第2話 学校では教えない近代史(1)空気を読む〈2〉


ある学校の野球部での出来事。


県で五本の指に入る有力校。


どうしても勝てない学校があるので、朝練を7時から6時スタートに早めようと、キャプテンが言いだした。


実力差があるので、朝練を早くしたところで勝てるわけがない、と大半の部員は思っている。かくいうキャプテンも、実際はそう思っているらしい。


だが、監督は、練習量を増やしさえすれば勝てると思っている。


キャプテンが朝練を早くしようと言いだしたのは、監督の意向を踏まえてのことだ。


ここで、エースの発言に注目が集まる。


エースの自宅は、学校から遠く離れており、電車の始発に乗っても7時スタートでないと無理。


「6時はどうしても間に合わないので、7時でお願いします」


とエースが言ってくれるのを、みな心待ちにしていた。


だが、エースが言ったのは、


「自転車で来るから、大丈夫です」


これで、朝練は6時からのスタートに決まった。


そして、準々決勝で因縁の相手と対決するが、勝つことはできなかった。



…よくありがちな話だと思います。

エースも、体力を消耗する自転車通学なんか、したくなかったでしょうね。


でも、監督に睨まれることなんて言えず、いい子を演じてしまったのでしょう。



これと全く同じ構図で、日本の重要な国策が決定しました。


太平洋戦争の開戦決定です。


これを理解するために、基礎知識をつけてもらいましょう。



【旧日本軍について】

戦前の日本には軍隊がありました。

この軍隊は大きく二つに分けられます。


中国大陸など陸上で活躍する陸軍。

太平洋など海洋で活躍する海軍。


海で戦う大砲を積んだ船すなわち戦艦や、戦闘機を積んでいる船すなわち空母など、戦う船の集団を艦隊と呼びます。

敵の島を奪い取るために送り込まれる兵隊たちのことを、陸戦隊と呼びます。

艦隊や陸戦隊などを総称して海軍と呼びます。


基地や艦船の建造予算の策定、人員計画など、海軍の大枠を決めるのが海軍省。

どこにどれだけの艦隊や陸戦隊を配置するか、戦争になった時に、どの艦隊や陸戦隊に、どこを攻めに行かせるか、命令を下すのが軍令部です。


【主要登場人物紹介】

東条英機

 内閣総理大臣。陸軍大将。


東条首相は陸軍でも強硬派と言われていますが、実際は違います。

東条は、とにかく偉くなりたかっただけの人です。だから、各地で日本が敗退し続けてもなかなか首相を辞めず、サイパン陥落という決定的敗北を受けてようやく、周りからの圧力に抗しきれなくなって首相を辞めました。強硬派に籍を置いたのも、陸軍の中で一番波に乗って威勢が良かったからであり、まわりを味方で固めて集団で政敵をいじめぬいて潰してきた人です。威勢のいいことを言っていたのも、周りを固めた味方から見放されないように空気を読んでいたためです。本物の強硬派は、海軍の大西瀧治郎のように敗戦とともに自決しています。


先ほどの野球部の話では、キャプテンが東条のポジションになります。



東郷重徳

 東条内閣の外相。


対米戦回避したかった人の一人。

ハル・ノート(コーデル=ハル、当時のアメリカの国務長官が出した覚書)を最後通牒と捉えて、万事休すと勝手に決めつけて対米交渉を早々と諦めた人。この人にもう少し根性があれば、少しは事態が変わっていたかもしれません。

2~3週間もあれば渡米できるのだから、ハルやルーズベルトの真意を探るために渡米して、本当に交渉の余地がないのかどうか自身の目で確認して、落としどころを探るくらいの根性を見せて欲しかったですね。ガザ停戦のために走り回る今のブリンケン米国務長官の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいです。

結局、対米戦回避を、海軍の発言に期待して終わります。


先ほどの野球部の話では、エースが断ることに期待するだけの一般部員が、東郷のポジションです。



嶋田繫太郎

 東条内閣時の海軍大臣。


大臣在任時代、まわりから陰で東条首相の腰巾着と言われていた人。自己保身のカタマリのような人です。実際は、真珠湾攻撃成功後に「これからが大変なんだ」と対米戦の遂行が困難なのが分かっていたくせに、「(アメリカと戦争して)勝てる見込みはありません。だいたい日本の海軍は、米英を向こうにまわして戦争をするように建造されておりません」と断言した、首相経験がある海軍の有力者、米内光政海軍大将が、陸海軍や国民から臆病者と罵られて求心力を失ったのを見て、非戦を口に出せなくなった臆病者です。この人が自己保身のために空気を読んだりしなければ、事態は大きく変わっていたでしょう。


先ほどの野球部の話では、エースが嶋田

のポジションになります。


【これを踏まえて説明すると】


勝てると思っている監督【日本国民や当時のマスコミ】の意向を受け、

練習時間の繰り上げ【太平洋戦争開戦】を持ちかけた

キャプテン【東条首相】、

これにエース【嶋田海相】

が反対することを期待する野球部員【反戦派閣僚】

は、エース【嶋田海相】の「やれます」発言を受けて、

練習時間の繰り上げ【太平洋戦争開戦】を決定した。


ということになります。


しょせん、こんなものです。

政治の話なんて、難しくも何ともありません。


重要な政策ほど、話はすごく単純です。


難しく感じるのは、専門用語を多用するから。


専門用語は、回りくどい説明を省けるというメリットがありますが、

それ以上に、専門用語を使うと「こんな言葉を知っている自分は賢いんだ」と思えるナルシシズムの側面の方が、大きいでしょうね。

そして、同じ言葉を知っている人間たちだけで場を固め、他者をはねのけることができます。

専門用語が飛び交う場所ほど、凝り固まって保守的になり、停滞します。


今の政治は完全に、保守的になって凝り固まっています。

ゆえに、みんな空気を読んで風穴を開けようとしません。


経済用語なんて、和語変換すらされなくなって外来語ばかりが氾濫しています。経済学界からは柔軟性が失われており、財務省のかび臭い財政均衡論が未だに幅を利かせています。


ここまで円が暴落して手の施しようがなくなる前に、何とかして欲しかったところですね。



次回は、近代日本が空気を読む時代に変わってしまった、決定的な事件について話をしてみたいと思います。



つづく

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