第九話 死者の住む家
今まで友人Fの事をずっと語って来た。
Fにどれだけの霊能力があり、色々な怪異を紐解いて来たかは少しわかって戴いたと思う。
Fに比べると私の持つ能力など塵芥の様なモノで、彼の腰巾着と言われても仕方の無い事なのだが…。
そんな私でも一つだけFよりの長けている力があった。
まあ、Fにしてみるとそんな力は何の意味も無いのかもしれないが…。
それは、その場所で亡くなった人が居る事がわかる能力。
この能力だけは私の能力が衰えても変わらず私にはある気がする。
例えば、このビルから飛び降りた人が居る。
この場所で事故で亡くなった人が居る。
溺死して、此処に流れ着いた人が居る。
この車で事故に遭い人が亡くなっている。
この家は人が亡くなり、成仏出来ていない人が居る。
等々。
賃貸物件を借りようとしている友人が私を連れ出すのは昔は当たり前の様にあった。
F自身も、賃貸を借りる友人に相談を受けると、「私に任せた方が良い」と言う程だったらしい。
今回はそんなお話を少ししてみたいと思う。
ある日、駅前の公園で、私と関口がいつもの様に話をしていると、少し離れた場所から大声で私を呼びながらFがやって来た。
いつもと違うのは、Fが横に、制服姿の女を連れている事だった。
「アイツ…。女、連れてないか…」
関口が驚いた様に言う。
関口にも見える女であれば、生きた人間である事は間違いないだろう。
「おう、遅くなったわ…」
とFは言うといつもの様に関口のポケットからタバコを取り、火を点けた。
「お前、自分でタバコくらい買えよ」
と関口はFからタバコの箱を取り返す。
「いやいや、ちょっと相談載っててよ」
とその女を呼んだ。
その女は申し訳なさそうに私たちの傍にやって来る。
「初めまして。滝井と言います」
その女子高生は滝井と名乗った。
「何…彼女…」
私はFに訊いた。
Fはニヤリと笑うが、どうやらそうじゃないらしい。
「ああ、俺に紹介してくれるんか」
と関口は立ち上がる。
関口は彼女と別れ、しばらく荒れ狂っていた。
その都度知らない奴らと喧嘩して、何度か巻き込まれた事もあった。
「違うわい…。とにかく座れや…」
Fはタバコの煙を吐きながら関口を宥めた。
「友達に頼まれてよ…」
とFは話を始める。
関東の方から引っ越ししてきた滝井さんは、少し東に行ったところに住んでいるらしいが、どうもその家で怪異が起こるという。
それでFの中学時代の女友達がそれを聞いて、Fを紹介したそうだ。
滝井さんはその家に引っ越して来て、毎晩眠れず、気が付くと十キロ程痩せてしまったらしい。
「幽霊ダイエットか…」
そう呟く様に言う関口の頭をFが叩く。
私はそれを見て笑うと、立ち上がり、ベンチを立つ。
そして滝井さんに席を譲った。
滝井さんはFの横に座り、話を続ける。
初めは、夜中に何もしていないのに姿見の鏡に大きな罅が入ったと言う。
その時は、
「引っ越しでぶつけてしまってたのが、割れたんだろう」
と言う事で処分してしまったそうだ。
その後、弟が背中が痛いと言い出して、背中に腫物が出来る。
父親が病気になり、入院。
母親の手に腫物が出来て、腫物の中から異物が出て来た。
彼女自身も毎晩、誰かに見られている様な気がして眠れない。
それが原因で食欲も無く、急激に痩せてしまい、生理も来ない。
本棚の本が突然落ちる。
そんな事が日々起こると言う。
近くの霊媒師を名乗る人に相談し、見てもらうが何もわからないと言われたらしく、お手上げの状態らしい。
私とFは彼女の話を聞きながら、じっと彼女の表情を見ていた。
不思議な事に彼女には表情というモノが無かった。
淡々と話すのだが、ロボットと話をしている様な気になってしまう。
「それに、お風呂に…」
「お風呂…」
私が訊き返すと、彼女は頷き、
「お風呂に髪の毛が浮いてるんですよ…」
と関西弁訛りの無い彼女は言う。
お風呂に髪の毛が浮くというのはよく聞く。
「毎日、ちゃんと洗ってるし、洗った後、髪の毛なんて落ちてない事を確認してるのに、浮いてるんです…」
