第2話 早乙女家

◇優視点◇


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 家に帰ったら自宅にいた謎の少女こと、アルフィリアをどうするか決めるため、母のあい、父ののぞむ、アルフィリア、俺の4人はテーブルを囲んでいた。

 アルフィリアとの邂逅後、疲れて眠ってしまったアルフィリア同様、俺もソファーに座ったまま眠ってしまった。

 そして両親が家に帰ると、息子と謎の少女と同じソファーで居眠りをしているものだから、あらぬ誤解を与えてしまい、状況の説明を求められ今に至る。

 俺とアルフィリアは場の気まずさから、なかなか話せずにいたのを見かねたのか、父さんが口を開いた。


「……優、いつまでも黙ってたら話が進まないよ」

「……そうだな」


 比較的穏やかな口調で説明するよう促してくれたおかげで、張り詰めた空気が少しだけ緩んだので、父さんに感謝しながら説明を始めた。


「……簡単に状況を説明すると、俺が学校から帰ったら異世界から迷い込んできた聖女、アルフィリアがリビングで倒れていて……」

「ちょっと待って、優」

「どうしたの母さん」

「……どこから突っ込めばいいのかしら?」

「……言いたいことはわかる。正直俺も困惑している」


 突然異世界から来た聖女がリビングで倒れていた、というだけでもツッコミどころ満載なのはわかるが、今はとりあえず信じてもらうほかない。


「えっと……アルフィリアさん……でよかったかな?」

「は、はい……。アルフィリア・マルガゼントと申します」

「君が異世界から来た……というのは本当かな。僕たちもにわかに信じがたい話で、疑って申し訳ないけど、ここへ来た経緯も含めて、説明してもらえないかな」


 困惑している母さんと俺とは違い、父さんは冷静だった。

 自分たちが疑っているということをしっかり伝えた上で、本人の言葉で聞いて真意を確かめようとしている。

 あまりの有能さに、俺の中での父さんの株が少し上がった。


「……わかりました」


 アルフィリアは一呼吸おいてから、説明を始めた。


「……私はとある国に仕える聖女で、ここへ来たのは一種の事故のようなもの……だと思います」

「事故?」

「はい。ここへ来る直前、国王陛下からの魔力災害の調査、対処を命じられました。その最中で、原因不明の魔力災害の膨張に巻き込まれて、気がついたらここで倒れていました」

「その魔力災害?ってなんだ?」

「魔力災害は、魔獣や魔物の死体から発生する魔力が充満し、周りに悪影響を及ぼす災害のことで、確認されている現象は様々ですが、総じて魔力災害と呼ばれています」


 聖女と名乗っていた時点でなんとなく察してはいたが、もしアルフィリアの言葉をすべて本当だとしたら、彼女のいた世界は魔法や魔物などが存在している危険な場所のようだ。


「……魔力災害?というのに巻き込まれたと言っていたわね。つまりここへ来たのは故意ではなく、偶然だったということかしら?」

「はい。私にも原因はわからず……その、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 アルフィリアは俺たちに深々と申し訳なさそうに頭を下げる。


「……うん。嘘を言っているようには見えないね」


 穏やかな表情を浮かべながら、父さんはそう言った。

 アルフィリアはその言葉に、驚きの表情で顔を上げる。


「……信じて、くださるんですか?」

「確かに信じがたい話ではあるけどね。でも、アルフィリアさんは信じてもらえないかもしれないと思いつつも、必死に伝えようと僕の目を見て話をしていたし、少なくとも悪い人じゃないってことはわかったよ」

「そんな簡単に信じていいのか?作り話かもしれないだろ」

「優は疑り深いね」

「当然だよ。簡単に信じて、なにかあったときに損するのは俺たちの方だからな」


 たしかにアルフィリアの服装や鍵のかかっていたはずの家にどうやって入ったかの説明には、異世界から迷い込んだという説明で辻褄は合うが、異世界から来たという証拠は何一つないのだ。


