第11話 四等文官アリア
「ここがあなたの……四等文官アリア様の家となります」
「なんともまあ……質素じゃな」
あれからわしは自分の家となる場所に案内されたが、それは官位を得た人間の住む建物にしては随分質素なものだった。
もちろん、ただの村人であった元のわしの家よりは断然マシではあるが……。
現代日本的な価値観でいうと、なぁ?
「ははは、普通の平民上がりの文官の方はこの家を見て驚くんですがね。もちろん良い方向にです。あなたは随分辛口……いや、大物なようですね」
アノルは若干呆れているようだ。
訂正するつもりはないがな。
「まあ、それは良いじゃろう。で、わしの仕事とはどういうものなのじゃ?」
「帳簿をつけたり、書類に目を通して判を押すのが主な仕事となります。主に村々から提出したそれの処理ですね。ただ、我が国では文官と武官の区別が少し曖昧であるために、文官の方も戦場に出ることもあります。そのため、武芸の鍛錬は欠かさないよう……」
この世界では戦争は猛者5人同士の団体での勝ち抜き戦によって行われる。
なんで?と思うだろうが、普通の兵士と将官クラスの実力に開きがありすぎるのだ。
わしが60人の賊徒を撫で殺したように、実力者とそうでないものは戦いにすらならない。
大昔は違ったらしいけど、なぜか今はそこまでの実力差がついている。
五人枠から漏れた強者もいるんだからそういう奴らも集めて戦争をすれば?と思われるかもしれないが、そうなったら場合によっては地形が変わるレベルだ。
そんなこと誰も望んでなどいないのじゃ。
強者と一般兵の力の差が広がりきっていて、更に五人ルールが始まる前の時代では収まりのつかない酷いことになることも少なくなかった。
ただ、小競り合いレベルだとまた異なるようじゃの。
実際、山賊たちは群れてわしらの村を襲ってきた。アレの場合、略奪が目的なわけだから数も必要じゃったのだろうがな。
治安を維持するのにも必要だから、他の兵士自体は数千人いるものの手柄を立てる機会はないじゃろう。
だからこそ、兵士たちは自分の持つスキルを鍛えてトップ五人にとって変わろうとし、トップ五人は追い越されないようにさらに鍛え抜く。
わしは文官なのでその枠には入らないはずなのじゃが、うちの国『オーディン』は文武の境目が曖昧なので、わしも戦うことになるらしい。
ちなみに先鋒じゃ。最弱の一番手となる。
剣道では二番手の次鋒と四番手の副将が弱いとどこかで聞いたことがあるが……世界が変わればルールも変わるか。
「あいわかった。ありがとう、下がって良いぞ」
退室を促したが、アノルは出ていかない。
「いえ、下がれません」
「いや、一応わしも女なのじゃがのう?」
「それ故に私は付けられたのですが……」
なんか不穏な空気になってきたぞ?話が噛み合ってない。
……ああ、いや、読めてきたわ。要するにハニートラップじゃこれ。
村長をも超えるわしの武力を取り込みたいってことか。
いや、そもそも単純に気を利かせて男を用意したのかのう。
アノルは見てくれはかなり良いからな。
だがわしには意味がないどころか不快なレベルじゃ。
だってわしの心は男のそれだし。……いや、嘘をついた。完全に男のままではない。女としての心に順応した部分もある。だって脳はおそらく女のそれじゃから。
いくら前世が男だからといって、女としての体と脳があればある程度は女になってしまうものなのじゃ。
じゃが、恋愛対象は完全に女子一択じゃからなあ。
……ああでも、この世界では男同士の同性愛もそこまで珍しくなかったの。
だが、わしにその手の趣味はない。速攻で立ち去ってもらおう。
「はっきり言って不快じゃ。今すぐ立ち去ってほしいのだが……」
怒気を孕んだ声でそう凄むと、アノルは納得したように頷いた。
「ああ、あなたはそういえば……。ならば、女をお付けします。存分に楽しんでくださいね」
ニヤニヤとしながら立ち去っていったが、全然わかってない。
わしは女なら誰でもいいってわけじゃないのじゃ。
そういうことは愛し合って絆を育んでからしたい。
その後、女性兵士がやってきたが追い返して、結局強いから問題ないということで護衛の兵士はなしのまま務めるということになった。
あのハニトラ要因の兵士たちは護衛という建前のもと派遣されていたのであった。
「……なんじゃ、このひっどい帳簿は!?」
翌日、仕事の説明をされてさっそく取り組んでいるのだが、帳簿の付け方が酷すぎる。素人目に見てもわかるほどに。
それ一つをとっても非効率の極みだし、なにより提出してくる村によって帳簿の付け方が変わってくる。
改革せねばならん……とは思うんだが、四等文官のわしにできることは少ない。
文官の順位付けは最下位が四等文官で、それ以下はただの雑用。
とはいえこの仕事は雑用でも学がないと務まらないから、それなりに高級取りだ。
まあここらへんの事情は割愛しよう。
それでその次が三等文官。
次が二等文官で、ここらへんから大きな権力を持ち始める。
次が従一等文官で、主に従一等(じゅいっとう)と呼ばれる。一等文官の副官だ。
従一等文官にはならずに二等文官から一等文官まで一気に出世する場合もある。
わしは二等から一気に出世するルートを目指している。
そしてそれ以降に一等文官が来て、その中にも序列というか官職や格付け、家柄なんかで序列付けがあり、最後に政務大臣となる。
で、今のわしにはやはりできることは少ない。
じゃからとりあえずはコツコツと仕事に励んで上からの信頼を勝ち取りたいと思う。
賄賂を送り、便宜を図ってもらうというのも考えたが、後世で国を腐敗させたクソ女とか言われたくないのでやめておく。
用意された机でカリカリとペンを走らせる。
この手の仕事なんてしたことがないが、初日のうちからなんとかこなせた。
そうして、しばらくの日々を文官として過ごすことになった。
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