彼女は顔を伏せる。
「それも長い白髪なんです…。うちは白髪の人なんていないから…」
私は溜息を吐く。
Fが身を乗り出して、
「どのくらいの量の髪…」
そう訊いた。
「日によって違うんですけど、白髪なんでお湯に浮いてても見えないんですけど、お湯を掬うと手に引っかかってたりして…。それが怖くて…」
確かにそれは怖いと言うより気持ち悪いかもしれない。
Fはタバコを足元に落として踏み付けた。
そして煙を吐く。
「とりあえず、行ってみよか…」
と私の顔を見て言う。
とりあえずって…。
私は怪訝な表情で、Fを見る。
「家、行ってもええかな…」
とFが彼女に言うと、滝井さんはコクリと頷いた。
と、いう事で、次の土曜日の放課後に行く事になった。
次の土曜の放課後、私はFとの待ち合わせ場所に行く。
するとFがイラつきながらそこに立っていた。
「どうした…」
私がその様子に気付き訊くと、
「セキが逃げた。アイツはホンマに使えんやっちゃ…」
と言う。
無理も無い。
普通はそんな事に喜んで付き合う奴は居ない。
私も出来れば来たくなかったのだが…。
私はFに微笑み、
「まあ、関口も気持ちもわかる…。とりあえず二人で行こうや」
と、電車に乗り込んだ。
滝井さんの最寄り駅に着くと、駅前で彼女は待っていた。
Fと私を見付けて頭をペコリと下げている。
そこから歩いて坂をひたすら上る。
Fの家も坂を下りた場所に有るので、毎日坂を上っている。
しかし、慣れない私は息を切らしながら、首筋に汗を垂らしていた。
「お前、タバコも吸わん癖に、何、息切れてるねん…」
と私を振り返ってFが言っていた。
「此処です」
と彼女が立ち止まった家は、想像していたよりも古い家で、昔の木造建築だった。
家に入ると、あの独特の臭いがしている。
私はこめかみを指で押さえると、息を吐く。
Fは振り返り、私を見て頷いた。
家の中に通されて、居間に入ると、小学生の弟がファミコンをしていた。
「おかえり」
とテレビから目も逸らさずに弟は言う。
「お、これ新しい奴ちゃうん…」
とFはその弟の横に座り込んだ。
「知ってんの…」
と弟はFに言っていた。
Fは頷いて、
「お前、家の中、見て回ってくれ…」
と私に言う。
私は彼女に案内されるがままに家の中を見て回った。
「親父さんはまだ入院中…」
「はい…」
「お母さんは…」
私は台所を見ながら訊く。
「お母さんの実家がこっちにあって、今日は実家とお父さんの病院に行ってます」
なるほど…。
私は台所の横にある和室の戸に手を掛けて開けるのを止めた。
臭いの元は此処だな…。
私はそれを感じ、少しこめかみを指で押さえた。
「この部屋は何に使ってるの…」
彼女はその戸をそっと開けた。
中には段ボールが積まれていた。
「引っ越しして来た時のままで、まだこんな感じです」
私は頷き、頭だけをその部屋に入れて中を覗き込んだ。
此処では無いのか…。
私はその部屋の戸を閉めた。
「二階は…」
「両親の寝室と、弟の部屋と私の部屋です」
彼女はそう言うとスカートの裾を気にしながら先に階段を上って行く。
階段を上るごとに臭いがきつくなって行く。
二階か…。
私は彼女の後を付いて二階へと上がる。
「此処が弟の部屋です」
とドアを開けた。
四畳半程の部屋にベッドと机があった。
脱ぎ散らかした服が床に落ちている。
「入って良い…」
彼女に訊くと、彼女は頷いて、私をその部屋に入れる。
日に焼けた木目の壁とぶら下がった蛍光灯。
煤けた様な窓ガラス。
その窓からは、向かいの家。
その家の隙間に海が見えている。
特に変わった所はないな…。
私はその部屋を出る。
「真ん中の部屋が私の部屋です」
彼女はその部屋のドアを開けた。
開けた瞬間だった。
あの臭いが一気に流れ出して来た。
私は目を強く瞑り、彼女の部屋の中を覗き込んだ。
日に焼けた木目の壁の弟の部屋とは違い、白い壁紙の貼られた綺麗な部屋だった。
窓ガラスのサッシも新しいモノに変えられている気がした。
