第八話 護摩の煙
「セキ、焼肉や、焼肉奢れ」
新学期の実力テストが終わった日、Fは関口にそう言う。
「はあ、何で俺が焼肉奢らなアカンねん」
と関口は振り返って言った。
「アホか、お前のオンナんちの為やろうが…。焼肉位安いモンやろ」
Fはそう言うとタバコの煙を吐いた。
私はその二人のやり取りを見ながら後ろで笑っていた。
友人、関口に彼女が出来た。
その彼女の家の古い井戸は、砕いた墓石で埋められていて、その井戸の中に捨てられた墓石が、どうも関口の彼女の家に悪しき影響を及ぼしているとFは言う。
一度、関口の彼女の家に、行ったのだが、Fの力ではどうしようも無く、夏休みの後半にFは祖父の寺へ行き、精神を磨いてきたのだった。
いよいよFは関口の彼女の家の問題を解決しようという事だった。
関口はポケットから財布を出して、中を確認していた。
どうやら夏休み明けから得意のパチンコが調子悪いらしく、手持ちが乏しいらしい。
「数日くれ、何とかするからよ…」
と関口もタバコを吸いながらFに言う。
「あと、これだけ必要なモンあるから、それも準備してくれ…」
とFはポケットからクシャクシャのノートの切れ端を関口に渡した。
関口はそれを受け取って、
「ナンボ掛かるんやろう…」
とそのメモをじっと見ていた。
「愛の力があればパチンコ位簡単に勝てるやろ」
Fはそう言って吸い殻を池の中に指で飛ばした。
私は缶コーヒーを飲みながらその二人のやり取りを見ていた。
正に名コンビ。
小学校から一緒だという二人の間に私が簡単に入る事は出来なかった。
時折、Fは丸坊主の頭を手で撫で上げる。
あれだけヘアスタイルに気を使っていたFが祖父の寺へ行き、頭を綺麗に剃って帰って来た。
既に少し伸び始めてはいたが、私にも関口にも違和感がある頭だった。
それだけ、気合の入った修行をして来たのだろう。
「お前、爺さんの寺、継ぐのか…」
私はベンチに座ってFの背中に訊いた。
Fは振り返り、
「このご時世、簡単にベンツ乗れるってヤクザと坊主だけやろ…」
ん…。
だから…。
継ぐのか…。
私はその答えになっていないFの言葉に苦笑して、まだ暑い残夏の空を見上げた。
その翌週だったか、私は学校から帰って来ると、玄関に掛けていた電話が鳴っているのに気付き、受話器を取る。
相手は関口だった。
「おう、焼肉、奢るわ。出て来いや」
と言われ、着替えると直ぐに家を出た。
関口たちと会うにはJRで三駅。
どう頑張っても小一時間掛かる移動だった。
言われた焼肉屋は小汚い煙の充満した店だった。
既に関口とFは食い終えた様子で、充満する煙の中で、Fは壁に寄り掛かって眠っていた。
関口が私に気付き、手招きする。
「おう、俺ら適当に食ったから、お前も食えよ」
と言われ、私は眠るFの横に座り、焼肉を食べた。
当時の私はホルモンなど食べる事が出来なかったので、カルビやロースを食べた気がする。
高校生で酒など飲める筈も無く、城ご飯と焼肉。
どう考えてもそんなに食える訳でも無い。
「精付けとかんと、明日は長丁場になるからな…」
と突然Fが起きてそう言う。
明日…。
「明日、セキのオンナんちに行くからな」
とうとうやるのか…。
私は口の中を一杯にしたまま頷いた。
すると、関口の彼女が店に入って来た。
関口は手を上げて彼女を呼ぶと関口の隣に座った。
彼女はメニューを見ながら色々と注文して、肘を突くと身を乗り出した。
「あのさ、先週、オカンが入院してん…」
関口の彼女はいきなりそう言った。
しかし、これはFが以前、彼女の家に行った時に予言の様に話していた内容だった。
私たちは誰も驚かずに黙って頷いた。
「何なん…知ってたん…」
と彼女は言うと、烏龍茶を飲んだ。
「単なる検査入院やって事やねんけどさ、これも何か関係あるん…」
彼女はFにそう訊いた。
Fは少し黙って頷く。
「あるって言えばあるし、無いって言えば無いな…」
「何なん、その曖昧な答えは…」
彼女は不服そうに言うと届いた肉を焼き始める。
