日誌・初日の出

柴田 康美

第1話 竜洋富士に登る

 久しぶりに日誌でない日記を書こうと思った。

きょうは正月の5日13時おそろしく時間の進みが速い。しがみついていないと振り落とされます。あまりに速いので昨日と今日はごちゃになります。それでも元日のことは忘れません。なんたってガンジツはガンジツなんですから。わたしは営業の日誌をけっこう昔から付けております。これは仕事の蒟蒻村のことばかりでなく日常の暮らしの細かな覚え書きとしても書き込むのでこれをてみじかなくらしの日記だと呼ぶのであればそうなります。日記じゃないと言ってるひとはだれもいませんが。


 6時18分に家を出て20分間も車を走らせれば公園に着きます。いつも散歩にきている場所ですから迷わないです。気のせいかいつもとおなじ風景でもまたなんとなく違うような気がいたします。自分の気持ちが違うだけで見る風景が変わってくるのでしょうか。もうひとりのわたし眼には今日のガンジツは色や光や木々の香りが鮮やかに感ぜられます。車を停め高台の竜洋富士に登ってゆくと6時38分で早くも頂上は見物人が超満員で望遠鏡がある狭い空き地から溢れ人垣が落ちそうです。日の出は6時56分写真機を取り出して少し待ちます。さらにどこからかあの人やこの人どんどん集まってきます。どこか人が湧き出す装置があってひっきりなしに出てくるようにぞろぞろきます。わたしが立っている芝生の生えた場所は頂上から少し下がったところで小さな子供がとても多い。子供たちは山の斜面を走り廻っています。海の方には堤防付近に車の列が影になっています。黒い点は人なのでしょうか。


 薄明、夜明け前で寒いのですが風はあまりないです。あの辺りの雲の上から出てくるのかなとそちらを注目します。黎明、しらじらと明けかかって空の紅くなりつつあるその色の濃淡を素早くさがそうと身体をづらします。ちょうど写真機をかまえている正面の蒼天が少しだけ染まってきはじめました。払暁、とくに信仰心などもたないわたしですが毎年この瞬間だけはなにか一筋ではない複雑ないろいろな思いが胸をかけめぐります。自分の悪いところを棚にあげて急に悟りびとにでもなってすべてのに感謝するというか生きていることを素直に喜ぶというかちょっと恥ずかしい気持ちなのです。空に紅く「上昇点」をつけた天体は空にしろしめしてゆっくと動きを始めます。東雲、この瞬間はなにか管弦楽が聞こえてくるようです。大勢の人がいてもわたしだけの世界の始まりです。何万人いてもわたしはわたしであることには変わりが無く何万人はいないのと同じです。独りであることの快適さに浸ります。腕時計は針が6時50分を指しています。まもなく天上の舞台の華やかな開演です。               


 

 橙色に染まります。ますます強い色に刻一刻と変わります。日は放射状に金粉をまき散らし潤みながら少しずつ少しずつ上へ向かいます。登るまえはあれほどゆっくりゆっくりまだかまだかと気をもたせますが一旦雲間に存在を表しますとあれよあれよという急速に燃える丸い大きな熱球になります。その時間はおよそ10分くらい。のんびりできません。およそ熱球がどの位置にきたら写真機の窓をどのように開閉させるかをあらかじめ空に指で円を描きます。後は空の動きに任せるしかないのです。


指の冷たさを感じながら撮ります。なんとかして空の微妙な変化を文章や写真で煌びやかに表現したいの一心で竜洋富士に立ち尽くしていました。



              (了) 

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