多分六畳くらいの広さの部屋で、弟の部屋同様に、ベッドと机、それに本棚と、ビニール製のクローゼット、それにチェストが一つ置いてある。
モノがある分を差し引くと弟の部屋と変わらないくらいの広さだった。
ピンクのカーペットが敷いてあり、女の子の部屋だった。
チェストの上にはぬいぐるみなんかもある。
「入って良い…」
私は同じ様に聞いてまた部屋に入る。
部屋の真ん中に立ち、目を閉じて、周囲の気配を探る。
壁も天井も綺麗に張り替えてある部屋で、古い木造の家とは思えない内装だった。
「この部屋だけ、綺麗にされてたの…」
私は目を開けると彼女に訊く。
彼女は首を横に振り、
「隣の両親の寝室とこの部屋は綺麗になってましたね…」
そう言う。
私は頷くと、彼女の部屋を出て、隣の部屋、両親の寝室を見せてもらう事にした。
そしてふと気付く。
彼女の部屋のドアには鍵が付いていて、中からロック出来る様になっていた。
そして入口の柱を見ると、そこにも、南京錠の様なモノを付けていた様な形跡があった。
綺麗にパテでその釘か木ネジの跡は埋めてあったが…。
両親の部屋も綺麗の内装されていた。
しかし、二部屋は綺麗に内装を施し、一部屋だけ何もしていないのもおかしな話で、一番日の当たる部屋の内装をしないのは何故だろうと私は、考えながら両親の部屋を見渡す。
一番大きな部屋で、ベッドが二つとドレッサーが置いてあった。
「もう一回、弟の部屋見ても良い…」
そう言って弟の部屋を見せてもらった。
やはり、弟の部屋と両親の部屋には鍵は付いてない。
南京錠の跡も無い…。
私は弟の部屋を出て、その傍に有る納戸とトイレを見る。
「ありがとう…」
彼女と一緒に二階から下りた。
居間を見ると、弟とFは必死にゲームをやっている。
「おい。いつまでやってるんや」
私はFに声を掛けた。
そして彼女の顔を見ると、彼女も苦笑していた。
後は台所の奥にあるお風呂とトイレ、そして一階にある納戸…。
納戸には掃除機などが入れられ、使われているようだった。
トイレも洋式のトイレに新しく変えられている様子。
最後にお風呂を開けた。
風呂も綺麗に改築されている。
しかし、臭いの元はお風呂の様な気がした。
「あのドアは…」
私は廊下の突き当りにあるドアを指差す。
「ああ、あれは勝手口ですね…。裏庭に出れます」
彼女はそう言うとそのドアを開ける。
するとまたあの臭いが強くなる。
二人…。
いや、三人…。
私は勝手口から外に出た。
裏庭に大きな木があり、家庭菜園なんかをやっていたのか、畑の様なモノの跡があった。
「何か此処で作ってるの…」
彼女は首を横に振る。
「お母さんが野菜作れるってこの家に決めたらしいんですけど、引っ越して直ぐ、お父さんが入院してしまって、何もしてないです」
私は彼女の言葉に頷く。
此処だ…。
私はその裏庭の大きな木をじっと見つめた。
「悪い悪い…」
と言いながらFが玄関から裏庭に回って来た。
「どや…。わかったか…」
私は振り返って頷く。
そして目を瞑ると額を指で押しながらその木を見る。
老人がその木で首を吊っている。
それが何故かわかった。
そして、お風呂に沈む老婆の姿。
彼女の部屋で引き籠る中年の男性。
そんな映像が見えた。
Fが私の背中をポンと叩く。
「多分、それ、正解や…」
と一言だけ言った。
「タバコ吸ってもええかな…」
とFはタバコを取り出して火を点けた。
少し風のある日だった。
しかし、Fのタバコの煙は風の向きとは逆に木の方へと流れていく。
彼女はそれに気付かなかったかもしれないが、私にはそれがわかった。
Fはそのタバコを木の根元に立てる。
タバコの煙が真っ直ぐに上に昇って行く。
「タバコ好きやったんやな…」
とFは言う。
何故か私にもそれがわかった。
その日、彼女に駅前まで送ってもらい、一緒にお好み焼きを食べた記憶がある。
そして近い内にまた行くと約束をして、その日は帰る事にした。
事故物件。
今はそう言う。
当時はそんな言葉があったのかどうかはわからないが、その類のモノである事は確実だった。