「まあ、とりあえず、夕方約束してるから、必要なモン取りに行こう。トラック乗って来てくれた」
とFは関口の彼女に訊く。
彼女はご飯とキムチで口を一杯にして頷く。
「オトンのトラック乗って来たから」
そう言った。
夕方、少し山の方に有る細い道を抜けた所にある小屋の様なモノが建つ場所に行った。
彼女の運転で、私とFが車乗り、その後ろを下品な音のする原付で関口が付いて来ていた。
髭面の親父が嫌そうに作業をしている材木加工所の様な所だった。
その場所に行けと言われても思い出せない場所だった。
「おっちゃん、出来てる」
とトラックを下りたFが訊くと、
「おお、準備出来てるで…」
と、小屋の外に積まれた角材を指差した。
「ありがとう…。助かるわ…」
と言いながらFは私と関口に軍手を投げた。
「積み込むで」
そう言われて、私たちは彼女の乗って来たトラックの荷台にその角材を積み込んだ。
三十分程掛かって積み込むと、関口がその髭の親父に金を払っていた。
私とFはトラックの荷台にブルーシートを被せてロープで飛ばない様に縛り付けた。
「これで何するの…」
私はロープをフックに掛けて顔を上げるとFに訊く。
「お前、護摩焚きって知ってるか…」
護摩って言うと、お経を上げながら火を燃べるお祓いの様なモノだという事は認識していた。
私はコクリと頷く。
「一晩掛けて、それをやる…」
Fは微笑むとトラックに乗り込んだ。
私も慌ててトラックに乗り込む。
「一晩って、今日やるの…」
私はトラックに乗ってFに訊く。
「今日やな…。何か予定あるんか…」
特に予定は無いが、何の準備もしてこなかった。
「あ、そうや…」
Fはポケットから紙に包まれたモノを取り出し。
私に手渡す。
「数珠や…。爺さんに頼んで作ってもらった」
と言う。
私はその紙を開き、中の数珠を見た。
立派な香木などを使った数珠の様だった。
この数珠は後にダメになってしまうのだが、それまで数年、Fと一緒の時は常に持っていた。
ダメになってしまう話はまた機会があれば書く事にする。
そのまま私たちは関口の彼女の家に走る。
彼女の運転で走るトラックは普段のAT車では無く、MT車だったため、波打つ様な運転で、私もFも少し車酔いしてしまった記憶がある。
彼女の家に付くと、Fは私を呼び、問題の井戸の傍に立った。
前回訪問した時の様な不快な声も聞こえないが、井戸の蓋を開けた瞬間、何度も言えない匂いの様なモノを感じた。
私が顔を顰めると、Fは私に、
「これが成仏出来てないモノの匂いや…」
と言い、持って来た酒を井戸の中に流し込んだ。
酒を注ぐ事に意味があるのかとFに訊いたが忘れてしまった。
彼女も手伝い、トラックの荷台に積んだ角材を井戸の傍に下ろした。
そして準備されたお札の様な小さな角材を彼女の家の中に運び込む。
「しばらく作業するから、お前らは井戸を囲む様に角材を格子状に積んでくれ」
とFは簡単な絵を描いて私と関口に説明した。
私は関口と井戸の傍に行き、角材で井戸を囲む様に積んで行った。
「何をするん…」
関口の彼女が私たちの傍に来て訊いた。
「護摩を焚くらしいよ…」
私は関口と角材を積みながら答えた。
「ゴマ…。なんやそれ…」
彼女は私と関口にスポーツドリンクを渡して家の中に入って行った。
積み終えると護摩木は一メートルくらいの高さになった。
そして井戸に被せる様に角材を渡し、そこにFに言われた様に、香炉を置いて御香に火を点けた。
「おお、そんな感じ、そんな感じ…」
と出て来たFがそう言う。
「まあ、俺がやる事やから真似事でしかないからな…」
とFは言うが、真似事にしては大掛かりだと私は苦笑した。
Fはタバコを咥えると火を点け、満足そうにその護摩木を眺めている。
「真似事でお祓いなんて出来るんか」
関口が横に来て同じ様にタバコに火を点けると、
「正式に言うと、お祓いってのは幾つかあってな、怒ってる神様やモノノケに対して怒りを鎮めるってのと、お寺でやる、霊に対しての除霊ってのがあってな」
