『創世記』

Nevervillage

『創世記』

 

 君達からすると、遥か遠く未来。五次元的な観点から見れば、もしかしたら君達が到達することの無い未来だ。

 ここは、歴史上初の統一国家『地球連邦北米支部エリア51ポリス』。言語も通貨も統一化され、コミュニケーションには一切苦労しない。

 博愛精神、滅私奉公が大原則で、住民は皆つまらないくらいに優しく、何よりも平穏を好む。


 しかし、はみ出し者は一切許さない。

 

 かつてID管理とスコア制度で民度を採点していた人類は、スコアが一定に満たさなかった者を『獣』と蔑称して、ポリス外部へと迫害した。

 彼ら『獣人類』は度々ポリスへ襲撃をかけるらしい…『らしい』という言葉を選んだのは、それが我々ポリスの一般市民からしたら、酷く無関心であり無関係でいられるほどどうでもいいことだからだ。

 獣達の掃討は、最新型自律戦闘兵器によって、ポリス外部での殲滅戦にて日々決行されている。

 人類に害をなす者は、虐殺あるのみ。それが世界政府の降した方針だ。悪魔の存在は、許されてはいけない。大原則の博愛精神は、『獣』には適応されないのだ。


 かたや我々ポリスの一般市民は、『新しい人類』もしくは『進化した神の如き人類』との意味を込めて『神人類』と称された。

 脳に量子デバイス埋め込み、君達でいうスマートフォンや携帯電話と同じように

 ・通話

 ・個人認証

 ・インターネット

 など、様々な機能が搭載され、全ての機能が脳内で完結される。さらには学問や思考までといったことまでがマザーであるメインサーバー経由で共有できる。私たちの生活は特段便利な物になっていて、つまり、努力はオーパーツと化した。


 圧倒的技術革新、不都合な存在の徹底的排他、言語や通貨及び思想の統一化、そんな波風一つ立たない便利な世界になったのにも関わらず、なお人間は欲深き生き物だと実感させられる事がある。

 何を隠そう、私の悩みのことである。少々恥ずかしいが、ぜひ聞いて欲しい。




 −−−−生きてる意味が、わからないんだ。




 親だと思ってた人間たちからは、自分が精子バンクと卵子提供で作られた血縁など関係の無い存在だと知らされた。

 特にショックは受けなかったが、なんとなく寂しさのようなものを覚えたかもしれない。


 学問は、先述したように脳内デバイスのメインサーバーから文献を閲覧すれば簡単に理解できる。

 スポーツは嫌いだ。ここでは体力仕事をする必要もないし、ましてや誰かと取っ組み合いの喧嘩になることなんてないから、体を鍛える必要は無い。体調管理だってサプリで充分だ。


 恋愛に関していえば、周りにいる人々は、みんな美男美女だとは思う。なぜなら自分もそうだったように、精子バンクと卵子バンクのおかげで容姿の優れた人間を作る事など、この世界にとっては朝飯前だからだ。

 しかし、当たり前と化した美の代償として、その感動は平凡化した。

 

 性行為はすでに快楽目的のものとだけされた。最悪VRでも済ませれる。なんなら、VRと快楽装置のおかげで、生身より仮想空間でのセックスの方が気持ちがいい。

 しかし、簡単に手に入るそれのおかげか、これもまたすでに飽きた。何か寂しかった。


 娯楽は一応ある。しかし平凡すぎる日々のせいか、感情が乏しくてなかなか反応しない。強い怒りや喜びなども、感情発生装置のおかげでこれもまた簡単に経験できた。全ては電気信号だからだ。これもまた、もうすでに飽きた。



 −−−−経験というものが、羨ましいんだ。



 私たちの終わりはすでに決まってある。

 定められた年齢に達すると、安楽死装置にて自決を促され、肉体をエネルギーに分解して星へと還元する。誰もそのことに文句は言わない。


 しかし、もう一度問う。私はなんのために生きているんだ?