「……あの、こちらの世界には魔法は存在しますか?」

「いや、ないけど……架空のお話とかでなら魔法とかは出てくるけど、現実にはない」

「それなら、簡単な魔法ならこの場でお見せできると思います。……それなら、どうでしょうか」

「……そうだな。見せてもらえれば俺もアンタの話が本当だと認める」

「……わかりました」


 アルフィリアはそう言うと、自身の掌をテーブルの上で天井に向け、目を閉じて意識を集中させる。

 そして……。


「―—光灯ライト


 そう呟くと、彼女の掌の上から光の球体が現れ宙に浮き、周囲が明るく照らされる。


「…………」

「…………」

「…………」


 なにか仕掛けでもあるのか、なんて疑う余地もないほどの、非現実的な現象がいとも簡単に目の前で実際に行われ、俺たちは言葉を失う。


「あの、どう……でしょうか?」

「……あ、あぁ。十分だ」

「……よかった」


 アルフィリアは俺たちの理解を得られたことに安堵したところで魔法を解除すると、さきほどの光の球体が消滅し、周囲の明るさが元に戻る。


「……今のは?」

「え、えっと……初級魔法の一種で光灯ライトと呼ばれる魔法です。ダンジョンや洞窟などの暗い場所を探索する際に役立つ魔法です。冒険者には習得必須の魔法の一つで……」


 ライト……その名の通り周囲を明るくする魔法のようだ。

 魔法と言えば詠唱のようなものが必要なイメージがあったが、どうやらそんなことはなく、比較的簡単に扱えるもののようだ。

 

「……オーケー。あんたが異世界から来たということはあんなのを見せられたあとじゃ嘘だとは思えない。信じるよ」


 さすがに証拠を見せられては信じるほかない。


「……それで、アルフィリアさんはこれからどうするのかしら?元の世界へ戻る方法はあるの?」

「……わかりません。こちらの世界で生活する術を見つけてから、どうにか元の世界へ戻る方法がないか探すつもりです。……といっても、もしかしたら向こうの世界に帰ったとしても居場所はないかもしれませんけど」

「……?どういうこと?」

「魔力災害に巻き込まれて、死亡したことになっているかもしれないのです。仮に戻れたとしても、命令を全うできなかった無能な聖女として、処罰を受ける可能性だってあります」


 アルフィリアは目を伏せながら、震える声で答える。

 俺の前で泣いていた理由が、ただ見知らぬ場所へ飛ばされたことへの恐怖や不安だけではなく、帰れたとしても自分に居場所がないという絶望感から来たものだと理解する。


「……ご家族は?」

「おそらく戻ったとしても、喜ばれないでしょう。マルガゼント家は侯爵の位を持つ貴族で、代々聖女を輩出していた家系です。そんな侯爵家に泥を塗ってしまった私を受け入れたりはしないでしょう……」

「……ひどい」


 もし元の世界へ戻れたのなら、聖女の帰還を喜ぶべきだろうに、命を全うできなかったからと切り捨てられ、断罪される可能性すらある理不尽な環境にアルフィリアがいることに、既視感を覚え、怒りに近いものを感じる。

 

「……それなら、しばらくウチにいなさい」

「……えっ?」

「母さん!?」


 母さんが突然、そんなことを言い出す。

 アルフィリアをうちで面倒を見るつもりだろうか。


「元の世界へ戻るための方法を探すにしろ、戻らないにしても、生活できる場所はあったほうがいいでしょう?」

「い、いえ……あの、これ以上あなた方へご迷惑は……」

「そうだよ母さん。何言ってるのさ」

「あら?優はアルフィリアさんを見捨てろというの?」


 母さんは反対の意を見せる俺に、鋭い目で睨みつけてくる。


「い、いや……確かに気の毒だとは思うけど、俺たちがそこまでする必要はないじゃないか。得があるわけでもないし、なんならこっちだってなにかしらの被害を被るかもしれないだろ?」

