僕とお嬢様は魂でつながった運命共同体 このままだと余命3ヶ月? ~令和もののけ活劇~

八幡ヒビキ

第1話 僕と彼女は運命共同体

 校門に県立第一女子の制服を着た女の子が現れたとき、僕はこの子が“彼女”なんだと確信した。


 高校3年生の夏休み直前のことだ。


 この日が来ることはなんとなく予感していた。


 放課後、少しだけ教室に残っていた僕は帰り際にふと気配を感じて窓から校門の方に目を向けた。校門には主に男子の人だかりができて、遠巻きに誰かを囲んでいるのが分かった。


 その人だかりの中心にいたのが、彼女だった。


 遠くからでもはっきりとわかる美少女度で、人だかりになるのも無理はないと思えた。


 それは視覚からだけでなく、なにか、確信のようなものを心の奥深くに抱いていたから、予感が本物になったこともすぐに分かった。


 彼女は顔を上げ、遠い教室の窓際にいる僕に目を向けた。


 そして視線が絡んだ。


 とても強いその視線は、病んだ僕の身体に何か活のようなものを入れた。


「なるほど」


 僕は鞄を持ち、昇降口に向かった。


 県立第一女子は僕が通っている西高より1ランク上の県下有数の進学校で、有名私立高にも劣らない厳しい教育方針で知られた学校だった。有名私立高に行けるような女子でも敢えて県立女子を選ぶ子がいるくらいの名門だ。だからその制服を着た女子が、我が県立西高の校門にいるだけでも相当目を引くのだが、彼女ほどの美少女であれば、当然、人だかりもできるだろうと思う。


 僕は校門に近づくだけで、身体のエネルギーが回復していくのを感じる。おそらく、彼女も同じように感じているのかなと脳裏で疑問を言葉にすると、なにか肯定の意思表示のようなものが、返ってきた。


