第6話お見合いをぶち壊せ

 いよいよ詩織とIT企業の若社長とのお見合いの日がやってきた。


セレブな両家のお見合いらしく、場所は都内でも有名な風情のある高級割烹料亭が会場となった。


約束の時間より少し早く到着した詩織は一人中庭に佇んで、ほんの一時間ほど前にシチローが話していた言葉を思い出していた……


『いいかい、詩織さん。君は自由が欲しいと言ったけど……自由である事が必ずしも幸せであるとは限らない。大抵の人間は、自由と共に社会の重い責任を背負って、時にはその重みに押し潰されそうになりながら必死に生きているんだ。詩織さんには、その覚悟が出来ているのかい?』



「覚悟かぁ……」



そう呟く詩織は、中庭にある池の同じ所を何度も行き交い泳ぐ鯉の姿と今の自分とを重ね合わせて眺めていた。



やがて、先方のIT社長とその母親が現れ、詩織の父親『太蔵』と挨拶を交わし始めた。


一方……シチロー達は、別室に集まりこれから始める作戦のおさらいをしていた。



「相手は、最近IT業界で頭角を表してきた『ライク・データ』の金田持高社長……IT企業といっても、その利益の殆どは企業売買と株取引で築き上げた金だ。」


「そんな金の亡者みたいな奴と、詩織さんを結婚させる訳にはいかないわね!」


「じゃあ、最初はひろきで次がコブちゃん……そして羽毛田に乱入して貰うって手筈で行くよ」


「オーケー」



手順の確認が済むと同時に、隣の部屋ではちょうど詩織達のお見合いの方も始まったようだ。


「まぁ~何ですな、親が付いていては本人達も何かと遣りづらいでしょう……ここは若い二人に任せて」


詩織の父、太蔵がお決まりの台詞を吐くと詩織と金田を残して二人の親は、早々と退席していった。


「よし! 作戦開始だ」


お見合いの相手の金田は、自信過剰な男だ。


詩織の趣味が読書だと知ると、自らの愛読書のタイトルを聞きもしないのに述べ始めた。


「そうですね~僕が読んでいるのは……『マネー・トッププラン』『M&A処世術』『株取引マジック』……」


「みんなお金の本ばかりなんですね……」


「まぁ~結局、世の中は金を持っている者が勝つ世界ですからね……僕と一緒になれば、一生勝ち組を保証しますよ」


「それで、幸せなんですか?」


「それ以外の幸せがあるとでも?」


まるで、世界が自分を中心に回っているかのような金田の口振りに、詩織は言いようのない嫌悪感を抱いた。


やがて、部屋の襖の向こうから“失礼します”という声が聞こえ、女中に化けたひろきが料理を乗せた盆を持って現れた。


「お料理をお持ちしました。」


膳に並べられた色とりどりの上品な割烹料理を見て、金田は満足そうな顔を浮かべる。


「いやぁ旨そうだな。詩織さん、早速頂きましょう」


そう言うと、金田はいち早く大好物の伊勢海老に箸を付けたのだが……


「うげえぇ~っ!」


金田は伊勢海老を口にした途端、悶どり打って転がり回った!


不味いなんてもんじゃない! ……まるで腐っているのかと思う程だ。


「なんだこりゃあ~! おいっ!」


金田は、えらい剣幕でひろきに向かってクレームをつけた。


「こんなもん食えるかあ~っ!」


しかし、ひろきは落ち着きはらってこう答えた。


「あれ? 変ですね、あちらのお客様は美味しそうに召し上がってますけど……」


見ると、詩織は同じ伊勢海老をにこやかな顔で食べている。


「とっても美味しいですわ。この伊勢海老」


首を傾げながら、今度は旬野菜の和え物に手を出すが……


これがまた、口から火が出る程辛かった!!


「おいっ!!」


「まあ~この和え物の味付け、とっても良いわ~私の作る料理もこの位よ。」


金田は、畳に仰向けになりながら思った。


(とんでもねぇ味オンチ女だ……料理なんて絶対作らせられねぇ……)


「ハッハッハ不味い料理は、お前の前の物だけだよ」


別室で、あらかじめお見合いの部屋に仕掛けておいた隠しカメラの映像を観ながら、シチローは笑い転げていた。


不味い物を食べさせられて機嫌悪そうにしている金田に向かって、ひろきが申し訳無さそうに謝罪する。


「私共の料理が、金田様のお口に合わなかったようで」


「まったくだ!……今日はついてないな!」


「金田さんは確か、十月生まれの天秤座ですよね?」


“ついてない”と言う金田に、詩織は持ってきた鞄から占いの本を取り出し、金田の今日の運勢を調べ始めた。


金田はこれでも、結構『ゲンを担ぐ』タイプの人間である……なにせ株取引のようなものは、経済の分析力もさる事ながら、勘や運に頼る事も多分にあると考えているからである。