「裏の木で爺さん、風呂で婆さんやな…」
とFは帰りの電車で言う。
私が感じた通りだった。
その日、それ以上は何も喋らず帰宅した。
数日後、Fから電話が入った。
Fなりに調べたらしい。
彼女の住む家は、老夫婦と引き籠りの息子が住んでいて、引き籠りの息子と大喧嘩した後に、老人は裏の木で首を吊って亡くなった。
そしてその後、老婆と息子が二人で暮らしていたが、数年後にその老婆も風呂で手首を切り自殺。
息子はそれから気が触れた様におかしくなり、今も何処かの病院に入っているらしい。
その後家は人手に渡り、何人かあの家で暮らしたそうだが、皆、体調の異変などで直ぐに転居したそうだ。
そうなると不動産屋も告知の義務など無く、彼女の一家が引っ越して来た。
そう言ったところだろうと言う。
「あの家にはまだ、爺さんも婆さんも住んでるからな…」
Fはそう言った。
「今度の日曜、開けといてな…」
Fはそう言うと電話を切った。
日曜。
私は朝早くからFと合流した。
Fの横には関口がブツブツ文句を言いながら立っていた。
「何で俺まで行かなアカンねん…」
関口は電車に乗っても文句を言っている。
「上手く行ったら滝井さんと付き合えるかもしれんやん…」
Fは肘で関口を突いた。
「あんなロリ系の女、タイプちゃうしよ…」
向こうも関口の事はタイプじゃない筈…。
私はそんな事を考えて一人でクスクス笑っていた。
「で、今日は何するねん…」
Fは関口に、
「今日は引っ越しやな…。ある意味…」
「ある意味引っ越しって何やねん…」
そんなやり取りをしていると駅に着いて、電車を降りた。
駅を出ると先日と同じ様に滝井さんは駅前に立っていた。
今日はケーキの箱を手に持っている。
どうやらケーキを買ってくれている様だ。
私たちはまた彼女に付いて坂を上がる。
この日は私ではなく、関口が息を切らしていた。
彼女の家に着くと家には入らずにそのまま裏庭へ。
「関口…。あの枝、切れ」
そう言うとボストンバッグの中から折り畳み式の鋸を出す。
彼女の家から脚立を借りて木に立て掛ける。
それに昇ると関口は鋸を枝に当てた。
そして、その下でFはこれでもかと言う程に線香を焚き出す。
「煙いんやけど…」
と文句を言いながら関口は、枝を切っていた。
「我慢せえ…。このためにお前、連れて来たんやから…」
Fはそう言うと数珠を持ち、読経を始める。
その声に気付いたのか、隣の人が出て来て、彼女の家の裏庭を覗き込んでいた。
「すみません…。線香、匂いますか…」
私は隣の家の老人に話しかけた。
「いや、大丈夫やけど…。やっと供養してもらえてるんやなって思ってな…」
と老人は言う。
「昔はよう一緒に碁を打ったんよ…。あんな息子じゃ無かったら、まだ碁打ってたかもしれんのに…」
と老人は壁の向こうから手を合わせていた。
読経するFを後目に私はその老人から話を聞く。
やはり、Fが言っていた様に、彼女の家に住んでいた老人は裏の木で首を吊ったらしい。
それを朝早くに見付けたのは、隣の家の老人だったそうだ。
その後二年程してその老人の奥さん、彼女の家に住んでいた老婆もお風呂で手首を切って亡くなったそうだ。
「しかし、若い坊さんやな…」
とその老人はFを見て言う。
「ああ、アイツはお寺の孫ですけど、坊さんじゃないんですよ。普通の高校生です」
そう言うと笑った。
「最近の高校生はお経も上げれるんかいな…」
そう言って家の中に入って行った。
「水…。水掛けてくれ…」
とFが言う。
私は彼女に頼み、バケツを借りて、木の幹に水を掛けた。
関口が枝をようやく切り落とした。
そして、その枝を地面に置くと、それに水を掛けろとFは言う。
私はその枝にも水を掛けた。
流れる水で線香の火が消えるが、そのまま放置して良いと言うので、更に水を掛けた。
滝井さんもFの読経には驚いていた。
すると隣の老人が彼女の家の裏庭に入って来て、数珠を持って手を合わせていた。
そしてFの読経に合わせて老人もお経を上げ始めた。
年配の方の中にはお経を毎朝上げるので、覚えておられる方も多い。