「ここまでか!」


 僕は思わず独り言を言ってしまうが、それは数秒後、独り言ではなくなった。


 モーゼの十戒ではないが、紅海が割れたかのように人垣が霧散し、中から彼女がゆっくりと歩いてきた。


 まず、きれいだ、と思った。


 彼女は頭身の高い、長い黒髪の日本人形のような色白で、顔は今風で切れ長の目に小さな鼻、桜色の唇が白い肌に映えていた。


 もっと端的に言えば極上の美少女だ。


「ええ。ここまで――私たちはつながってる」


 桜色に輝く唇が開き、僕は初めて彼女の声を聞いた。なのに不思議と懐かしく感じた。


 そして彼女は僕のところまで歩いてきて、ぎゅうと僕を抱きしめた。


「ああ……すごい。楽になった……」


 彼女は僕の耳元で囁いた。


 何がすごいのかは、言われなくても僕にも分かる。彼女が僕に触れた瞬間、僕のこの1ヶ月の体調不良は嘘のように霧散し、生命力が蘇ってきたのが分かった。


 おそらく彼女の方も同じように感じているはずだ。


 周囲はどよめいていただろう。しかし僕の耳には何も入ってこない。


 ただ彼女の体温と甘い香りと、肢体の柔らかさに溶けていた。


 真夏日の放課後の校門で、僕らは数分の間、職員室から指導担当の先生がやってくるまでハグをし続けた。


 彼女は体調が悪いので彼に支えて貰っていただけだと先生に説明し、実際、彼女の顔色は引き離されたからか、青ざめていたので説得力があった。


「真田の知り合いか」


 僕は指導担当の先生に首を横に振って見せた。


「初めて会う、遠い、遠い親戚なんです」


 彼女はそう言った。指導担当の先生は彼女の名前を尋ねた。


「県立第一女子1年、大林澄香おおばやし すみかです」


「もういいから、真田、保健室に連れて行ってやれ。熱中症かなんかか、苦しそうだ」


「いえ――持病でして」


「ならなおさらだ。真田、頼むぞ。お前らも散れ散れ」


 そう言い残して人だかりの生徒を解散させ、指導担当の先生は職員室に戻っていった。


真田光輝さなだ こうきさん、ですよね」


 指導担当の先生がいなくなるとすぐに彼女は僕の手をとって言った。やわらかい小さな手だ。彼女とハグしていたときと同じように、何かがつながった気がした。


「なるほど」


「こうしているのが、効率的なようですね」


「君はどうして僕らがこんなことになっているのかを知っているんだね」


「お話をしたいです。自分たちのために」


「うん。こちらからもお願いしたい。原因は想像ついているけど」


 日が落ちかけているとは言え、真夏日だ。屋外は灼熱だ。体力が落ちている今――おそらく彼女の方も――無用な消耗は避けたかった。


 僕らは手をつなぎながら学校を後にして、ゆっくり話せる場所へ移動することにした。


 西高の近くなら僕の方が詳しいと考えたのだろう。どこか落ち着ける場所がないか彼女は聞いた。ならばと僕は普段は使わない店に彼女を案内した。


 そこは西高から最寄り駅に行くまでの間にあるパティスリーの、イートインコーナーの役割を果たしているカフェで、どちらかといえば女の子向きのお店だ。なのでバリバリの男子高校生の自分としては、アウェイ感がしてこれまで利用することはほとんどなかった。お値段も結構いい。まあ、この1ヶ月、どこにも出かけられなかったから財布の中身には余裕がある。


 僕らは幸い空いていた窓際の席に着く。向かい合う距離でも近いからか体調は悪くならない。店内が涼しいのも助かる。


「かわいいお店ですね」


 食器は白と黒で統一され、スプーン置きの小熊の置物がかわいい。


 僕はびわのタルト、彼女はシャインマスカットのタルトのコーヒーセットを頼んだ。


「誰かと来たりするんですか? 私と校門でハグして、見られたら困る相手とかいませんか? ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


 注文が終わると澄香嬢は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。


 瞳はやや青がかっていて最初はなんだろうなと思ったが、記憶がある気もする。赤ちゃんの青い目に似ているのだと思い、くすりと笑ってしまった。


「どうして笑うんですか?」


「説明すると長い」


「説明してください」


 澄香嬢は露骨に拗ねた。かわいい。


「瞳が青いのが赤ちゃんに似ているなあって思ったんだ」


「そうですか? そうなんですかね……気にしたことなかったですけど」


 澄香嬢はスマホで自分の瞳をのぞき込んだ。


「不思議な感じだ。『いる』と感じていた存在が実際に目の前にいるんだから」


「やっぱり、真田さんもそう感じているんですね」


 澄香嬢は小さく頷いた。


「僕が骨髄を提供した患者さんが、大林さんなんだね」


「あれ、名前……」


「校門で先生に言っていたよ」


「ああ、そうか。改めまして、大林澄香です。真田さんのご推測通り、骨髄を提供していただき、ありがとうございました。おかげさまで、まだ死なずに済んでいます。たぶん……」


 澄香嬢は気まずそうな顔をした。


「僕が骨髄提供のために入院したのが2ヶ月前だから、移植もその頃だよね」


「はい」


「その後、1ヶ月はこんなことにならなかった。でも先月から体調が悪くなった。これはどういうことなんだろう」 


「私の数値も先月から急降下して、今も生きているのが不思議だと言われています」


「なんてこった」


 天を仰ぎたくなるというのはこういう気分のときのことをいうのだろう。


「たぶん、そうです。私の命は真田さんの生命力を貰っていることでつないでいるんです。でも、2人分の命をつなげるほど、1人の命の力が強いはずがない。真田さんの体調も悪化しているはずです」


 僕は頷いた。


「感じている。もしこのまま体調が悪化を続ければ、そんな長くないんじゃないかって」


「そうなんです。私はもうあと多分、3ヶ月も保たないと思っています。そのとき、私が真田さんを道連れにしてしまうかもしれないのが心配なんです」


 それは考えられる限り、最悪の状況だ。


 どうやら彼女と僕は骨髄移植がきっかけでなんらかの形でリンクしている。そして本来死んでいるはずの彼女の命を僕の命と共有することで維持している。そう、つながった感覚が僕に教えてくれている。


「――なにか、何か方法を探さないと」


 澄香嬢は小さく頷いたのだった。

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