もうこの脳で生きていくには限界

ちびまるフォイ

占有率100%

お正月で実家に帰ってもつらい事しかなかった。


「次郎。お前、学校は?」


「別に。普通に通ってるよ」


「兄さんの一郎みたいにちゃんと勉強して、

 いい大学へ行くんだぞ。お前は兄弟でも出来が悪い。

 ひと一倍努力しないと……」


「わかってるって!」


「同級生の山田君なんてすごいぞ。

 お前も彼みたいに努力しないと置いていかれるぞ」


「……どうしてそうやっていつも誰かと比べるんだ」


「次郎、社会に出たらかならず他人と比べられる。

 お前にもそれを勉強させる意味もあるんだ」


「比べることでしか評価できないなら、

 俺自身の価値はいったいどこにあるんだ!」


「それは他人と比べて、お前しかない特徴をだな……」


「もういい! やっぱり実家に帰るんじゃなかった!」


大学合格をきっかけに一人暮らしを始めた。

その理由はこの実家から早く出たかったからだ。


親孝行でもと実家に帰ったのも後悔している。

自分がどれだけ変わっても、両親はなにひとつ変わっちゃいなかった。


「いつもそうだ。兄や他人と比べて……。

 俺がどれだけ劣っているか文句言うしかできないんだ」


大学もなんとか滑り込みで合格した。

校内でも必死に勉強してついていっている。


学生らしいキャンパスライフなんか程遠く。

待っているのは受験以上のガリ勉の毎日。


「俺がもう少し賢かったら……」


そんな答えのない疑問を検索してしまうくらいには追い込まれていた。

検索結果に1件だけヒットするものがあった。


翌日、俺はその脳整形外科へと足を運んだ。


「あ、あの本当に今日で手術するんですか?

 その……今日はほんと説明を聞くだけのつもりで……」


「大丈夫ですよ。こういうのは使ってみてわかるものですから」


「あ、頭を切り開くんですよね!?」


「数ミリですよ。切り傷よりも少ない。

 そこにマイクロAIを流し込んで終わりです。数秒ですよ」


「でも失敗したら!?」


「安心してください。私の脳は80%をAI脳に切り替えています。

 精密な作業ほどミスが起きないように動けるんです」


「で、でも!」


「あもう終わりです」


「はやっ!!」


手術が終わっても、自分の脳に20%のAI脳が入ったという感覚はなかった。


「本当に手術したんですか……?」


「本当ですよ。ではちょっとコレを見てください」


外科医はフリップを出した。

そこには円周率が書かれていた、と認識するやフリップを隠す。


「……? なんです?」


「今の一瞬で覚えられた円周率を言えるだけ言ってください」


「3.14159265358979323846264……えっ!?」


「ふつうの人間ではそんな瞬間的に覚えられませんよ?

