第43話 謝罪

◇優視点◇


「―—それじゃあ、文化祭でやる出し物について話し合いを……」

「…………」


 くじ引きの結果、文化祭実行委員になってしまい、早速先生に文化祭の出し物について話し合うように言われたので、黒板の前でそう切り出しながら教室を見渡す。

 文化祭という高校生なら多くの人は盛り上がるであろう話題のはずだが、クラスメイト達の表情は明るくない。


 おそらく俺と別の誰かが実行委員になったとしても、多少ギクシャクはしつつも文化祭を楽しみたい生徒たちが出し物の案を出し合って次第には盛り上がっただろう。


 ―—こうなった原因はなんとなくわかっているが、どうしたものか。


 だが、隣にいる白瀬がしたことによる戸惑いが大きすぎて、みんな話し合いどころではないようだ。


 隣で同じように黒板の前に立ってクラスメイト達の様子を神妙な表情で見渡す白瀬を横目でチラ見する。


 白瀬薫―—美人でお淑やかなで、クラス分け隔てなく誰にでも優しく接し、入学して間もないのに、生徒教師問わずみんなから絶大な信頼と人気を得ていた女子生徒で……俺が冷たい態度で突き放し、ひと悶着あったクラスメイトだ。


 そんな彼女が俺と一緒に実行委員をやっているのだから、みんなが戸惑うのも無理はない。

 正直俺も戸惑っている。


「……みんな、どうしたの?文化祭の話し合いなのになんだか暗いよ?」

「いや、だって薫ちゃん……早乙女君とは……その……」


 白瀬の問いかけに、最前列に座っている女子生徒が気まずそうに声を上げる。


「私と早乙女君がどうしたの?」

「えっと、その……」


 クラスメイト達が戸惑っている原因を、白瀬が理解していないはずがない。

 つまりこれはあえて聞いている。


「……そいつ、白瀬さんにひどい態度取ってた挙句、反省した様子も見せずに知らん顔をしてたロクでもない奴だろ?なんで白瀬さん、そいつと同じ実行委員に立候補なんかしたんだよ?」


 答え辛そうにしていた女子生徒を見兼ねてか、別の男子生徒が代わりにみんなが抱いているであろう疑問を口にする。

 俺の評価が地の底だという点に思うところはあるが、ごもっともな疑問だ。


「……みんな勘違いしてるみたいだけど、私は別に早乙女君のこと嫌いじゃないよ?」

「えっ……?」

「……えっ」


 白瀬の意外な言葉に、俺と先ほどの男子生徒は固まってしまった。

 彼女には十中八九嫌われていると思っていた。

 

「それに、早乙女君はいい人だよ?……ね?橋本さん」

「うん。私この間困ってるところを助けてもらったし、話してみたら普通にいい人だったよ。ちょっと捻くれてるみたいだけど」


 話を振られた橋本は、白瀬の言葉を肯定する。

 確かにあの日以来、挨拶くらいなら普通に交わせるくらいの仲にはなっている。

 だが突然『いい人』と言われて、困惑やら照れくさい感情やらで何とも言えない気持ちになる。


「だってさ、みんな。彼は悪い人じゃないし、話してみたらきっとみんなも話せると思うんだ。だからあのときのこととか忘れて、今は一緒に協力して楽しい文化祭にしようよ」


 そう言いながら、真剣な表情でクラスのみんなを見つめる。

 どういうわけか白瀬は、クラス内の俺の悪評を取り払おうとしているようだ。

 彼女は被害者で、そんなことをする義理はないはずなのに。


「で、でも……簡単に信じられないよ、そんなやつのこと」


 白瀬の言葉に、いまだ納得できない様子の男子生徒がまた口を開く。

 ―—白瀬と橋本にここまで言わせて、このまま俺がなにもしないわけにはいかない。


 白瀬の真意はわからないが、俺のせいで彼女がクラスのみんなから変な目で見られるようなことはあってはいけない。

 なら俺がするべきことは……。


「……ごめん」


 俺はクラスのみんなの前で頭を下げる。


「あのとき白瀬に対して取った態度が間違っていたこと、みんなを傷つけたこと、今更だと思うけど、ここで謝らせてほしい」


 俺にできることは、あの日のことに対しての謝罪と、この文化祭実行委員という役割を通して、彼女たちが正しいと身をもって証明することだ。


「白瀬も、あのときはごめん。俺の一方的な感情でお前を傷つけたことに変わりはない」

「…………」

「頼む……すぐに俺のことは信用できないかもしれないけど、この文化祭を通してみんなの信頼を少しでも得られるように努力する。だから……」

「……あーもう!わかったよ!」


 突然先ほどまで否定的だった男子生徒が大きな声を出しながら立ち上がった。

 

「ここでお前の謝罪なんかを蹴ったら、白瀬さんも橋本の言っていることまで否定することになるからな。だから二人が間違ってないことを証明してくれ」

「……わかった」

「……悪いみんな。勝手に話進めたけど、それでいいか。文句なら俺と早乙女に言ってくれ」


 彼―—桐山きりやまは困惑しているクラスメイト達に向けてそう言った。

 

「……ほら、時間もあんましないし、とっとと出し物決めちゃおうぜ。早乙女」

「はいはーい!みんな!いまは暗い顔してる場合じゃないよー!」

「……そうだね。せっかくの文化祭だもんね」

「俺ラーメン屋やりたい!」

「いや無理でしょーラーメン屋は」


 桐山の言葉で、クラスメイト達が文化祭のことについて考え始め、いつもの空気に戻る。

 

「ほら、早乙女君。みんなの意見まとめないと!」

「あ、ああ。それじゃあみんな、改めてよろしく頼む!」


 まだ完全に蟠りが消えたわけではないが、今だけは受け入れてくれるクラスメイト達の信頼を得るために、そして自分を大きく変えるきっかけにできるように、いまはこの文化祭に全力で臨もう。

 そんなことを考えながら、次々と意見を出し合うクラスメイト達に翻弄されつつ、文化祭でやるクラスの出し物を話し合っていくのだった。



 ちなみに最終的に無難な喫茶店をやることで話がまとまった――。

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