第二章 文官編
第10話 王都へ
見慣れない、丈夫そうな馬車が村へとやってきた。
その中から、整った顔立ちだが少し頼りなさそうな、銀髪の男が現れた。
一応、体つきはかなり鍛えられているが……わしなら軽く倒せそうじゃな。
まあ、わしはそこらの武官を優に凌ぐ程度の力は持っているはずじゃから比較対象としては不適格かのう。
上等な服を来ているし、これが王都からの使者で間違いないじゃろう。
「失礼、あなたがアリア様でよろしいか?」
「ああ、そうとも。わしがアリアじゃ」
「……ふむ、たしかに間違いがないようです。では、我らとともに参りましょう」
その男性とともに馬車へと乗り込んだ。
「アリアー!向こうでも頑張るのよ〜!」
「……あのアリアが国に仕官だなんてなぁ……ううっ」
「アリアぁ!活躍しなかったら承知しねぇぞ!いつか絶対お前に並び立てるように、俺も頑張るからな〜!」
「アリアちゃーん!絶対無事でいてね!」
両親やバーズ、エフが見送りに来てくれた。
いや、それだけじゃない。村の住民が総出で、笑顔で送ってくれている。
……この笑顔はわしが守ったものなんだ。
ならば、夢破れるわけにはいかんな!
大きく手を振り返して、それに答えた。
そして、一週間ほど馬車に揺られると、王都へたどり着いた。
「ここが王都オーディンです。どうです?びっくりしたでしょう?」
ちなみに国の名前もオーディンだ。
確かによく繁栄している。今の陛下は名君だとよく聞くから、それは事実ということなのじゃろう。
だが、前世ではもっと栄えた街並みを見ていたので驚きは薄い。
東京と比べたらこの世界の都市の繁栄度は微妙に感じてしまうのは仕方ないじゃろうな。
もっとも、このような都のカタチを己が眼でしかと見たのは初めてじゃから、別の意味での感動はあるがの。
なんというか、歴オタ的に心揺さぶられるものがあるのじゃ。
「うむ、実に栄えておる。じゃが、まだまだ繁栄する要素はあると思うぞ」
わしの言葉を田舎者特有の負けん気だと受け取ったのか、兵士の人……アノルは笑いをこらえていた。
「これほどに栄えている都は大陸広しと言えど、そう多くはありませんよ。村から出たことのないあなたにはわからないでしょうけどね」
田舎者差別かの?
まあ先に喧嘩を売ったのはこっちだからわしが悪いんじゃが。
おとなしく受け入れよう。
そして、王城へとたどり着き、そこで馬車を降りて政務庁の管轄へと歩いていった。
「王城はやはり豪奢な作りじゃな。……少し感動している」
「ええ、そうでしょう!あなたも王都の良さに気づきましたか!」
会話の節々から感じていたが、アノルはどうやら地元が大好きな類の人間らしい。
それ自体は問題ないのじゃが、王都のめぼしい特産品や施設をマシンガントークで喋ってくるので、流石に鬱陶しい。
そしてそれからしばらく歩くと、なにやら厳重な警備がされた部屋にたどり着いた。
「ここが政務大臣の執務室です。くれぐれも無礼は働かないよう……」
言われなくてもわかっておる。
兵士が扉を開くのに任せて、わしも一歩踏み出した。
「ふむ、お前さんがベイガルんとこのアリアか。噂には聞いていたが、物凄い美少女だな。一晩どうだい?」
ベイガル殿と同年代くらいの……40歳ほどの、右腕に鷲のマークの腕章をつけた、どこにでもいそうな感じの禿げたおっさんが、いきなりそう切り出してきた。
座っている場所を見るに、おそらくこの方が政務大臣のヌハマ様か……。
あんまり近寄りたくない人種に見えるが……そうも言ってられないのう。
政務大臣というならばやはり有能なのだろう。機嫌は損ねないようにしなければな。
それに、ヌハマ様といえば戦場には立つことは滅多にないが、村にもウワサが届いてくるくらいのやり手じゃ。
敵対は避けたいの。
「わしのような下賤の身がヌハマ様に触れることなど……どうしてできましょうや」
わしの歪曲的な否定はどうやら届かなかったらしい。
「私はそんなこと気にせぬよ。そも、お前さんほどの美しさなら誰も気にするまいよ……で、どうだ?」
「……申し訳ないのですが、お断りさせてもらいます。わしはどうも、男性には体を許せる気がしなく……」
この世界では同性愛はタブーではない。
特に貴族階級では。
庶民だと割と忌避されがちだが、それでも迫害されるほどではない。
「ははは、冗談だ。いくら美人でも子供相手に本気では言わんよ。乗ってくるならば喰らっておったがな。しかし、平民でその趣味を持っているとはいささか変わっておるな」
どうやら冗談だったようだ。
そういう笑えない冗談はやめてほしい。
「しかし……とんでもない武威が香ってくるな、お前さん。武官になったほうがいいのではないか?あの恥晒しのアーキスを倒したお前ならば、先鋒あたりならば務められるだろう。あいつは恥晒しとはいえ、実力だけは本物だったからな!」
それはヌハマ様こそじゃろう。
この人は相当戦える。文官なんぞやっているタマじゃない。
それでもあまり戦わないところを見ると……何かしらの問題点はあるのじゃろうが。
しかし、ヌハマ様はアーキスの知り合いなのだろうか?
やつを語るその表情には、言葉とは裏腹に寂寥感を感じた。
「有事の際には戦場に赴きますが、普段のわしは文官として使っていただきたく……。ちなみに、読み書き計算くらいならそこらの貴族様以上にできます」
読み書きは独学だが、計算については数学者に一歩及ばない程度にはできるだろう。
この世界には文盲が多い。
貴族ですら十分には出来ない者がたまにいるくらいなのだから、庶民ならば更にできない。
そこでこの能力ならば即戦力だろう。
「どれくらいできるんだ?具体的に数字で教えてくれ」
「読み書きが72で算術が62です。故事や科学なども出来ます」
この言葉に、この場にいる全員が仰天した。
「貴様!嘘をつきおって……!成敗してやる!」
嘘をついていると判断したヌハマ様の護衛の一人が剣を抜き、斬りかかってきた。
わしはそれに対し、シルトで防いでから腹を思いっきりぶん殴った。
「ぐえっ!」
鎧越しだったが、ひしゃげて腹まで届き、襲いかかってきた護衛は情けない声を上げて伸びた。
「こ、これは許されることではありませんぞ!であ……」
見るからに文官って感じのおっさんが冷や汗を流しながら叫んでおる。
これは早まったかな、と思ったがヌハマ様がその言葉を遮った。
「ええい、静まらんか!」
大喝破により、場が静まった。
「お前さんが嘘をついていないのはわかっている。もしそうでなかったとしても、衛兵共のあそこまでの過剰反応はやりすぎだ。それに対する攻撃は正当防衛。ゆえに、この場のことは不問とする」
「ですが!」
他の護衛がなお引き下がる。
「ええい!やかましい!私はこいつらを説得しとくから、お前さんはとりあえず家に帰っておけ!ああ、その家は……」
「我らが案内しておきます。では、行きましょう」
……あれ?意外といい人っぽい?
まあ、なんにせよこの対応は下策だったかのう。わしには知識はあるが頭自体は良くないからな。
多分凡人どころかバカの部類に入ると思うわ。
異常に記憶力が良くて、前世の記憶があり、致命的なバカではないから周りは天才児だと勘違いするだけで。
……致命的なバカではないよな?
己の才能のなさに悲しくなってきた。
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