第15話 ニセモノ


「ゴラァ!! 待てや!!!」


 全速力で街を駆け抜ける。

 さっきまで二人くらいに追いかけられていたが、仲間が集まってきて五人ほどの集団になっていた。

 

 地形や建物を駆使してなんとか逃げるも、小谷鳥はかなりきつそうに息を荒げている。


「(まだか、まだなのか……!)」


 一応手は打ったがおそらくまだ時間がかかるだろう。

 今はとにかく捕まらないこと、そして時間を稼ぐ必要がある。


「小谷鳥、こっちだ!」


 狭い路地を使い、物陰に隠れる。


「絶対に声出すなよ。密着してても」


「わ、分かってるわよ」


 小谷鳥と俺は体を小さくし、できる限り密着してその場をやり過ごす。

 ドタドタと駆けていく足音が、俺たちの横を通り過ぎていった。

 

 足音はどんどん小さくなり、男たちの声も消えていく。


「巻けたみたいだな」


「そうね」


 緊張が解けたのか、ふぅと息を吐く小谷鳥。

 息を整えながら俺に訊ねてきた。


「それにしても、なんなのよあれは。冬ノ瀬君借金でもしたの?」


「してないってそんなの」


 小谷鳥の目には俺が借金をするような奴に見えてるのだろうか。

 だとしたらかなり心外だ。


「多分、あれ坂東先輩が幹部やってるっていう不良グループの奴らだな」


「なんでそんな人たちに私たちが……って、そういうこと?」


「察しが良くて助かるよ」


 小谷鳥が予感するのは難しかっただろうが、俺はここ最近、多くの予兆を感じていた。

 すれ違いざまに睨まれたこともあったし、そもそもあの状況で坂東先輩がフラれる原因を作ったのは俺だ。


 それが始まりだが、ここ最近で一番決定打になったのは――体育祭。


 借り物競争で俺と小谷鳥が恋人であることを見せつけ、しまいにはリレーで俺が坂東先輩を負かした。

 加えて今までミスマッチなカップルだと思われていた俺たちが、体育祭後から公に認められてきた。

 きっと坂東先輩にとって、屈辱的だったに違いない。


 ここまで来れば、問題を起こしてきたという坂東先輩が俺と小谷鳥に何もして来ないわけがない。


「夜見先輩の言う通り、恋人になったことが裏目に出たな」


「それは……確かにそうね」


 俯く小谷鳥。

 少しの間を置いて、ぽつりと呟く。


「……私の責任だわ。私が自分勝手に、楽観的に行動したからこんなことに……」


 小谷鳥が珍しく弱音を吐いている。

 無理もない。もし俺が小谷鳥の立場だったら俺もそう思う。


「今責任とか考えなくていい。結局は俺とお前の問題なんだから」


「冬ノ瀬君……」


 すっかり小谷鳥がしおらしくなってしまった。

 何か声をかけたいと言葉を探していた――その時。


「おい、こっちじゃないか!!」


 奴らの声が聞こえて、咄嗟に頭を下げる。

 声のボリュームを下げて、小谷鳥に告げた。


「この場所もすぐに見つかる。この隙に安全なところに逃げよう」


「そうね」


 隠れている間に時間もかなり稼げた。

 ひとまずここを出て、人の多いところか、タクシーを拾うかして遠くに行こう。


「行くぞ」


 小谷鳥の腕を掴み、勢いよく路地を出る。

 ――しかし。



「こんなところにいたか、お前ら」



「な……」


 路地を出てすぐのところで待ち構えていたのは、したり顔でニヤリと笑う坂東先輩だった。

 いつの間に想像以上の人数が集まっていたのか。やられた。


「ったく、逃げ足が速いな。困るぜほんとに。せっかく引き連れて出向いてやってんのによ」


 わらわらと坂東先輩の下に輩が集まってくる。

 人数はざっと十人。四方八方を囲まれ、逃げ道を完全にふさがれてしまった。


 ニヒヒ、と下卑た笑みを浮かべ今度は小谷鳥に視線を向けた。


「会いたかったぜ、小谷鳥。見ない間にすっかり男に染まったなぁ?」


「……あなたはいつも通り下品ね、吐き気がするわ」


「はっ! よく言うぜ」


 坂東先輩が俺たちの周りを歩き始め、話を切り出した。


「それにしたってここ最近のお前らときたら、俺をバカにしやがってよ……ったく、誰だと思ってんだ? あ?」