 私たちの脳は、地球連邦本部にある人工知能のマザーであるメインサーバーへとアクセスできるようになっている。情報の全て、そして各々の思考や感情はそこへ常に集約されており、人工知能によって精神状態も全て管理されている。

 全ての知識もそこへのアクセスによって簡単に脳に読み込ませることができる。全てがいとも簡単に手に入るようになっていた。


 退屈だ。

 そういえば、人類の過去についてはあまり振り返ったことがない。

 なんとなく、避けてきたのだ。歴史なんて振り返っても、いつだって意味のない争いの連続だからだ。


 なんの魔が差したのかはわからないが、その日はたまたまメインサーバーの図書館領域にアクセスし、 この世界の歴史について見てみることにしてみた。退屈も度が過ぎて、とうとう臭いものに手を出すようになっていたのかも知れない。


 脳裏に次々と流れ込んでくる情報の渦。やはり私たちの祖先はロクな生き方をしてこなかった。じゃなきゃ、こんな世界になっていない。こんな無味乾燥な世界には。


 その中で、一つ気になることを見つけた。

 数百年前、人類は「音楽」「芸術」「競技」などを嗜んで、互いを高めたり経験や感情を表現して、感動を共有したらしい。


 「羨ましい」そんな風に思ってしまった。


 その羨望と、裏にこびりつく現世に対する「つまらない」という感情が、嫌が応もなくマザーデータへと伝達された。

 どうやらそのように感じていたのは、何も私だけではなかったらしい。同じような信号の感情データが、次々とシンクロして膨れ上がっていった。


 その巨大な「つまらない」という意識の集合体が、メインサーバーにバグをもたらしたのだ。

 内乱を起こした時のために設備されていた核のスイッチが、誤作動により同時に起動した。


 核は地球連邦本部に1つ、そして各地に散らばった4つの支部がそれぞれ保有する。

 互いに放たれた核は、世界を一瞬にして灰燼に帰した。

 

 小規模の目立たないポリスにいた私たちは、かろうじて生き延びることができた。


 しかし、本部に格納されていたメインサーバーが破壊されたことにより、私たちの脳に埋め込まれたデバイスはほとんど使い物にならなくなった。覚えていた知識や知恵こそあれど、前のように引き出すことができない。


 さらに、各地で核が乱射されたことにより世界はすぐに死の灰で覆われた。私がいた支部も、すぐにそれに侵され、住民たちは緊急用の地下シェルターへと避難することを余儀なくされた。


 ここまでの規模の死の灰が消えるには、途方も無いくらいの時間がかかることを私は知っていた。

その時、すでに私は自分の命を諦めていた。おそらく他の住民たちもそうだっただろう。皆の目が、いつにも増して死んでいるように見えた。


 毎日支給される、地下シェルターに備えていた人口栄養ペースト。

 一日一食、下手したら抜く日もある。私たちは普段体を動かす機会もそこまで無いので、あまり食べない。

 なので、そんなことはとうに慣れていたが、こんな粗末な食事でも口にした日は妙にありがたみを感じた。


 味っけの無いペーストを、プラスチックのスプーンで掬うと、目から一雫の液体が流れた。



 −−−−「涙」だ。



 初めて流したのは、感情発生装置で「悲しみ」を体験した時。ずいぶん昔のことだ。一回経験してから、こんな気持ちは二度と経験したく無いと思い、それから一度も試したことがなかった。あの感情だ。