「あなたはまたそうやって損得の話をするのね……。いい加減その考え方を改めなさい。簡単に困っている人を見捨てるような子に育てたつもりはないわ」

「あのなぁ……!」

「あ、あの……その……」


 俺と母さんの言い争いがヒートアップし、アルフィリアは自分のせいではと思い、あたふたとする。


「……2人とも!いい加減にしないか!」

「……!?」

「……!?」


 父さんの一喝により、場の空気が静まり返る。

 普段怒らない父さんであるが、怒ると怖いので無意識に委縮してしまう。


「……ごめん」

「ごめんなさい」


 少し冷静になったところで謝罪する。

 

「……ごめんね、アルフィリアさん。見苦しいところを見せてしまったね」

「い、いえ……私の方こそ、困らせてしまっているみたいで申し訳ございません」

「気にしなくていい。それに今一番困っているのは君の方だろう?」

「……」


 たしかに、現状一番困っているのはアルフィリアだ。

 帰る方法もわからず、帰れたとしても居場所はなく、かといってこの世界で生きていく拠点も術もないのだ。


「まず僕は愛さんの意見に賛成だ。しばらくウチにいるといい。事情を知って、それでも見捨てるような人はここにはいない。ね?」

「……っ」


 父さんが穏やかだけど、否定などさせないぞ?という圧のようなものを目に宿しながら俺に視線を向けて来る。

 

「それに、もしアルフィリアさんを1人でこのまま出ていかせたとしても、とてもじゃないが、生活する術を見つけられるとは思えない。アルフィリアさんは身分証を持っていないからね。働くとしても、そういった書類がなくても働ける場所を探すのはおそらく無理だ。住む場所もね」


 たしかに、生きていく上で必要なものをアルフィリアは何も持っていない。

 ここで追い出しても、どうなるかは容易に想像できた。

 だが、こちらも保護することにメリットはない。

 むしろ、面倒を見るという点で言えば、損をしているとさえ思える。


「優が損得の面で、この話に得がないと考えているのは親としては複雑だが理解している」


 俺の考えを見透かしたように言われ、ドキっとする。

 

「そこでアルフィリアさん。ここに居る条件として、僕の仕事の手伝いや家事をしてもらうことを対価とするのはどうだろう。君もただ置いてもらうだけでは、申し訳なさを感じたり、後ろめたく感じて居心地も悪いだろう?どうかな」


 なるほど、たしかにそれならば双方にも利がある話だ。

 若干こちらへの負担が大きいと感じなくはないが、無償で置くよりはいい。


「で、でも……」

「遠慮しなくていいのよ?私たちが言い出したことだもの」

「……ほんとうに、いいのですか?」


 アルフィリアは恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 その言葉に、両親が俺のほうを見て、笑みを浮かべながら、いいよね?という圧を放っている気がする。

 さすがに両親には勝てない。


「……わかったよ。協力するよ」

「……!」

「ただし、ちゃんと手伝いはしてもらうからな」

「……はい、ありがとうございます!」


 アルフィリアは俺の言葉を聞いて、頭を深々と下げる。

 これで明日からの連休が慌ただしくなることが確定して、少しだけ気が重くなるが、もう受けてしまった以上はどうしようもない。

 

「それじゃあ自己紹介をしようか。僕は早乙女さおとめのぞむ。カメラマンをしているよ」

「私は早乙女さおとめあいよ~。今は夫のアシスタントをしているわ。よろしくね、アルフィリアちゃん」


 両親が自己紹介をしていく。

 そういえばここまで話をしていたのに、こちらのほうは名乗っていなかったことに気づく。


「……早乙女優だ。よろしく」


 少し素っ気ない感じの自己紹介になってしまったが、特にいうことも思いつかなかったので仕方がない。


「……改めまして、アルフィリア・マルガゼントと申します。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します」


 こうして、異世界から迷い込んでしまった聖女との同居生活が始まることになった――。

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