第5話 聖女様の初めて②

◇優視点◇ 


 明日の予定を決めたところで、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 注文していたピザが届いたようだ。


「お、ピザが来たみたいだね。受け取ってくるよ」

「量も多いだろうから俺も行く」


 ピザ3枚に飲み物と量も多いので、父さんと共に玄関で受け取りに向かった。

 代金を支払い、注文したものを受け取ると、配達員は「ありがとうござました。またのご利用お待ちしております」というとお辞儀をして戻っていった。

 ピザを持ってリビングへ戻って、さっそくテーブルの上に置いて、ピザを開ける。

 中にはできたてのピザが湯気を出して姿を現す。


「……これが、ピザ」


 食欲をそそるチーズの匂いがリビングに広がる。


「それじゃあさっそく頂こうか。熱いから気を付けてね」

「いただきまーす」

「ピザなんて久しぶりだわ~」


 注文していたダブルモッツァレラを一切れを、溶けて伸びるチーズに気を付けつつ口に運ぶ。

 柔らかい生地にふんだんに使われているチーズの味が口の中に広がって、上手い。

 たまに食べるピザは、なんだか贅沢している気分になる。

 アルフィリアはというと、どうやって食べればよいのかわからないようだったが、俺たちが手で持って食べているところを見て、同じように手でマルゲリータを一切れ取って口に運ぶ。


「……!」


 一口食べると、アルフィリアの青い瞳が大きく開かれる。

 食べたことのない料理なので、その味に驚いているのだろう。


「おいしい……!」

「ふふっ、それはよかったわ」


 どうやら口に合ったようで、どんどん食べ進めていく。

 といっても、その食べ方は非常に丁寧で、どこか上品なお嬢様を思わせる。

 そういえば、侯爵家の生まれと言っていた。

 ひどい仕打ちを家から受けていたようだが、貴族の令嬢なので礼儀作法は教えられているのだろう。


「はい、これ飲み物ね」

「ありがとうございます」

「ありがとう」


 父さんからコーラの入ったコップを受け取るとそのまま口に運ぶ。

 シュワシュワとした炭酸と柑橘系の味がほのかにするコーラの味が、先ほど食べたピザの味をリセットしてくれる。

 やはりコーラは最高の飲み物だ。


「……ごふっ!……コホッ!」

「アルフィリアちゃん!?」


 とコーラを堪能していると、隣ではアルフィリアがコーラを飲んでむせた。

 初めての炭酸で知らずに飲めば、こうなるのは必然だった。


「だ、大丈夫です。びっくりしただけです……」

「……優、こうなると分かっててわざとアルフィリアさんに炭酸の説明しなかったね?」

「なんのことだか」


 父さんにジト目で疑われるが、その通りである。

 

「まったく……それでオレンジジュースを頼んだんだね」

「炭酸とは、なんだか凄まじい飲み物ですね……」

「びっくりしただろ?」

「大丈夫?飲めそう?」

「が、頑張ってみます」

「無理しないでね?オレンジジュースもあるから」


 それでも挑戦する意思を見せ、恐る恐るコーラを少量飲む。

 今度は炭酸がどういったものなのか分かったうえで飲んでいるものの、やはり渋い顔をした。

 口の中ではじけるような感覚のする飲み物はやはり慣れないうちは厳しいだろう。 


「……」


 出されたものを残すわけには行かないと思っているのか、無理にでも飲み切ろうとしているようだ。

 やれやれ、仕方がない。


「貸して」

「えっ?」


 固まっているアルフィリアの手からコップを半ば奪うようにして取ると、残ったコーラを飲み干した。

 

「……はい。これで残してしまったとか気にしなくていいだろ」

「……」


 アルフィリアは空になったコップを見て、ポカンとしている。


「父さん、オレンジジュース」

「……はいはい。まったく不器用な息子だね」

「うるさい」


 父さんがオレンジジュースをコップに注いで、アルフィリアの前に置く。


「ごめんね。炭酸飲料は慣れないうちは厳しかったね。でもあれも優なりの気遣いだから」

「……ありがとうございます」


 お礼を言うと、オレンジジュースを口に運ぶ。

 

「……おいしい」


 オレンジの優しい味に少し表情が柔らかくなる。

 

「……それはなにより」

「ありがとうございます、優さん」

「……無理してたのが目に余っただけだから気にするな」

「あらあら、素直じゃないんだから」


 母さんがからかってきて、非常に気恥ずかしくなったので、誤魔化すようにしてピザを口に運ぶ。

 アルフィリアも安心したのか、またピザを手に取って食べ進めている。

 

「……ほんと、温かい」


 アルフィリアが食べながら、ふいにそんな言葉を零す。

 ピザはもう若干冷めてしまっているので、温かいとは程遠い。

 『温かい』とはどういう意味だろうか。


(……まあいいか。美味しそうに食べているなら)