 周りを見渡せば、同じような人間がたくさんいた。いつも無機質で表情を変えない彼らから、その時は妙な生命力を微かに感じた気がした。



 終わりが徐々に近づいてくる。なすすべもなく、来るべきその時までただ消費する毎日。




 『彼女』に出会ったのは、そんな時だった。




「ずいぶん詰まらなそうな顔してるのね」




 彼女が私にかけた第一声は、それだった。自分がどんな表情をしていたかなんて、知る由もないし知りたくもなかったが、酷い面構えだったんだろう。

 それにしても失礼な女だ。なんて思いながら、彼女の名を訪ねた。



「……君は?」


「『エヴァ』って呼んで。あなたは?」


「……だ」


「え?なんて?ハッキリしゃべりなさいよ。」


「……『アム』だ」



 彼女は、その虚ろな空間には不釣り合いなくらいに豊かな表情を見せる。


『こんな女、居住区にいたか?』


 そんな風に考えたが、まずどんな住民がいるのかさえ気にかけたこともなかったことに気づく。

 そもそも他人との深い交流なんて自分から行かない限り皆無みたいなものだったし、自分はその中でも特段他人との関わりを持たなかった方だと自負している。名前を覚えているのなんて、数人いるかいないかだ。


 皮肉なことに、こんな状況になってようやく他人と関わることに有り難みを覚えたのだ。


 死への恐怖に耐えかねて、暴れ出すものや発狂し出すものも少なくはなかった。しかし、優しさのような心を、最後まで忘れない人たちも、中にはいた。

 極限の状況下で、皆、寂しさや不安を分かち合おうとしたのだろう。他人の温かみが、弱っていく心を互いに癒した。


 彼女もその一人だった。

 彼女は、その中でも特段感情が激しい。おどけて見せたり、時には悪戯まがいなことをしでかしてまでして、みんなの心を和ませる。

 周囲の人間からも慕われているようで、彼女が歩けば皆が彼女に気づき、笑顔になる。…今まで彼女の存在に全く気づかなかった自分の人間関係の希薄さが恐ろしく思えたほどだ。


 その日から彼女は、なんでか私に何度も話しかけて見せた。

 嫌が応もなく、私も徐々に彼女に心を開くことになった。彼女と話していると、なぜか自分も心を繕うことができなく、本心を曝け出すことになる。そんな不思議な魅力が彼女にはあったのだ。



 彼女と会話するのが、味気のない食事よりもよっぽど楽しみな日々の出来事になっていた。

 彼女が話しかけてくれるのを、毎日待ち望んでいた。

 彼女がこちらにやってくるのを見ると、不思議と表情が緩んだのだ。



 いろんなことを話した。

 何が好きだとか、嫌だとか

 何をしてきただとか、してこなかっただとか

 何が思い出だとか、忘れたいことだとか

 彼女は自分のことを、恥ずかしげもなく聞かせてくれた。私もそれが、なんとなく嬉しかった。


 代わりに淡白な自分が話すときは、自分について何も話せるようなことが少なかったから、暇つぶしで頭に叩き込んでいた知識にまつわる話を永遠とした。

 彼女はそれを毎回わかりやすいくらいの詰まらなさそうな表情で、聞いてるんだか聞いてないんだかわからないような返事を僕に聞かせた。


「あんた、ほんっとつまんない男ね。AIみたい」


「な、何をいうんだ!!」


 彼女が欠伸をしながらとうとう本音を漏らしたとき、私は悲しくなって、初めて少し怒った。

 衝動で怒りをあらわにしてしまった自分に、驚いた。


 怒りの感情も、感情発生装置で試して『なんだこの疲れる感情は』と後悔したっきりで、自分の中から湧き上がってくるなんて、初めてだったのだ。


 彼女はそんな私を見て、なぜか嬉しそうに笑った。

 彼女が笑う姿を見て、今度は恥ずかしくなった。これもまた、自分から湧き上がるのは初めてだった。



「なんで君は僕に話しかけてくれるんだ?」



 私は今更になって彼女に聞いて見た。



「好きなの。あなたみたいな『すっからかんな人』を、動かしてあげるのが。…それに、君はその中でも飛びっきりだもの」


 彼女は悪戯っぽい表情で私に言った。


「……なんでそんなことをするのが好きなんだ?」


 私は、不思議になってもう少し聞いてみた。


「……なんでだろう。考えたこともないわ」


 意外にも彼女は、私に聞かれて初めてそれについて考えたらしい。それらしき答えが返ってこなくて、 私はさらに不思議に感じた。


「それが私が生まれて来た『役目』なのかもね。私、物心ついた時からこうだったし」


 彼女はまた悪戯っぽく笑って言ってみせる。


「生まれて来た理由?」


 よくわからなくて、私は聞き返す。


「だってこの居住区、あんたみたいな『生きるのつまんな〜い!』って人ばっかでしょ?私にとっては絶好の仕事場よ。こんなの、神様が定めた運命としか言いようがないじゃない」


