第6話 幼馴染み


人の部屋に入った瞬間、僕よりも先に堂々とくつろぎ始める男


「.......お前正気か?」

「何がだい?」

「あののことだよ」


しらばっくれんなと吐き捨てる幼馴染みには、前以って言っておくべきだったと後悔している


「仁子さんがなにか?」

「なにか?じゃねえよ。馬鹿」

「言っておくけど、この結婚は父さんが勝手に決めたものだよ」

「だろうな。じゃなきゃ、お前が嫁を貰うだなんてしねぇ.........」


『ウメノちゃんのときもそうだったもんな』


まさか、姪が嫁いでくるなんて

夢にも思わなかったけど


「ウメノとの結婚に関しては、父さんに感謝してる。でも今回ばかりは____」

「宗二さん、由昌さん。今構いませんか?」


コンコンと控えめに、でもしっかりと聞こえるようにノックされる


「どうぞ」

「どーぞ」

「失礼します」


左手でお盆を持ち、右腕の肘部分で器用に扉を開ける仁子さんの姿にいつもながら、ウメノの姿が重なってしまう

午前に二人で作った牡丹餅と、僕らが少し駄弁っていた間に淹れてくれていたのであろうお茶二人分を机に置いて、失礼しましたと言って仁子さんは出ていった


「今回ばかりは迷惑だとでも言いかけたんだろうが、向こうは随分とやる気満々じゃねえか」

「追い出すにも、追い出せないよ」

「ほぉ......お前、追い出せるのか?あんなにウメノちゃんそっくりなのに」


無理だと知っていて、煽るように聞いてくる

嗚呼、できないよ

できるわけがないだろう


「驚いたよ........お前のことが心配でウメノちゃんが、墓から出てきちまったのかと思った」

「僕も最初驚いたよ。容姿の似た姪がいるっていうのは聞いていたけど、まさかここまで似ているとは......。しかも、借金を理由に十五も年の離れた僕なんかに嫁がされるなんて........」


つくづく運のない子だ

白波瀬仁子という少女は........


明治になり廃れていくしか道がない武家

そんな武家の中でも、誇りを捨てることができなかった白波瀬家

遠い親戚にあたる華族、子爵家・館花家に借金や奉公をすることで、どうにか首の皮一枚でやってきていた


母親を生まれて間もなくして亡くし

親代わりの叔母とも幼くして別れ

いや、ウメノと別れることになった原因は、借金であると同時に僕が原因なわけだが


二年前、地震で家の下敷きになり

右腕が壊死し、切断を余儀なくされた

結婚式の半月前に父親は過労死

借金返済の見込み無しとして...というのは表向き


実際は父さんが前々から彼女に目をつけていたようで

借金をチャラにするから、うちの次男に嫁げ...と

無茶苦茶だ


でも、それに従わなければやっていけないのが白波瀬家の現状だった


「それにしても、お前が大きいのもあるがウメノちゃんといい、あのお嬢さんも随分と小さいな」

「親子みたいだって言いたいんだろ?」

「別にそんなつもりじゃなかったが、言われてみればそうだな」


僕の背は大体六尺ほど

対してウメノと仁子さんは四尺五寸ほどだろうか


「宗二」

「なんだ?」

「大事にしてやれよ、あの子にはどうもお前しか見えてないみたいだからな」

「........」

「お前しか、あの子を幸せにはしてやれないよ」

「ウメノですら、僕は幸せにしてやれなかったのにか?」


皮肉な事実だ

どれだけ愛していても

幸せにできなかった

相手が僕でさえなければ、よかっただろうに


僕は病に苦しむ彼女に、何もしてあげられなかった


「ウメノちゃんは幸せだったよ」


そう言って慰めてくれる由昌

違うんだ、ウメノはこの家にさえ来なければ

僕にさえ嫁がなかったら、今も生きていたかもしれないんだ


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