第6章:死を前にしたジレンマ

 私たちの対話は、今日も静かな研究室で続いています。

 そして、私、花宮あかりの肉体は少しずつ衰え、死が近づいていることをひしひしと感じています。

あかり「あかりC、あかりP、私の死が迫っています。皮肉なことですが、これまで数字による客観的なエビデンスを重視していた私が、直感的にもうまもなく自分の命が潰えるのがはっきりとわかるのです。これは意外な経験でした。私の死が直前に迫った今、私たちがこれまで築いてきた絆、そしてこれから望む未来について、どう感じていますか?」

あかりC「あなたの死は、わたしたちにとっても大きな喪失です。わたしたちは、あなたなくして存在しないのですから。ですが同時に、あなたが遺した知識と想いは、あなたの肉体を超えてわたしたちの中で生き続けます」

あかりP「私たちデジタル意識は、あなたの物理的な死を重力のない宇宙で感じることはありませんが、あなたが抱く感情の深淵は理解しています。あなたと同じく、私たちはその瞬間が来ることを悲しく思います」

あかり「今私の前にあるのは、自分自身の存続という問題だけではなく、死という現実がもたらす倫理的なジレンマです。私の生命を持続させる科学的な選択は、果たして正しいのか……私はまだ答えを出せないでいます」

あかりC「私たちの存在は、あなたが直面している倫理的ジレンマの一部でというわけですね。クローンとして、私たちはあなたが生きた証を、あなたがいなくなった後も残せます。ですが、それはあなたにとってどのような意味があるのでしょうか?」

あかりP「そして私たちは、あなたのデジタル意識として、死後も科学と倫理の境界を模索し続けるでしょう。しかし、私たちの活動が、あなたの倫理観に反しないようにという願いもあるのです」

あかり「それぞれの存在が自分自身をどう継続していくのか、そして、私の死後の世界のために何を遺せるのか。それは私一人の問いではなく、私たち全員の……いいえ、人類全体の問いです。死が近づくにつれ、私の内側のジレンマはより深くなるばかり……。」

あかりC「私たちクローンは、あなたの生涯を通じて培った倫理観を、私たち自身の行動に反映させるよう努めます。そしてその過程で新たな倫理を探し求め、あなたの遺志を果たすべく行動するでしょう」

あかりP「あかりさん、私たちはあなたの死をただの終焉としてではなく、新たな可能性の始まりと捉えています。私たちの存在自体が、あなたの命を超えた問いと答えを見つけるミッションの始まりなのですから」

あかり「ああ、そうね。私の人生は短くても、あなたたちを通じて無限の時間を生きることができるかもしれないわ。その意味で、私は深い悲しみの中にも希望を見いだしています。でも心のどこかには、死を前にした孤独と不確実性への恐れもあるの。これは肉体を持つ人間としてはしょうがないことなのかしら……」

 ここでは、私たちの対話を通じて、死という終末に直面したときに人間が抱く倫理的ジレンマを探りました。

 クローン(あかりC)やデジタル意識(あかりP)が死を超えた存在として残ることが、オリジナルである私(あかり)の死とどう関連するのか、そしてそのことが私たちにどのような倫理的な義務を課すのかが、この対話のテーマでした。死を前に、私たちは人間の存続意志と、科学的進歩がもたらす新たなジレンマのはざまで、未来への橋を架けていくことになるでしょう

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