 『神様』という単語を聞いて、私は少し嫌悪感を覚えた。


「神なんて、知能の無い先時代の人間が生み出した、自身の理解を超越した範疇を補完するための虚像だ」


 私はその言葉があまり好きではなかった。そんな存在がいるなんて、到底思えなかったからだ。


「あら、あなた無神論者?」


「……宗教についても、たまに情報を閲覧していたよ。しかしあんなもの、どれを見たって不毛だ。大概は物事の解決に直結しない『安心』のためだけの荒唐無稽のもので、狂信者に陥った者は身を滅ぼし、時には人々を騙すために利用され、戦争の原因にもなったと聞く。おまけにその『安心』を錯覚させるようなものは、分野問わず全て宗教の性質を少なからず持ってしまうという極めて曖昧な物だ。……それに、神なんてものが本当にいるのならば、目の前のこの惨状はどう説明する?」


 ムッとする彼女を無視して、私はさらに続けた。


「キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、神道、その他諸々の宗教…結局これらのもので言われているものは、量子力学が人類全体に浸透した頃から科学的説明がつくようになっている。全ての現象は素粒子の働きによる物で、神などという超越的存在は存在しな……」


「いいえ、神はいるわ」


 私は驚いた。彼女は、私の話を遮ってまでして自信満々に言い切って見せたのだ。


「……なぜ、そう言い切れる?」


「あなたの目の前にいるんだもの。長ったらしい理屈ばっかダラダラ連ねて、あなたって超つまらない上に超臆病ね。信じることがそんなに怖い?」


 彼女は私の目の前に顔をずいっと近づけて言った。

 その小悪魔のような笑顔は、私に初めて女性はこんなにも綺麗なのかと感じさせたくらいだった。


「は、はぁ?君は何を言って……」


「……なぁんてね? 冗談。じゃあね!」


「お、おい!」


 彼女はそう言って、行ってしまった。全くもってわけがわからなかったが、彼女はいつもあんな調子だ。

 気まぐれで、我が儘で、言動に一貫性がなく、全てが稚拙な思いつき。おまけに次の日にはすぐに全て忘れるものだから、会うたびに話がコロコロと変わる。

 なのに、なぜなのだろうか?こんな無鉄砲な彼女がここまで説明し難い魅力と、人望を持ち合わせているのは。


 彼女が近くにいるときは、決まって心が安らぎ、頭の中が漂白されるような気持ちになる。

 そう、彼女が言ったように、まるで神様でも近くにいるみたいに。




 −−−−もっと、彼女のことが知りたい。一緒にいたい。もっといろんな話がしたい。



 

 話を聞いてほしい。たとえ詰まらない話ばかりしかできなかったとしても、少しでも長く君と一緒にいれるのなら。




 なんで、なんで今になって、こんな想いが芽生えてしまったのだろう?











 核が放たれたあの日から、随分と長い日数が経った。

 備蓄されていた食料や飲料、栄養剤などはすでに尽きている。


 霞む視界で、目を凝らして外界を見渡せば、すでに餓死した住民たちが何人も倒れている。

 かろうじてまだ生き残りはいるが、時間の問題だろう。


 無論、それは私も同じことだった。


 ただでさえ不健康に見えた表情は、頬がこけて、肌がさらに青白くなって、より一層ひどいものになっていただろう。


 起き上がっているのもいやだ。その場で横たわっているだけで限界だった。


 薄れていく意識の中で、今までの人生を思い出している。走馬灯と呼べるものとも違う。単純に、最後くらい自分の人生を振り返ってみたかった。




 しかし、思い返せば思い返すほど、何もない。

 何も印象的な出来事や経験がない。それなりに様々な知識や、感情に触れてきたはずなのに。電気信号を通して、だが。





 私の人生は、一体なんだったのだろうか?





