ナローマン

金平糖二式

その名は、ナローマン

 放課後の、学校の校舎裏。

 俺の眼前では、脳が理解を拒否するような、奇怪な出来事が起きていた。


 銀色の拳が、凛子の腹部に突き刺さり、勢いよく彼女の身体がゴムまりの様に吹っ飛んでいく。

 そのまま、壁に叩きつけられて、動かなくなったそいつを見て……

 俺は……ああ、これ死んだなあいつ、とその光景を冷静に見ていた。

 一体なぜこんなことになっているのかは、俺にもわからない。

 というか、わかってたまるかこの野郎。


 唯一つはっきりしていることは……

 目の前の銀色のスーツを身に纏った、前衛芸術のようなマスクを被った、ヒーローだか怪人だか――を止める手段は、俺にはないという事だ。

 最初見た時は何かの冗談だと思ったが、明らかに身体能力が人間のそれではない。

 というか、普通に生身で空を飛んでやってきたからな、アレ。

 宇宙人かなんかじゃないの?知らんけど。


 まあ……よくわからない理由で三行半を突き付けて来た女の為に、何かしてやる義理もないのだが。

 凛子が……あいつが俺の幼馴染だった事は黒歴史にしたい。


『あなたの事が好きだったけど、前に進むために諦めて俺の自称親友の告白を受けいれます』


 といった趣旨の内容を、ついさっきまでほざいて……

 ゴミ(義理チョコだそうだ、好意が気付かれなかった、何だのと厭味ったらしいメッセージ付き)を渡してきた、元幼馴染の為に、命を懸けてまでアレを止めようなどとは思えなくなったというのも、理由の一つではある。

 流石にあれには、抱えていた恋心なり、情とかも、何もかもが一気に醒めた。


 ……え、その自称親友はどうなったかって?

 あいつなら、既にあの銀色の怪人(で、いいよな多分)が、両手を交差させて放った光線技で、凛子お手製の本命チョコと一緒に消し炭になって消滅した。

 そこの地面に残っている焦げ跡が、彼の存在した痕跡である。南無。

 どうか迷い出る事だけは無いようにしてくれ。

 多分元幼馴染も、すぐに後を追う事になると思うからそっちで仲良くな。


「げ、ほっ!……ら……い、た、来太。た、たすけ、助けて……!」


 倒れ伏して僅かに痙攣していた凛子が意識を取り戻した。

 上半身を起こし……内臓を損傷したのか吐血して、口の端から血を流しながら、こちらに救いを求める様に手を伸ばしてくる、

 ……あ、まだ生きてた。中々しぶとい。


 とはいえ、俺の助けを必要としているあたり、もう限界だろう。

 いや勘弁してよ。あんなの俺にどうにかできるわけないじゃん。

 まあ焼香ぐらいは上げに行ってやるから迷わず成仏してくれ。


 というか、誰か警察呼べよ警察。自衛隊でもいいぞ。

 正直、マジものの人外っぽいし、それでアレを止められるとは、全くと言っていいほど思えないけど。


 銀色の怪人はこちらにちらり、と視線を投げかけてきて、矛先がこちらにも向くのか、と正直びくついたが……

 すぐに凛子に向き直り、両手を交差させる。

 あれは、先程、自称親友を消し炭に変えた――


『消え去れ、ナローマンブラスター!』


「ひ、やだ、来太、ごめんなさ―――」


 普通に日本語喋ったあああああああああ!?

 さっきはそんなの言ってなかったのに!

 何、やっぱり必殺技か何かなのあれ!?

 銀色の怪人……ナローマン(?)必殺の気合が籠もった野太い叫び声と共に、突き出した腕から放たれた、純白の輝きが、瞬く間に凛子を飲み込んでいく。

 爆音と共に、彼女の姿は完全に光の中に消え去り――後には、黒こげになった地面だけが残った。


 凛子を完全に葬り去った事を確認すると……

 ナローマンはこちらに向き直り、激励を送るかの様に、親指を立てて見せ――

 地を蹴って再び空へと舞いあがると、ここに降り立った時の様に、そのまま何処へ飛び去って行った。

 最後の最後まで……俺には全く敵意らしいものを向けなかった。

元幼馴染と、自称親友に対しては、苛烈なまでの攻撃性を見せていたのだが。


 ……一体、何だったんだ、あれは。

 と言うか。


「とりあえず……どうしたらいいんだろう、先生……いや、やっぱり警察か?

でも、正直に話しても、信じてもらえるかなあ、これ」


 二つの、黒焦げになった焼け跡を前に、俺は途方に暮れるしかなかった。





 ナローマンは、宇宙の遥か彼方にある、ナーロッパザマァ―星から地球にやってきた、正義のヒーローである。


 ……正義の、ヒーローである。


 大事な事だから、二度言った。

 少なくとも、彼の故郷の星ではそう信じられている。

 宇宙に存在するあらゆる悪……特にNTRとBSSを物理的に葬り去る為に、彼は戦うのだ。


 それにしても、今日は彼にとって特に忙しい日となった。

 どうも、現地住民の菓子業者が、全く関係のない故事にこじつける形で、でっち上げた行事のようだが……

 バレンタインデー、と言うらしい。

 雌が、雄に菓子を送ることで好意の証とするとのことだが……

 ややこしい事に、相手や好意の程によって手作りだの、本命だの、義理だのが存在し、それに一喜一憂させられる雄が後を絶たないという。


 まあ、別にそれは良い。

 ナローマンは、未開の惑星で現地住民が行っている催しごとそのものに、口を差し挟むほど暇ではないのだ。

 問題は、多くのBSSが付随して発生する事である。


 このイベントに乗じて、薄っぺらい女程訳の分からない理屈で、平然と長年連れ添ってきた相手を裏切り、割って入った男に靡くのだ。

 しかも、ずっと好きだったなどと、わざわざ相手が傷つくような言葉までぶつけてだ。

 何と浅ましい愚か者だろうか。

 自分の気持ちさえまともに貫けない薄っぺらさを、よりによって裏切った相手に背負わせようとするとは。


 ナローマンは、すれ違い()や、どちらも悪くないなどと言った、甘えた考えを許さない。

 全てのBSSを引き起こした女と、割って入った男は許しがたい悪である。

 そして悪い事をしたら必ず裁きを受けなければならない。それがこの宇宙のルールなのだ。


 先刻もまた、そうした二つの度し難い邪悪を滅ぼすことで、一人の尊い少年の未来を守った。

 ナローマンは、その場を去る前に、最後にテレパシーで被害者である少年の心を探ったが、あの薄汚い売女のことは、最早微塵も残っていなかった。

 何と勇気ある、強い心を持った少年だろうか。

 どうか逆境に負けず幸福を掴んで欲しいと、ナローマンは彼に激励を送った。


 しかし、世に愚か者の種は尽きない。

 ナローマンはまた一人、尻の軽い愚かな女が、別の男に靡く気配を感じた。

 討伐すべき邪悪の元へと、急ぎ飛んでいく。


 戦えナローマン。負けるな、ナローマン。

 全てのNTRとBSSを、地球上から物理的に根絶する、その日まで!

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