折本も無いのに読経する二人の声が心地良かった。
気が付くと滝井さんも関口も手を合わせていた。
Fの読経が終わると、切った木の枝を更に短く切り、それを木の根元に置いた。
其処に彼女に言って揃えてもらったお水の入ったグラスを置く。
そしてFは持って来た香炉を置き、線香を立てた。
「多分、タバコの煙の方が好きなんかもしれんけど…」
と言うと線香に火を点けた。
「タバコな。よう吸うとったわ…」
と隣の家の老人がポケットからタバコを出して、香炉の横に箱ごと置いた。
それが終わると、彼女が淹れてくれたお茶を飲んで一息吐くが、その後すぐにFは家の四隅に香炉を置いて、お香を焚き始める。
「何するの…」
私が訊くと、
「家ごと除霊する…」
Fはそう言って笑った。
四隅のお香に火を点けると、Fは家の中に入り、お風呂にも香炉を置く。
私は塩と水の入った器を持ってFの後ろに立った。
さっきとは違うお経の様だった。
気が付くとFの額には汗が浮いていた。
そして突然読経を止めると、バスタブに水を入れ始める。
「成仏しいや…」
Fは何度もそう言う。
いつもと違うFの様子を見て、私は眉を寄せた。
関口は隣の老人と一緒に家の周りに塩を撒いている様だった。
「成仏しいや…」
Fはそう言うとまた読経を始めた。
そして、そのまま家の外に出た。
盃に塩を入れて、家の四隅に盛り塩をする。
歩きながら盛り塩を終えると、また家の中に入り、お風呂で読経を終えた。
「これで大丈夫やと思う…」
Fは私の顔を見て微笑んだが、いつもより疲れている様だった。
居間に行くと、彼女の弟と母親が居た。
「ありがとうございます」
と母親はどう見ても不良高校生の私たちに頭を下げていた。
弟は先日同様にファミコンをしていた。
隣の老人も居間に入って来て、一緒にお茶を飲んでいた。
Fは目を閉じて少し眠っている様だった。
「いや、何か不思議やな…。高校生が立派なお経あげよるなんて…」
と隣の老人は笑っていた。
「お母さんの手から出て来た遺物って、ヘアピンの欠片やろ…」
Fが目を開くと突然そう言った。
彼女と彼女の母親は顔を見合わせて驚いていた。
「何か鉄の破片って聞きました」
と彼女の母親は言う。
Fは頷くと、
「お婆さんの手の甲にヘアピンで刺した痕がようさんあったんよ…」
そう言う。
「そうやって辛さを耐えてたんかな…」
その言葉に誰も何も言えず、ただ黙ってお茶を飲んでいた。
「僕、知ってる…」
突然、ファミコンをしていた彼女の弟が声を発した。
「この家のお爺さんとお婆さんは殺されたんだと思うよ…」
そんな事を言い始めた。
隣の老人が、彼女の弟の方に手を載せた。
「何度も夢で見た…。お爺さんが木に吊るされるところ。お婆さんがお風呂に沈められるところ…」
それは衝撃の告白だった。
それを知っていたかの様に彼女も彼女の母親も顔を伏せていた。
なんとなく私もそれは感じていた。
しかし、自殺としてそれは何年も前に片付いた話だった。
真実はもうわからなかった。
その日、夕方に彼女の家を出て駅へと歩いた。
すると隣の家の老人が追いかけて来る。
その老人は弓削さんと言った。
この人は後に何度か会う事になるのだが…。
「俺も駅前まで行くから、一緒に行こうや」
と老人は私たちと一緒に歩いた。
そして他愛も無い話をしながら駅前まで行くと、
「自分ら、ちょっと付き合いや…」
と言い、居酒屋へ入った。
この日、この弓削さんにビールを飲まされ、私たち三人は顔を真っ赤にしていた。
「あの息子さんの言う事。正しいんかもしれん…。当時、そんな話もあったんや…」
弓削さんはそう言うと力なく笑っていた。
「まあ、ホンマに成仏してくれたらええけどな…」
そう言いながら日本酒を冷で何杯も飲んでいた。
私たちはご馳走になり、電車に乗る。
「まあ、ホンマのところはもうわからんけどな…」
Fは電車の窓の外を見て呟いた。
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