 一体なんのために生まれた?何をしにここへきたんだ?

 真っ白な何もない空間で、味気のない食事と、どこを見ても変わらない景色と、似たような人々と、虚ろな目。

 毎日が永遠と同じことの繰り返し。かろうじての楽しみは、図書館領域へとアクセスし様々な知識に触れること。


 知識とは、すなわち『過去』だ。過去に想いを馳せることだけが、私の人生だった。

 全てが既に用意されていて、手に入れようと思えば、何もかもがすぐに、気軽に仮想体験できた。


 自分で何かを見つけにいくことなんて、一回だってしてこなかった。


 『経験』なんてもの、一つだってしてこなかったのだ。

 『変化』なんて、一回もしてこなかった。

 『感情』なんて、微動だにしないまま、今の今まで生きながらえてきたのだ。


 最後の最後で、ようやくそれらしきものをわかり始めたくらいだ。挙げ句の果てにこんな終わり方で、なんて詰まらない人生だったんだ。





 ……あぁ、でも、最後にそれを教えてくれた人と出会えたのが、唯一の思い出なのかもしれないな。














「なぁにブツクサ言ってんのよ。気持ち悪いわね」


 聞き覚えのある声がする。諦めて閉じていた瞼を開けば、彼女がいた。

 仰向けになっている私の顔を覗いている彼女は、少しやつれて見えたが、余裕ありげな笑顔は変わらない。




「……君か?」


「私よ。……私にもちょっと寝かせて」


 そういうと彼女は、私の隣に寄り添うように、抱きつくようにして横たわった。

 彼女はまだ暖かった。逆に私の体はこんなにも冷たくなっていたのかと、気付かされるくらいに。

 彼女の肌の温もりが、体中に染み渡る。少しだけ感覚が蘇ったようだった。



 今思えば、温もりを忘れてしまったのは、いつだって私だったのかもしれない。



「……君は……暖かいんだな」


「人はみんな暖かいのよ。みんなで暖め合えば、もっと暖かくなるわ」


「そんなこと言わないでくれよ、それでは私がまるで……」



 その先は、言いたくなかった。

 しかし、その時の私に、プライドなんてものは一つとしてなかったのだ。



「……『人間』じゃないみたいじゃないか……」



 そう自分で言った瞬間、急に涙が溢れ出してきた。

 とめどないくらいに、目から溢れ出す。一切の水分も消費したくないのにも関わらず。

 人を辞めてしまった体に反して、目頭だけが妙に熱を帯びている。


 こんなに悲しいのは生まれて初めてだ。最後の最後で、こんなに辛い思いをしなくてはいけないのか。

 皮肉だ。全部が皮肉だ。せめて経験させてくれるなら、もっといいものが良かったのに。



 



 私の人生は、一言で言ってしまえば、きっと『くそったれ』ってやつだ。






「……ずっと冷たかった……冷え切っていた……体も……心も……ずっと……ずっとだ……今になってようやく少しずつわかってきたくらいなんだぞ……くそ……これが『悔しい』か……『辛い』か……『寂しい』……いや……『悲しい』か……」


