第14話 体育祭③
大歓声が響き渡る。
膝に手をついて肩で息をしながら、とんでもないことになったなと他人事のように思っていた。
「クソッ!! またこいつに……!」
隣で同じく息を切らした坂東先輩が、ギロっと俺のことを睨んできた。
「……お前覚えてろよ。俺にこんだけ恥かかせたんだ。ただじゃおかないからな」
悪態をついて、すぐにその場から去る坂東先輩。
随分と激しめな展開になってきたなと思っていると、後ろから思い切りとびつかれた。
「やるじゃん林太郎うぅぅぅぅぅ!!!!」
「どぅわっ⁉」
現川が俺の背中に抱き着いてくる。
グイグイと密着してくるもんだから、現川の立派な胸が俺の背中で押しつぶされていた。
「まさかあんなにカッコイイ一面があるとはね! 私ちょっと濡れちゃったよ!!!」
「それは涙だよな? 感動の涙だよな?」
「そうだね、涙という解釈もできるかもね!」
「最悪な称賛だな」
正直なところ、素直に褒められると恥ずかしいのでツッコめるくらいがありがたいのだが。
「よくやった冬ノ瀬」
「すごいね~冬ノ瀬君は」
先輩たちも駆けつけてくれる。
夜見先輩は香住先輩に肩を借りて、誇らしい顔をしていた。
「最後の直線はほんとに速かったな。最初はダメかと思ったが、余計な心配だったよ」
「まぁ、ちょっと根性出しました」
「へぇ。それは何か理由があってなの~?」
「……まぁ、後で馬鹿にされたくなかったんで」
俺の言葉に、ニマーっと香住先輩が微笑む。
俺の心は香住先輩には筒抜けなのだろう。夜見先輩はたぶん気づいてないと思うけど。
「さ、早く俺たちも退場しよう。表彰式だ」
「はい」
かくして、俺の体育祭は大勝利で幕を閉じたのだった。
閉会式が終わり。
辺りはすっかり夕陽に包まれていた。
「じゃあね~冬ノ瀬君!」
「ありがとね!」
「おう」
見知らぬ女子生徒たちに手を振り返し、俺もそろそろ帰ろうと教室に向かう。
もう夕方だ。いつも使わない体力を使ったわけだし、早く帰ってゆっくりしたい。
そう思っていたのだが――
「他の女にデレデレとは、いいご身分ね」
「……なんだよ、小谷鳥」
今日も今日とて仁王立ちの小谷鳥が、待ちくたびれたような顔をしてそこに立っていた。
「別に、体育祭で一躍有名人になった彼氏が女子生徒たちと終わらない写真撮影会をしていたのを遠目から見ていただけよ」
「めちゃくちゃ別にじゃないなそれ」
「別によ。だって冬ノ瀬君がいくら鼻の下を伸ばしたところで、私には関係ないもの」
「そんなデレてないからな?」
「どうかしら」
俺の言葉を信じない小谷鳥。
……正直な話、ちょっと浮かれてた自分はいました。そりゃそうだろ。誰だってチヤホヤされるのは嬉しい。
この話は分が悪いので、話題を変える。
「それにしても、なんでこんな時間まで校庭にいるんだ? 写真撮影とかしないタイプだろ、お前」
「だから言ってるでしょ? 不貞極まりない男を見ていた、って」
「散々な言いようだな」
ま、俺ともなれば今の会話だけで大体な意味は伝わるのだが。
「でもおかしいな。小谷鳥は活躍した彼氏に律儀にお疲れ様を言いに来るようないい彼女ではないと思うんだけど」
「……へぇ? 私とやり合う気? いい度胸ね」
「……勘弁してください」
小谷鳥とやり合って勝てるわけがない。
鼻っから負けを認めていた方が、賢いというものだ。
手を上げて降参の意思を示していると、小谷鳥が呟く。
「ま、今日くらいは私も正しくなってあげるわ」
後ろに手を回し、上から俺を見下すように告げてきた。
「よくやったわ、冬ノ瀬君」
小谷鳥なりの正しい称賛。
傍から見れば全くもって間違っている小谷鳥のスタイルだが。
小谷鳥をよく知った俺には、確かに正しいやり方で。
「おう、サンキュ」
俺も俺で、俺の正しいやり方で小谷鳥に返した。
小谷鳥は満足そうに口角を上げ、「さて」と話を切り出してくる。
「役目を果たしたことだし、埋め合わせの話をするわよ」
「埋め合わせ? 何のだよ」
「決まってるじゃない。私以外の女と写真撮影をしてデレデレしたことよ」
「なんでそれが罰になってるんだよ」
「一応私の彼氏なわけでしょ? 浮気の責任は果たすべきだわ」
「すべてがすべて間違ってるんだけど」
「と言いつつも、どうせ私の罰ゲームに付き合ってくれるんでしょ?」
「……ま、やったんならしょうがないな」
ふふっ、と笑い俺と並んで歩きだす小谷鳥。
「どうせスイパラだろ?」
「今回は違う店舗に行くわ」
「近辺のスイパラを制覇する日も遠くないな」
「そうね」
――体育祭編、終了。
◇ ◇ ◇
さて、日常に戻ってきたわけだが。
体育祭を経て俺の日常はパワーアップしたようで、
「うぃーっす冬ノ瀬」
「おはよ冬ノ瀬君」
「おい彼女はどうした」
「羨ましいぜちくしょう!」
気づかない間に人気者に昇格していた。
「(体育祭マジックすげぇ……)」
思わず感動を禁じ得ない俺である。
「何その顔。気持ち悪いわね」
「俺の感動に水を差すな」
隣を歩く小谷鳥が不機嫌そうに俺の顔を覗き込む。
小谷鳥は俺に真顔以外許してくれないのかと思いながら、足を進めた。
今日は体育祭の日に約束していた通り、小谷鳥とスイパラに行く日。
小谷鳥の悪態も、機嫌に比例して少しノっている。
「現川も誘えばよかったな」
「何、私と二人が嫌ってこと?」
ほらな、キレがいいだろ?
そんなこんなで調子のいい小谷鳥の毒舌を楽しんでいると、正面にガラの悪そうな兄ちゃんの姿が見えた。
兄ちゃんたちはキョロキョロと辺りを見渡し、そして――
「おい、いたぞ!!」
「……は?」
全速力で俺たちめがけて走ってくる。
周りを見ても、この通りに俺たちしかいない。つまり、兄ちゃんたちが探していたのは――俺たち。
「おい、行くぞ小谷鳥!」
「ちょ、ふ、冬ノ瀬君⁉」
困惑した小谷鳥を無理やり引っ張って、とにかく逃げる。
「(とうとう来たか……)」
予想していた最悪の事態に、ため息をつく俺だった。
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