僕の宿題と地球の運命

@oka2258

全話

「あれ、これ温度が上がってる」


夜寝る前、適正に育成されているかチェックに来た僕がその数値を見て思わず呟くと、それを聞きつけた母が話しかけてきた 。


「どうしたの、何よそれ」


「学校の宿題だよ。

アクアリウムを渡されて、生物を増やしてサスティナブルな環境を作るようにだって」


「へぇー、最近は環境問題が話題だからな。

学生に問題意識をもたせるのか」


新聞を読んでいた父も話に加わる。


「これをうまく育てられるか、成績にも反映するんだって。

もうクラスの半分以上は干上がったり、凍ったり、爆発させたりで脱落。


僕はクラスで1番を目指してるの。

だからとっても大事にしているんだよ」


僕の言葉を聞いて姉が笑った。


「そんなこと言って、あんた、部屋で遊んでいた時、それにボールをぶつけて半泣きになってたじゃない」


「ちょっと失敗しただけだよ。

あれでアクアリウムが少し損傷して、大きな生物が絶滅しちゃったけど、その後から小さなのがわらわらと生まれてきて助かったよ。

あの絶滅した生き物、強そうでカッコ良かったのになあ」


「はいはい、それで温度が上がったと言ってるけど大丈夫なの」


成績に関わると聞いて母が心配してきた。


「温度設定をちょっと下げてみるかな。

なんかこの生き物の活動で上がってるのかもしれない。


そうそう父さん、この生物はやたら暴れて他の種類の生き物を全滅させたり、たくさん共食いして困っているんだけど、どうにかならないかな」


僕の相談に父さんはどれどれと寄ってきて、拡大顕微鏡で様子を見てくれる。


「このアクアリウムは水の部分が7割くらいだが、陸地もあるな。

陸地で大繁茂しているこの生白い生物が問題なんだな。


ふんふん、これはFe病だな。

これにかかるとその種は加速度的に周囲の環境を悪化させる。

これを撒いてご覧」


父さんは環境改善用の薬剤を渡してくれた。


「ありがとう。

少し数を減らそうと思って何種類か薬を撒いたんだけど、最初は三分の一くらい死んで効果抜群だったのが、最近はすぐに効かなくなるよ」


「それは抵抗性ができてきたな。

まあ、これは違う種類の薬だ。

これでかなり大人しくなると思うよ」


僕は、アクアリウム調整器の設定温度を下げて、それから父さんにもらった薬をまんべんなくまいておいた。




少年は手首を縛られて兵士に連行されていたが、村の広場に来ると荒々しく突き飛ばされて、妹ともに尻餅をついた。


この悪魔どもは僕たちの家や村に爆弾を落とし、父母や兄弟姉妹、友人を皆殺しにして、遂に隠れていた僕と妹も捕まえた。


僕たちが何をしたというのだ!


「せめて妹だけでも助けて!」


僕が叫ぶと、まだ5歳の妹は何もわからずに僕にしがみつく。


「テロリストの子供はテロリストになる。

お前達は全員テロリストとして処刑する」


敵の兵士は無表情にそう言って銃を構えた。

周りには百人以上もの老若男女が震えて、抱き合い殺されるのを待つ。


「撃て!」

隊長の命令で引き金が引かれる。


僕は少しでも銃弾が当たらないようにと妹に覆いかぶさった。


カチカチ…


「あれ、不発なのか?」

兵士が怪訝な声を出す。


「見ろ、銃が溶けていく。

いや、戦車もミサイルも」


空では我が物顔に飛んでいた戦闘機が突然墜落していく。


戸惑う兵士に一人の男が殴りかかっていく。


「痛!何をする」

兵が振り向けようとする銃はもう半分溶けている。


「みんな、石を投げろ。

男はこいつら殺戮者と戦え!」


馬乗りになり石を持って殴り続ける男が叫ぶ。


「「うぉー!

これまでよくも家族を殺してくれたな。

この恨みを晴らしてやる!」」


押さえつけられていた民衆は一斉に蜂起した。


銃も戦車も戦闘機もなくなった軍隊は数で圧倒的にまさる民衆の蜂起の前に撲殺されていく。


「撤退だ!」


敵兵は逃げていくが、僕たちの恨みは収まらない。

敵国で安穏としていた住民の家を放火し、物を壊し、人を殺してやる!


世界各国で虐げられた民は、火器が使えなくなったことを知ると立ち上がる。

兵士は逃亡し、これまで力で支配していた支配者は嬲り殺しにされる。


ゾウやライオン、ゴリラなどの密猟者は銃を失い、狩りができなくなる。

アマゾンなどの未開地ももう開発することはできない。


武器だけではない、鉄を使ったすべての製品、車も船も飛行機も高層ビルも腐食し、なくなっていく。


世界は産業革命以前の木と石の暮らしに退化した。


それと同じ頃に地球の気温は低下し、氷河期に突入する。


「神の御業だ!

神は人間の所業に怒られている!」


僧侶が雪が降る荒野で絶叫する。


寒さが厳しさを増し、農機具が使えなくなり食料は激減した。

残された食べ物を求めて、人々が棍棒で争う中、多くの人々が死んだ。


「神よ、我々は悔い改めます。

どうかお慈悲を給い、鉄を使わせてください」


教会での祈りも虚しく、今日も鉄製品は腐食する。




「父さん、ありがとう。

お陰でアクアリウムはうまくコントロールできて、生態系が安定したよ。

この生白い生き物も数を減らして、大人しくなった。


アクアリウムの生育ももうクラスで残っているのは数人。

最後までこの調子で頑張るよ」


やれやれと僕はアクアリウムをもう一度眺める。

ようやく生態系のバランスが取れて、サスティナブルになってきた。


この生白い生き物、本当に厄介だな。

現れたときから他の生き物を次々と絶滅させ、共喰いをし、下手したら自滅しそうな破壊本能は直しようがない。


時々、ペスト菌とか入れて減らしてきてもすぐに増える上に、最近のエイズやコロナはすぐに効かなくなったし、困っていたんだ。


さすが父さん。

コイツ自身じゃなくて周りの生存環境を修正すればいいのか。




「そして人類は使えなくなった鉄の代わりにその代替品を発明し、再び文明を再興しました」


教師の講義に生徒が尋ねる。


「鉄が使えなくなった原因はわかったのですか?

教会に行くと神の怒りだと牧師さんが言ってましたが」


「残念ながら不明です。宇宙から未知のウイルスが来たのではとも言われています。

神の怒りという非科学的なことを言っては進学できませんよ」


教師の言葉を聞き流して窓の外を見ていた生徒が叫ぶ。


「先生、あれはなんですか!」


空に大きな掌が伸びてきて、見渡す限りの地上を掴む。


「環境調整器を切らなきゃ」


空の上から聞こえてきたその言葉とともにパチッと音がして、真っ暗に、そして寒くなる。


地球上のすべての生物は暗闇と激しく地面が揺れる中、うずくまって動きが収まるのを待った。



「お母さん、このアクアリウム、1番出来がいいと褒められた。

理科の成績は加点してもらえるよ。

お父さんのアドバイスのおかげだ」


「良かったわね。

もうアクアリウムいらないなら、明日の燃えないゴミの日に出すから小さくしてゴミ袋に入れておいて」


僕は青くて丸いアクアリウムを調整器から取り出して、下に置くと足で踏み潰して小さくしてゴミ袋に入れた。


ああ、これで毎日これをチェックする仕事がなくなって助かる。

その分ゲームの時間を増やせるぞ。

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