 気にはなったが、深く考えても仕方がない。

 アルフィリアが美味しそうに食べれているこの空間に何かしら感じたのだろうと勝手に結論付けることにし、思考を放棄した。

 そのまま何事もなくほとんどのピザを食べ終えると、もう夜も遅いし、明日も朝から出かけることになったので寝ることにした。



◇アルフィリア視点◇


「寝るところ、俺の部屋のベッド使っていいから」


 夕飯を頂いたあと、夜も遅いということで寝ることになったのだが、なんと優さんのベッドを私が使うという話になった。

 居候の身で、ここまでよくしてくださっているのに、そのうえ寝床を奪うようなことはいくらなんでも恐れ多い。


「でも、優さんの寝る場所が……」

「俺はソファーで寝れるから」


 そう言って、彼はリビングに置かれているソファーを指さす。

 確かに人1人寝るには十分な大きさではありそうだが、そもそもソファーは寝るための場所ではないはずだ。

 ここは私がソファーで寝て、優さんは自分のベッドで寝るべきだと思う。


「ごめんねぇ。部屋は空き部屋があるんだけど、余りの布団は今洗濯してて……優の部屋のベッドで我慢してちょうだい」


 愛さんは布団がないことを申し訳なさそうにしながら、優さんの部屋のベッドを使うよう促す。

 どう考えても私のほうが申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、この家の方々は私に気を遣ってくれているのだろう。

 

「あの、それなら私がソファーをお借りしてもよろしいですか?」

「ダメよ。女の子をソファーで寝かせるわけにはいかないわ」

「でも……」

「アルフィリアもいろんなことがあって疲れているだろ。ソファーだと疲れは取れないだろうし、今日休んでおかないと明日が大変だと思うぞ。母さんに連れ回されるんだからな」

「ひどい言い草ね」

「事実だろ」


 明日はなんと私のための日用品や、さきほどピザを注文する際に使っていた道具……性能だけ聞けば金貨数十枚はくだらないであろうスマートフォンを買うために出掛けるとのことだった。

 寝床に日用品に、この世界で生活するうえでないと困るものまで用意してもらえるのは、非常にありがたい話だが、この恩をどう返せばいいのか頭を抱えたくなる話でもあった。

 当然この世界のお金はなど持っているはずもないし、返せるものはなにも持っていない。

 ここにいていい条件として出された家事やお仕事の手伝いだけで返しきれるものとは到底思えないほどよくしてもらっている。

 

「とにかく、今日は俺の部屋を使うこと。拒否権はない」

「……わかりました。ほんとうに何から何まで、ありがとうございます」


 おそらくここで私が遠慮し続けても、かえって困らせてしまうだろう。

 ここは素直に厚意を受け入れるしかない。

 いずれ、なんらかの形でこの恩を返す方法を考えなくては。

 愛さんたちに挨拶をしてから、二階にある優さんの自室へと案内される。

 相変わらず見たことのないものが多いが、きれいに整理整頓されているのは分かる。

 机には教材と思われるものが置かれているので、優さんはどうやら学園のような場所に通う学生なのだろう。

 見た目からしても年齢はおそらく私とさほど変わらないだろう。


「ベッドそこ使って。明日は朝早いから、しっかり休むように」

「ありがとうございます」

「じゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 優さんが部屋を出ると、私は使うよう言われたベッドの上に座り込む。

 ふかふかのベッドだ。

 これはよく眠れそうだ。


(……ここまでよくしてもらえるなんて……)


 最初は異世界に来たと分かった時は途方に暮れてしまい、どうすればいいかもわからないままだった私を受け入れてくれた。

 元の世界に帰れるのか、帰る方法があるのかも分からない。


(でも……私は戻りたいのでしょうか……あの場所に)


 ふと、そんな考えが頭の中に浮かんだ。

 自分自身を犠牲にして、民の為、国の為に尽くすあの日々に。

 尽くしても当然のことだと国王陛下にも民にも感謝されず、ただ働くだけの日々。

 

(きっと、私が居なくなったことを悲しんでいる人は、だれもいないのでしょうね)


 だって皆が望んでいるのは聖女であって、アルフィリア・マルガゼントではないのだから。

 聖女のかわりが見つかれば、私が帰ったところに居場所はない。

 きっと私はお役御免だと、帰れたとしても斬り捨てられてしまうかしれない。

 そんな場所に戻るより、一生この世界で……。

 とそこまで考えて、その身勝手な考えを振り払う。

 きっと疲れているせいで、このような馬鹿げた考えをするに違いない。

 明日はもっと大変だと言っていたし、早く寝たほうがいいだろう。

 ベッドの中に入り、布団を被る。

 とにかくいまはこの家の人たちの恩に報いるように頑張ることに専念するとしよう。

 帰る方法を探すのは、この恩を返しきってからでも遅くないはずだ。

 半ばそう思い込むようにして、目を閉じる。

 相当疲れていたのか目を閉じた途端に睡魔が襲い、私はそのまま泥のように眠るのだった――。

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