私は興味深くその話を聞く。
「俺がやるのはお経を読んで、除霊するってモンやねん。神さんやモノノケに対しての鎮魂ってのは出来ん。まあ、今回は間違いなく除霊の類やからな…。除霊の方が実はややこしくて時間も掛かる」
Fはそう言うと関口の肩を力強く叩いた。
「朝まで掛かるやろうから、覚悟しとけよ…」
と言った。
その後、Fは墨と筆を借りて、お札に文字を書き込んでいた。
関口と彼女は、Fに言われたモノを買いに出て行った。
私はFの作業を見守りながら、井戸の香炉に御香を絶やさぬ様に焼べて行く。
時折、Fが井戸の傍に来てタバコを吸う。
「出来たか」
「もう少し…」
もう十九時くらいにはなっていた気がする。
辺りは薄暗くなり始め、夏の夕方の風景だった。
「勝算はあるのか…」
Fの横顔を見ると、タバコの煙を吐きながら微笑み、
「何のために頭丸めたと思ってるねん…。ジジイの言う事聞いて朝から晩まで読経して、大変やったんやからよ」
そう言うと私の腕を拳で殴った。
「そうか…。本気のお前…、見せてもらうよ」
私はそう言うと香炉に御香を焼べた。
車の音がして、関口と彼女が帰って来るのが見えた。
Fはそれを見て、
「さあ、そろそろ始めるか…」
と言うとタバコを消して、家の中へと戻って行った。
お札を書き終えたFはそのお札を重ねて、紐で括っていた。
私と関口はそのお札を持って井戸の前に持って来た。
石を削る工場の中にあった小さな作業台と椅子を持って来て、井戸の傍に置く。
Fは珍しく折本を持って来て、その机の上に置いた。
本気の読経が行われる様だ。
折本とはお経を記してある本の事で、Fの祖父くらいになるともう完璧に頭に入っているらしく、それを使う事は少ないと言う。
「香炉をこっちに…」
Fは井戸の上に置いた香炉を机の上に置く様に私に言う。
私はその香炉を持って、Fの前に置いた。
その瞬間だった。井戸の中からゴォーという音が聞こえ始めた。
Fはその私に気付いたのか、私の顔を見て、
「大丈夫。大丈夫やから…」
と言うと机の上に置いた蝋燭に火を点けた。
ジーパンにTシャツ姿の丸坊主の不良高校生が、手に長い数珠を持ち、手を合わせた。
後ろに立つ、関口の彼女には異様に映っただろう。
硝子のコップに水を入れ、米と酒、塩が小さな皿に入れられている。
Fが文字を書き込んだ木のお札をその護摩木の檀木の中に積んで行く。
その途中からFの読経は始まる。
私にはその井戸の中から聞こえる空気の抜ける様な、そして声の様な音が止む事は無い。
私はFの横に立ち、じっとFの所作を見ていた。
「悪いけど、それを…」
とFは私の傍に置かれた紙を指差した。
私がそれを取ると、Fはそれをその護摩木の中に押し込む様に入れた。
多分、Fがお経を書き写したモノなのだろう。
決して綺麗な文字ではないが、写経には時間が掛かったと思われる。
Fは字が汚い事をコンプレックスに思っていて、成人した後に駅前に有る書道教室に通う事になる。
そして細い木の棒を数本取り出すとそれに蝋燭で火を点け、その写経した紙に火を移す。
それだけで、不思議な程簡単に火が木のお札に燃え移って行く。
Fは読経の声を徐々に大きくして行き、手を合わせる。
檀木の向こうではFは文字を入れたお札が炎を上げて燃え始める。
折本を捲り、心地良い響きの読経が続く。
私にはFの読み上げるお経の意味などまったくわからなかったが、時折入るFのブレスの度に、井戸の中から声の様なモノが聞こえる気がした。
檀木の中の小さかった炎は徐々に大きくなり、一メートル程ある檀木と変わらない高さにまでその炎が上がり、そこから真っ直ぐに煙が立ち上るのがわかった。
風の無かったその日、お経を読むFの周囲にもその煙は充満して行くのがわかった。
関口の彼女が幾つか椅子を持って来てくれて、私たちはFの後ろに座って、その様子を見る事にした。
たまに聞こえる何とも言えない声の様なモノに私は耳を塞ぐ。
「やめろ」
そんな風に聞こえるモノもたまにある。