「リレーで俺に負けた不良もどきだと思ってる」


「もどきとはなんだもどきとはぁッ!!!! マジもんの不良だぞゴラァッ!!!」


 自分で不良って言う奴がいるか。

 マジもん、ってつけてるあたり信ぴょう性薄まるの分かってないのかな。


「ほんと舐めてんな。調子こきやがって……所詮な、お前らなんてカスの集まりなんだよ! カスカップルだよ!」


「そんな小谷鳥に告白して、フラれても粘ったの誰だよ」


「んだとゴラァァッ!!!!!」


 キレやすくて面白いおもちゃみたいだな。

 まぁ状況は面白くないけど。


 イライラを露わにする坂東先輩を横目に、小谷鳥が耳元でこっそりと忠告してくる。


「何怒らせてんのよ。このままじゃほんとにリンチに合うわよ」


「いや、なんかムカついちゃって」


「この状況でよくそんなこと言えるわね。呆れを通り越して尊敬だわ」


「そりゃどうも」


 適当に感謝をしておいて、もう一度坂東先輩と向き合う。

 坂東先輩は頭を抱えながら、イラつきを放った。


「ってかな! 俺は別に小谷鳥なんか好きじゃねぇんだよ! ただ顔がいいだけで、性格は終わってるじゃねぇか! 最悪だよマジで!!!」


「いや、それに関しては同感だわ」


「なんで共感してんだてめぇッ!!!!!」


「そうよ、なんでそっち側なのよ」


 呆れたように小谷鳥がため息を吐く。


「いやさ、だって性格終わってるのは事実だし」


「今なんて言った?」


「性格終わってるのはじじ――」



「今なんて言った?」



「あ、はい。何でもないです」


 そういうところだと思いますよ、小谷鳥さん。

 すっかり二人で話していると、ぷるぷると震えているマジもんの不良が耐え切れずといった感じで一歩踏み出してきた。


「俺の前でイチャイチャしてんじゃねぇよ! ふざけんな!」


「逆鱗に触れちゃったよ」


「うるせぇ! あぁーもう我慢できねぇ!! 挑発したのはお前らだからな! 覚悟しろよ!!!」


 首をポキポキと鳴らし、俺に近づいてくる。

 どうやら殴られるっぽいが、アレの到着はまだだろうか。


 一発殴られることくらいは覚悟していたが、いざ面と向かうとなかなかに怖い。

 まともに一発食らってたまるかと思い、俺も構えると急に小谷鳥が俺の前に出た。


「あ? なんだ?」


「殴るなら私にして。冬ノ瀬君は悪くないもの」


「小谷鳥……」


「また俺の前でイチャコラと……俺はな、女でも容赦しねぇからな!!!」


 坂東先輩が小谷鳥に殴りかかる。

 小谷鳥が覚悟を決め、目を閉じた――その時。


「っ⁉」


「ふ、冬ノ瀬君……?」


 小谷鳥の前に立ち、坂東先輩の拳を受け止めた。

 手のひらがジンジンと痛む。だがまともに殴られるよりかは痛くない。まだマシだ。


「はっ、彼氏らしく庇いやがって……とんだバカップルだな! そんなクソ女守って、何になんだよ!!!」


 彼氏、か。

 坂東先輩の言う通り、彼氏らしく何か言い返せたらいいけど、俺たちの関係はニセモノ。


 俺に、まがい物の言葉は言えない。 

 だから――



「確かにこいつは性格悪いけど、結構いいところもあるんだよ!!!」



 今まで坂東先輩に溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、俺は言い放った。

 これは間違いなく、俺の本心だ。


「冬ノ瀬君……」


 俺の言葉に、坂東先輩がケラケラと笑う。

 

「ったく、お前も気持ちわりぃ趣味持ってんな……いいぜ、やってやるよ! お前ら、やっちまえ!!」


 坂東先輩の後ろに控えていた男たちも、好戦的な目で俺と小谷鳥に迫ってくる。

 このままだとマズい。早く、早く来てくれ……!




「お待たせだよ! 二人とも!!!」




 その声を聞いて、俺はニヤリと笑った。




――あとがき――


次回が最終回になります。

明日の夜に投稿しますので、楽しみに待っていただけたら幸いです!

よろしくお願いします!

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