 ほらね、あなたの脳は人間の脳と、AI脳で拡張されたので強化されてるんです」


「す、すごい……」


「ここからは世界が変わりますよ」


外科医の言ったとおりになった。

自分の脳と、AI脳の両刀になってから世界は一変した。


これまでノート取るのに必死だった大学の講義も、

ノートすら取る必要がなくなった。


「教授、そこの数式が違います。

 そこはAではなくBを使うべきです」


「え? あ、そ、そうなのか……」


まるで小学生の授業でも受けているような気持ちになる。

もちろんこれだけではない。


人間の脳はあらゆる活動で使われる。

料理だってできるようになったし、スポーツだってできるようになる。


最初はうまくできなくても、

体の動かしかたは人間の脳が行い

AI脳では「どう動かせばよいか」を学習して改善してくれる。


そして、何よりも嬉しかったのはーー。


「あの……次郎くん、私と付き合ってくれない……?」


頬を赤らめた女子が目の前に立っているというこの状況。


脳は恋愛にだって使われている。

その性能があがればあがるほど、モテムーブもできるようになる。


女子のエスコートの仕方からアプローチの仕方まで。


人間脳だけではこともAI脳とタッグを組めば、

学習と改善をこなしつづけてモテるようになった。


「もちろん、答えはYESだよ。僕も君が大好きなんだ」


「うれしい! 次郎くん、前より雰囲気変わってかっこいいもの!」


「当然さ。もう前の俺じゃない」


ここで輝く白い歯を見せつけるのが良いと、

誰に聞くでもなく自分の頭がそう教えてくれた。


一気に人生がイージーモードへと傾いたのがわかった。


が、その子と別れたあとに大学裏手にて待ち伏せされた。

待っていたのはかつて同級生だった山田だった。


声をかけるまもなくパンチで殴られてしまった。


「痛ってぇ……」


「てめぇ、なんで殴られたかわかってんだろ」


「いや全く……」


こればっかりはAI脳と人間脳の両輪まわしてもわかりっこなかった。

頭ではすでにパンチの回避方法を分析し始めているのがわかる。


「てめえがオレの彼女を奪ったからに決まってんだろ!!」


「奪った……? それは誤解だ。彼女から告白してきたんだ」


「それを仕向けたのがお前だろ! ひとの彼女に色目使いやがって!」


「……それは、お前のひがみというか嫉妬だろ。フラれたなら潔くーー」


「そういう変に理屈っぽいところ、生意気なんだよ!!!」


ふたたびパンチが飛んでくる。

けれど今度は頭をどう動かせばかわせるかがわかってしまう。


顔を少しそらしてパンチをかわす。

山田がバランス崩したタイミングで、腕を掴んで逆方向へとねじり上げた。


「いたたたた!!!」


「痛い? これが痛いのか?」


「や、やめてくれ! 折れる! 折れちまう!!」


「ふうん」


痛みを訴える言葉を聞いてもなんにも思わなかった。

殴られた復讐をしてやろうという気持ちにもならない。


ただ、気になった。


この腕をこれ以上ねじったらどうなるか。

そのとき、山田はどういう反応をするのか。


それが気になってしまった。



「ぎゃあああーー!!!」


ゴキ、という音が聞こえると山田はその場にうずくまった。

腕がおかしな方向に曲がっている。


「あ、こんな感触なんだ。意外と簡単なんだなぁ」


正直、もう山田なんかどうでもよかった。

人生で初めて人を傷つける感触を知れてよかったと思っている。


「た、助けてくれ、悪かった……」


「あそうか、病院に電話しないと」


病院に電話をかける。

まもなく救急車がかけつけて山田は病院へと運ばれた。


「いったいどうされたんですか?」


「階段から落ちてしまったんです。

 肩をかばうように落ちてしまって、それで腕が……」


「そうですか、では病院へ。あなたも乗りますか?」


「いえ結構です」


救急車が走り去ってから、自分の行いにゾッとした。

救急隊員に嘘をついてもなんにも感じやしなかった。


人間は脳のほとんどを使い切れていない。

もしも、脳のフルパワーをAI脳で引き出せたのだとしたら。


虚弱体質でもやしボデイの俺でも、

サークルで鍛えていた山田の腕すらもたやすくへし折ってしまう。


「俺はとんでもない手術をしてしまったんじゃないか……?」


勉強もできてスポーツもできて、誰にでも優しくてモテるようになった。

その反面でなにか大事なものを失っている気がする。


山田の悲鳴を聞いたときすら、何も思わなかった。


「このままじゃ俺はもっとやばい人間になってしまう!

 早くAI脳を壊さなくちゃ!!」


自分の後頭部を触る。

まだ手術痕があるが縫合は完璧でAI脳を引き出すことなんかできない。


ならせめてと、大学の階段をかけあがる。


指でAI脳が入った箇所を確かめてから息を整える。


「AI脳だって精密機械だ。

 階段から落ちた衝撃を加えれば絶対に破損する……!」


階段を落ちる覚悟を決める。

俺が俺自身を取り戻すために。


「さあ、いくぞ。1、2の……さん!!」


一歩を踏み出そうとした瞬間だった。

手すりをつかむ腕に引っ張られて、落ちる前に引き戻された。


誰もいないのに、なぜか自分の口が勝手に動いた。




「まさか、まだ自分の脳がなんでも決めていると思ってるのか?」



押し出されるように階段からダイブさせられた。



病院で聞くと、俺はAI脳をかばうようにして落ちたらしい。

俺の人間脳は多大な損傷を受けて、今はAI脳にすげ替えられている。

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