第4話AI対話くん

「結局それで別れてきちゃったの?」


森永探偵事務所では、耕太からの報告を聞いたシチロー達が溜め息をついていた。


「いい雰囲気だと思ったのにな……結局、告白はしなかったんだね。」


「告白なんてとんでもない! 小説の話をするのが精一杯で、とてもそんな事は!」


耕太は顔を真っ赤にして答えた。


肝心の耕太がこんな調子では、この先の恋の進展は難しいものになりそうだ。


シチローは暫く腕を組んで考えていたが、やがて何かを思いついた様に手をポンと叩いた。


「よし! アレを使うか!」


そう言って奥の部屋に引っ込むと、暫くして何やら『iPod』のような電子機器を持って再び現れた。


「シチロー、何それ?」


ひろきが興味深そうに覗き込んで尋ねる。


「知り合いの電子機器メーカーの奴に頼んで作って貰った……『自動対話機能付きボイスチェンジャー~AI対話くん』」


シチローが得意そうに胸を張って答えた。


『自動対話機能付きボイスチェンジャー~AI対話くん』とは、いったいどのような物だろうか。


「こうやって使うんだ。…例えば……

愛してる。大好き。欧米かっ! そんなのカンケーねぇ! 腹減った。ありがとう。etc…こうやってあらかじめ適当に思いついたいろんな言葉を吹き込んでおく……そうしたら……例えばひろき、何か質問してごらん」


「シチロー、あたしの事どう思う?」


『大好き♪』


ひろきの質問に、AI対話くんがシチローの声で答えた。


「こうやって、質問の内容にピッタリの言葉をAI対話くんが先程の中から自動的に選んで答えてくれる。」


「スゴイ! AI対話くんの声、すごく心がこもっていたわ!」


子豚が感心したように言った。


「それもこの機能のひとつ……吹き込んだ声に比べ、再生される声はより感情のこもった相手の心に訴えるものに修正される。」


「へえ、出来の悪い舞台役者に使えそうね」


てぃーだが笑ってそう言った。


「この『AI対話くん』に耕太君があらかじめプロポーズの言葉を吹き込んでおき、これを持って詩織さんと二人の時間を作れば良い訳だ。」


詩織が喜びそうな愛の言葉のみをこの対話くんに吹き込んでおけば、詩織を不機嫌にさせる心配は無い。


この『AI対話君』を使用するにあたり、まずはセッティングが必要になる。


耕太は、まるでAI対話くんにプロポーズでもするかの様に、小さな電子機器に愛の言葉を詰め込んだ。


『愛しています』『世界中の誰よりも』『とってもセクシーで最高だ』『世の中がどう思おうと関係ない』『今夜は朝まで帰らせないよ』『キスしてもいいですか』『君を守りたい』…etc……


様々なパターンを想定して、耕太の言葉は対話くんに吹き込まれた。


「これでよし。あとは、詩織さんを誘うだけだ」


名付けて

『プロポーズ大作戦』始動!



☆☆☆




翌日……図書館に現れた詩織に約束していた本を渡し、耕太は“少し話をしませんか”と詩織を図書館の中庭へと誘う。


そして暖かい午後の日差しを浴びて、二人は中庭のベンチに座った。


「いよいよだな……」


建物の影に隠れて二人の様子を見守るシチロー達……


しかし、万全と思われたこの作戦にも一つだけ欠点があった。


『対話くん』は、相手が何か喋らなければ答える事が出来ないのだ。


あの夜の時とは違って、二人は黙ったままだ……


「あ~~っ! はがゆいわね!」


「何か喋って! 詩織さん!」


子豚とひろきが、じれったい声を出した。


「シッ! 詩織さんが何か喋りそうだ……」


耕太に仕掛けた盗聴器の音声が、詩織の声を捉えた。


最初に沈黙を破ったのは、詩織の方だった。


「小説、ありがとうございます」


「いえ……いつも貸出中で申し訳ありません。上司には、もっと数を増やすように頼んでいるんですが……」


「上司って、いつも裏で古書の整理をしている方ですね。

どんな方なんですか? ……耕太さんと仲が良いの?」


耕太は、頭を掻きながら答えた。


「いやあ~、あの人は……」




『愛しています!』






対話くんが始動した。



「え?・・・今、愛してるって…男の人ですよ?…それって……」


「いや…あの……」






『世の中がどう思おうと関係ありません!』


再び対話君が、詩織の質問に対して膨大なデータベースから回答を導き出した。しかし、その回答は耕太の期待する回答とは若干の違いがあるようだ。


詩織は驚いた顔を見せたが、それは耕太に失礼だと思い冷静を装って話を続ける。


「へ…へぇ……どんな所が気に入っているんですか?」


「いや…だからですね……」






『とってもセクシーで最高ですよ♪』






「なんだか、おかしな状況になってきたぞ……」


シチローが額の汗を拭った。


「知らなかったわ……もしかして、プライベートでも……」


詩織は、想像してはいけない光景を想像してしまった。


「いや! …決してそんな事は……」


その時、図書館の窓がガラリと開き……噂の上司が顔を出して、耕太に向かってにこやかに声を上げた。


「お~い、山口君~。そろそろ休憩時間終わりだぞぉ~。」






『よ~し! 今夜は朝まで帰らせないぞ~♪』






AI対話くん……

『暴走モード』突入……


「・・・じゃあ……私、そろそろ行かなくっちゃ……」


「ああっ! 詩織さん! 違うんです!」


「少し改良の余地がありそうだな……『AI対話くん』は……」


シチローが残念そうに呟いた。


こうして『プロポーズ大作戦』は失敗に終わった。




静まりかえる中庭のベンチの上。冬の木枯らしが、独り残された耕太の足下を寂しく通り抜けていった。






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