか見えていないのだろう。

逆に対面して直立する私は、晴日の光景と駅に行き交う人を広い視野で見渡せている。


この状況と同じように、私達は見つめる方向も過ごしてきた世界も違ったわけだから……


さっき会ったばかりの彼の悩みを一発で解決するのは難儀だし、私の流儀で仕事を覚えさせるのも至難の業だろうと悟った。


「……挑戦もしましたが、

 無理で不登校になって。それで…

 ずっと家に引きこもっていました」

「そっか…」


「体ばかり大きく……

 180センチ、最近100キロ超えて。

 す、相撲部屋に入門したほうが良かった

 かな?はは……」

「ぅ…………」


渾身の自虐ネタが、つらっ!

とても笑えない。


「どんなときも家族が守ってくれて、

 不自由なく、僕だけが……楽をして……

 休憩の毎日。これ以上負担になれない。

 僕も家族の力に―――――

 決心したはずなのに……」

「……(じーん)」


千馬くんの吐露に胸が締め付けられる。

あぁ…

悲しくなってきちゃった。


どうにもできない、無力さを認めてしまったように肩を落とす……互いに。


「…10年間引きこもったので、

 何もできなくて当然ですゅが…」

「10年… え? じゅ、10年?」


「ひゃぃ…?小5で不登校になって……

 卒業式も出れずに」

「うん、うん。それで?」


「中学の入学式は出ました。けど…

 避けられる事に耐えられなくて、

 それから引きこもりに」

「うん。てことは中学から10年で…

 大卒新社会人か。えー、凄いね…」


「…まともに小学校も中学も卒業、

 できなくて。高校は通信制でなんとか。

 こんな学歴じゃ恥ずゅかしくて…」

「あ〜違う違う!

 よく頑張ったねって意味で!」


「へっ?」

「!?」


私が軽蔑していると勘違いした千馬くんが、引きこもった10年を恥だと自嘲し始めたのですぐ否定した。


余程驚いたのか伏せた顔を勢いよく上げて私を見つめる。


くしゃくしゃの顔で今にも泣きそうに……

あまり見えていなかった眼鏡の奥の瞳は、

クリっとして小さな子供みたいに輝かしい。


ほっぺもぷっくりでポカンと口を開けて、

思わずモサモサな髪を撫でてあげたい気分になった。


「10年も引きこもってたのに、

 社会に出てこれたなんて凄いと思う!」

「…凄い、ですゅか?」


「うん。私だったら無理だろうなぁって。   

 怖くて怖くて足が竦んじゃうよきっと。

 すんごい勇気が要ったでしょう?

 頑張ったんだね!」

「…ひゃい」


「ね!長い間辛かっただろうけど、

 その勇気は誇っていいと思う。うん。

 凄いよ!千馬くん!!」

「…はい!」


千馬くんが凛々しく返事をする。

私の中にあった彼のマイナスなイメージもすっかり無くなっていた。


家族想いで努力家で根の優しい子なんだろう、話を聞いて内面の純真さが外見を払拭させた。


彷徨っていた迷路の出口へ、

なんとか突破口が開けた気がして。

私は千馬くんの教育係を続けてみることにした―――――

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