興味深そうに詩織の占い本を覗いている金田の様子を見て、ひろきは次の作戦に移った。


「占い好きなんですか……それでしたら、本日この料亭にがお見えになっているんです。良かったら、こちらへお呼びしてお二人の相性など占って頂きましょうか?」


ひろきの提案に詩織と金田の二人は、喜んで賛同した。


「それは面白い、なかなか気が効くじゃないか金なら払うぞ。」


(著名な占い師なら、的確な占いをしてくれる筈だ。この先上がりそうな株の銘柄でも占ってもらうか。)


“それでは”と言ってひろきは立ち上がり部屋を出て行った。そして数分程すると、妖しい音楽と共に襖がすっと開き……紫色のそれらしい服装に目尻を吊り上げたような濃いアイライン……如何にも占い師という格好で、子豚が登場した。


『子豚ちゃんのズバリ言うわよ!水晶占い!』


「アンタ本当に著名な占い師なのか? ……見た事ないぞ……」


「私はTVに出たりしないから! ……なにをかくそう私は事を既に予言していたのよ!」


「それはスゴイのか……俺も当たらないと思ってたけど……

まぁいい、とにかく占ってくれ」


子豚は用意していた水晶玉に手をかざし、目を閉じて暫く無言でいた。時々“うんうん”と頷いている……


やがて、頭を上げ目を開くと金田に向かってこう言った。


「アナタとその女性の相性は最悪です! もしも、この二人が結婚するような事があれば…アナタの会社の株は大暴落! そして倒産! ……さらに外を歩けば、し! そして何より事になるわ!」


金田は、子豚の予想外の占い結果に驚嘆した!





「なんだとぉ~! だってぇ~!」



「もっと重要な事を言っただろっ!」


モニターの画面越しに、シチローがツッコミを入れた。


子豚が導き出した占い結果に、金田は憤慨した。


「なんだその占いは! 悪い事ばかりじゃないか!」


子豚は金田をなだめるように、こう答えた。


「これは、あくまでアナタと彼女が結婚したら……という事よ。

今ならまだ運勢を変える事が出来るわ。」



しかし、子豚の占いの内容は非現実的過ぎると金田は思った。


「大体、俺がヤクザに撃たれるなんて信じられる訳が無いだろ!」


そう言って、そっぽを向く金田の耳に、庭先の方から人の言い争うような声が聞こえてきた。


「ちょっと! 何ですかアナタは! 勝手に入って来られたら困りますよ」


「うるせえ! ここに詩織お嬢さんが来てる事は、判ってるんだよ!」


見ると、料亭の従業員の格好をしたてぃーだが、無理やりに敷地内に入ろうとする羽毛田を懸命に制止しようとしている姿が目に入った。


「詩織お嬢さん! お見合いなんて、あんまりじゃねぇですか! ……『若』は本気でお嬢さんの事を想っているんですよ!」


羽毛田は、てぃーだの制止を振り切って詩織と金田の居るお見合い会場に踏み込んでいった。


一体何が起きているのか事情がさっぱり分からない金田は、詩織に突然現れたこの男が誰なのか?と尋ねた。


「お騒がせして申し訳ありません。

この方は『関東竜神会』の新宿支部を預かる、若頭『藤堂竜也』さんの懐刀……『羽毛田鶴太郎』さんです!」


「関東竜神会だってぇ~!!」


金田は、詩織の説明に腰を抜かした。

……関東竜神会と言えば、この関東一帯を取り仕切る国内最大級の暴力団組織である。今目の前に居るのが、関東竜神会の中でも特に武闘派として恐れられている新宿支部の若頭の懐刀だという。


「何故、暴力団が詩織さんの所になんか……」


そう言い掛けた金田の方を、羽毛田が迫力のある強面の表情でギロリと睨みを利かせる。


やがて詩織が、悲しそうな表情で語りかけ始めた。


「竜也さんの事は、私だって愛しているわ……

だけど、竜也さんと私とは所詮は『ロミオとジュリエット』の関係……私は結局、親の決めた結婚相手としか結ばれる事が出来ない運命なのよ。

ああ…竜也さん……どうしてあなたは竜也さんなの!」


呆然とする金田の前で演技は続けられた。


羽毛は肩をブルブルと震わせ、拳を硬く握った。そうして、暫く悔しそうに俯いていたが、ゆっくり顔を上げると誰に向かって言うともなくこう言い放った。


「仕方がねぇ……所詮俺達はヤクザな稼業だよ。

しかし、このままじゃああまりに若が可哀想ってもんだ!

…詩織お嬢さんと結婚しようなんて『命知らず』の野郎が、なんて事がなけりゃいいがな!」


「ヒッ…ヒェェ……」


羽毛田の台詞を聞いて顔面蒼白になった金田が、ムンクの『叫び』のような格好で固まったまま動かなくなった。


「ほら、やっぱりわたしの占いは当たったでしょ」


入口のそばに立っていた子豚が、ニヤリと口角を上げた。







その様子をモニターで見ていたシチローは、満足そうに頷いていた。


「ここまでは、ほぼ計画通りだ。さぁ~て、いよいよ最後の仕上げにかかるか!」










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