「……そんな泣き散らかすくらいなら、充分人間よ。安心しなさい」


 彼女は優しい声で言ってくれた。きっと彼女だって、意識を保つので精一杯だったろうに。

 しかし、自分には全く響かなかった。彼女の言葉を信じることなんてできなかった。



「君みたいに誰かを笑わすこともできない……喜ばすことも……暖めることも……幸せにすることも‼︎……私は……私は……『愛』を……知りたかった……‼︎」




 しばらく、私は惨めったらしくむせび泣き続けた。残りの力も少ないってのに、本能に任せて泣き続けた。

 しょうもない自分の人生を清算するために。

 やりきれない虚しさを、『あの世』ってやつに持ち込ませないために。


 …彼女と、エヴァともう二度と話すこともできない悲しさを、涙と一緒に流し切るために。





「それじゃあ、その『愛』ってやつで、いっちばん強烈なやつを経験できる方法。教えてあげよっか?」



「……は?」



「『神様』になるのよ」



 全く訳がわからなかった。いつも以上に、彼女の言ってることは常軌を逸している。死期が迫って彼女もまともでいられなくなったのだろうか?その時はそう思った。


 しかし、起き上がって私を見つめている彼女の眼差しは、真剣そのもので、私は思わず呆気にとられた。



「私ね、生まれてくる前の記憶があるの」


「生まれてくる前? 前世ってやつか?」


「ううん。違う。生まれてくる前の世界の記憶。『あの世』ってところのこと」


「『あの世』……?」


「そこではね、数えきれない魂…意識が集っていて、次に生まれてくる『世界』を決めることができる。次に経験したいことを決めて、役割を決めて。また生まれるために力を貯めるの」


「……やめろ……死ぬ前に少しでも安心させたいってか……そんな気休めなら……」


「信じて。その疑いや迷いが貴方を望まぬ方へ引きづりこむわ。」


 いつもは感じさせることのない、彼女のやけに真剣な様子に、私はただ黙って聞くしかなかった。



「そこではね、『神様』を選ぶこともできる。つまり、一つの世界の『創造者』となって、生命を生み出し、とてつもなく長い時間をかけて、その全ての感情を自分の中に記録するの。私たちを管理していたあのAIのように。……どう?やりがいあると思わない?」


 彼女は命が尽きかけているのか、少し力なく笑う。しかし、彼女の言ったことは私の弱り切っていた心を強く突き動かした。


「……一つ聞かせてくれ……」


「ん? なぁに?」


「なぜ他の魂たちは、神を選ばない?一つの星の生命の数を見れば、そのことは明白だ」


「理由は三つ。まず一つ目は、『資格がない』こと。『神様』になるためには、以前の生の終わりまでに『意識が一定以上まで成長した人間』でなくてはならない。そして二つ目は、さっき言った人間ともう一人、つまり『2人の人間の意識』が必要なこと」


「君といれば問題無いということだな?」


「ご名答。さすが、察しがいいわね」


「もう一つは?」


「……『死んでも死にきれないくらいキツイ仕事だから』ってことよ」


「……なぜだ?」


「さぁ? なって見ればわかるんじゃない?」


 

 二人の間に、しばし沈黙が走る。



「……あら、なぁに?怖じ気ついた?早く決めてよね。時間ももうそろそろ……」


「やる」


「……お?」



「嫌なんだ。何も感じ無いのは、もう。飛びっきりの…飛びっきりの『愛』を感じたい」


「……どれだけ時間がかかっても?」




「『神様ごっこ』どこまでも付き合ってやるよ。エヴァ、君と世界を創りに行こう。飛びっきりの『愛』を掴みに」



「……貴方って、意外と勇敢ね。そうこなくっちゃ」



 エヴァは本当に嬉しそうな顔をして、私に向かって言った。

 そして、私の胸にそのまま倒れこみ、重なる。二人とも、もう体は冷え切っていた。




「……いい?心を穏やかにして。否定的になっちゃダメ。安心していいの。私がいるんだから。私の愛を感じて。そのまま、私と繋がっていて」


「……よくわからないが……」


「考えちゃダメよ。イメージするの。私と同化するイメージ。……そう……そのまま……ずっと……」


 



 私の意識は、そこで途絶えた。




























 これは、とびっきりの『愛』を確かめようとした、二人の神様の馴れ初めの記録である。


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