FはTシャツを汗で濡らしながら、何度も何度も折本を捲っていた。
そして脇に積んだお札を火に焼べていく。
時にジャラジャラと数珠を鳴らし、Fは更に大きな声で読経を続ける。
ふと、振り返ると、関口の彼女の父親が立っていた。
私は立ち上がって彼女の父に頭を下げた。
どうやら簡単な説明は彼女から聞いていたらしく、彼女の父も手を合わせて、護摩木の向こうを見ていた。
彼女の父から見ても異様な光景だったと思う。
それ程にFの姿は流暢に読経する人とはかけ離れていたに違いない。
ふと、彼女は父は立ち上がり、その場を離れる。
私は焼べ終えたお札の次の束を取り、Fの脇に置いた。
ふと気付くと彼女の父が小さな墓石の様なモノを抱えてやって来た。
Fは読経を止めて、彼女の父に、
「ありがとうございます」
と礼を言う。
「これでえーかな…」
と彼女が言うと、
「完璧です」
とFは答えた。
後から聞いた話では、Fが祖父の寺に行く前に、関口を通じて、彼女の父に頼んでいたらしい。
それを見ると無縁仏の墓石だった。
Fは再び手を合わせるとまた読経を始めた。
二束目のお札を焼べ終えると、Fは大きく息を吐いて、私たちの方を振り返った。
「ちょっと休憩…」
そう言うといつものFの顔に戻る。
関口が買って来た食料に手を伸ばし、Fはお菓子と缶コーヒーを口にした。
「お前らも食っとけよ…。まだまだ先は長いで…」
とFは言う。
その間も檀木の中の護摩の炎は燃え盛り、その煙は真っ直ぐと空へ上って行った。
「これは何をやってんのかな…」
後ろに居た彼女の父がFに訊いた。
「井戸終いと墓終いを一緒にやってるみたいなモンですね」
とFは言った。
「どっちも疎かにすると良くないんです。今回はその典型ですね…」
Fは普通の高校生の表情で説明する。
「いや、娘に高校生の癖にそんな事が出来る変な子が居るって聞いてたけど、ホンマに出来るんやな…」
彼女の父はそう言って笑っていた。
その後、彼女と彼女の父親は家の中に戻っていたが、時折、様子を見に出て来ていた。
私と関口はFの後ろでその様子を見守っている。
その護摩は周囲を明るく照らし、何匹もの虫がその護摩の中に飛び込んで行くのが見えた。
焼べるお札が最後の束になったのは、夜中の三時を回っていた気がする。
もう何時間も読経と続けているFにも疲れが見え始めた。
その静けさの中、
「俺に水をかけろ」
と突然Fが言う。
私は慌てて、近くに用意していたバケツに水を入れて、Fの頭からその水を掛けた。
「もっと」
Fは荒々しい口調で言う。
今度は関口がバケツの水をFにかけた。
「もっとや」
私と関口は交互にFに何度も水を掛けた。
Fは突然立ち上がった。
「そこのホースでかけてくれ」
と言い始める。
私はホースを解き、Fに水を掛けた。
何が起こったのかわからず、言われるがままにFに水を掛けるしか無かった。
肩で息をするFが顔を上げる。
「焼かれる所やった…」
Fはそう言うとまた椅子に座り、手を合わせた。
そしてさっきとは違う折本を出し、机の上に置いた。
「これで最後や…」
Fは机の上に積んだお札をまとめて火に焼べた。
それで一気に炎が上がっていく。
檀木の隙間からその煙は広がる様に立ち上り、周囲にもその煙は広がって行った。
最後の読経が終わったのは東の空が明るくなり始めた頃で、私も関口もフラフラになっていた。
最も、Fはそれ以上に疲労困憊な様子ではあったのだが。
最後の読経を締めくくる様にFの読経は静かに終わった。
私たちは檀木を解いて、井戸の傍に積むと、それに水を掛けて完全に火を消した。
Fは井戸の中に焚いた護摩木の灰を入れて行く。
そしてその枯れ井戸の中に、何杯も水を注いだ。
関口の彼女が準備してくれた朝飯を食って、私たちはそのまま、彼女の家の居間で横になった。
目が覚めると既に昼で、私は慌ててFと関口を起こした。
「思ってたより大掛かりやったんやな…」
と彼女の父が缶ビールを片手にやって来た。
「飲むか」
と言われたがそれを丁重にお断りして、冷たいお茶をもらった。
「普通の高校生がこんな事出来るなんて思ってもみんかったわ…」
と彼女の父は笑いながら言う。
Fは木の匂いのするTシャツを気にしながら、
「俺も初めてやりましたけど、思ったより大変でしたね…」
と言っていた。
Fとの付き合いは長いがこんなに時間の掛かったモノは後にも先にもこれだけだった気がする。
「魂は天に昇らせるためには焼くって行為しかないって昔の人は考えたんです。ほら煙って上に昇っていくじゃないですか。だから火葬ってのも始まったんですね」
Fは彼女の父に説明する。
彼女の父も、納得したかの様に頷いていた。
成仏させるには焼くという行為しかないって事か…。
私もFの隣で頷いていた。
「成仏しない魂って水の傍にいる事が多いって言われてて、現に、今回は井戸の中にずっと居たんです。井戸から自力で出る事も出来ず、その井戸の周りに何等かの影響を及ぼす事によって、自分の魂が此処に居るって事を教えるしか無かったんです」
Fはポケットからタバコを出す。
「吸っていいですか」
とFは彼女の父に言う。
彼女の父は大きな灰皿をFの前に差し出した。
「いい影響を与えるモノも居れば、悪い影響を与えるモノも居ます。今回は後者だったんですよ…」
関口の彼女もやって来て、関口の横に座った。
「仏教には道理という教えがあって、相手の事を考えて行動するって事なんですけど…。自分で身動きの取れない魂に対して、どうしてやれば動けるようになるのか、それを考えて除霊する事が基本なんです」
彼女も彼女の父も同じ様に頷く。
「井戸に対してはその水はもう完全に干上がっていて、役目は終わったからゆっくり休んでくれって事を伝える事。役目を終えた墓石に関しても同じで…。ただ、その役目を終えた事を伝えるのに、水を使うか、火を使うかだけの違いなんですよね」
墓石には水を掛け、井戸には火を使うって事か…。
私は俯いて眉を寄せた。
そこまでの事をFは祖父の寺で学んできたのかと感心した。
「墓石に残った念に関しては、正直、まだ残っています。それを作って戴いた無縁仏の墓石に入れました。庭の端か、或いは墓地にでも置いて下さい。井戸の方はまだ水が枯れていないのに、砕いた石を注ぎこまれた怒りの様なモンです。それを鎮める事で井戸終いが出来たと思いますんで…」
彼女の父もタバコの煙を吐きながら、私たち三人の顔を見ていた。
「何か凄いな…。自分らホンマに高校生か」
そう言うと声を上げて笑っていた。
その日の夕方、関口の彼女に送ってもらい、帰って来た。
いつもの公園に行き、缶コーヒーを飲みながら完全に力が抜けた状態だった。
「ありがとうな…」
と関口は原付を押しながら私たちに言う。
「まあ、完璧じゃないねんけどな…」
とFはタバコを咥えた。
「あんだけやっても完璧じゃないんか…」
関口は顔を顰めて言った。
「こんなモンに完璧なんてないんや…。何処まで行っても、その時抑え込むだけの話でやな、いつ暴れ出すかは俺にもわからん」
Fは言うには今、抑え込んだモノがいつ迄続くかはわからないと言う。
それが一年先なのか、数千年先なのか…。
「そんなモンなんやな…」
と関口は原付を停めて、ベンチに座った。
「まあでも、あの子も心身ともに健康になるやろうからな、そん時はお前はもう傍に居らんやろう」
「え、どう言う事やねん」
関口は慌ててFに訊いた。
「健全に考えたらお前とは付き合わんって事やな」
私は関口の肩を叩いてそう説明した。
「お前らさ、俺の幸せを望んでない訳…」
関口はタバコを吹かしながら言う。
「あー、わかった。俺に女出来たから僻んでるんやろ、絶対そうや」
関口は私とFの肩を掴む。
「アホか、俺らだって女の一人や二人な」
とFは関口の手を振り払って言った。
まあ、この時点では負け惜しみ以外の何物でも無いのだが。
だが、その秋には関口は彼女と別れたのだが…。
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